2018-03-17

仮想通貨市場は阿鼻叫喚の大暴落に見舞われて人々は去った


2017年に凄まじい暴騰を見せたビットコインは、2018年初頭から阿鼻叫喚の大暴落に見舞われて現在も値を落としている。ビットコインの市場価格の低迷が長引くにつれて人々の仮想通貨に対する関心も急激に薄れた。

ブルームバーグは2018年3月15日、『インターネット上での「ビットコイン」検索件数も急減、グーグル・トレンズによれば、昨年12月の高水準から82%減っており、人々の関心も低下したことがうかがえる』と記事に上げた。

この仮想通貨市場の低迷に伴って「ドル建てビットコインは4万ドルまで上昇する」と煽っていた人々も急に何も言わなくなって2017年後半の強気は嘘のように消え去った。

仮想通貨の価格が上がろうが下がろうが、ブロックチェーンという技術の重要性は変わらないのだから、人々の関心はむしろ高まっても良いはずなのだが、そうなっていない。

なぜ彼らは氷のように冷たくなり、ビットコインへの関心は去ってしまったのか。

理由はただひとつ。彼らはブロックチェーンの技術などは実はまったく興味がなかったからだ。

ただ「それに賭けたら手っ取り早く金持ちになれる」「勝てそうなギャンブルができる」「一攫千金だ」という意識だけが突出していたのだ。(鈴木傾城)


プロフィール:鈴木傾城(すずき けいせい)
作家、アルファブロガー。政治・経済分野に精通し、様々な事件や事象を取りあげるブログ「ダークネス」、アジアの闇をテーマにしたブログ「ブラックアジア」を運営している。「鈴木傾城のダークネス・メルマガ編」を発行、マネーボイスにも寄稿している。

要するにビットコインでギャンブルしたかった?


「ビットコイン検索件数が急減して82%減った」というのであれば、2017年に必死でビットコインを検索していたその82%は、要するにビットコインでギャンブルしたかっただけということになる。

だから、ビットコインが暴落して反発しなくなると、急に関心を失ってどこかに消えていく。

もっとも、ビットコイン市場はFX(為替証拠金取引)と同じく途方もないレバレッジが賭けられる戦場(市場)なので、今でもそこでトレード(ギャンブル)をしているコアな投資家(投機家)は残っている。

彼らは鉄火場から去ることはない。ギャンブルにハマると抜けられないのだ。

ギャンブルはその多くが負けになるのだが、たまに勝てるときがある。そのときの爆発的な喜びや快楽は脳内ホルモンをも変化させるほど劇的なものだ。

ギャンブルは闘争心と競争心を刺激するのである。勝てるか負けるかという緊張感はアドレナリンを噴出させ、テストステロンを大量に分泌させる。

勝利したとき、その緊張感は歓喜に取って変わり、激しいカタルシスに昇華していく。

負け続けて追い詰められれば追い詰められるほど、それを乗り越えて勝ったときの爆発的歓喜は強いものになり、その爽快感が快楽として定着して離れられなくなる。

そしてその快楽は、報酬が入ってくることで倍加される。だから、ギャンブルは人を虜(とりこ)にしていき、それに深くのめりこんでいく人が出てくる。

ビットコインだけではない。日本では、パチンコもFXも競馬・競輪・オートレースも宝くじもロトも何でもあり、政府はさらにカジノまで作ろうとしている。

これらすべてが人々を依存させる。そして、このギャンブル依存こそが人生最大のワナである「借金」の元凶になるのである。

ある時点で収支のバランスを崩して「借金地獄」に


借金はすべてが悪いわけではない。計画的で慎重な借金で人生を切り拓く人もたくさんいて、それは資本主義ではひとつの確立されたツールでもある。

返済計画がよく練られた意味のある借金は、まさに成功を加速させるレバレッジになり得る。

ところが、ギャンブルのように不確実なものに依存して膨らませる借金は人生を地獄に陥らせるだけである。どんな言い訳であっても正当化できない。

ギャンブルにのめり込む人は、勝率が50%以下のものに掛け続ける人だから、必ずじり貧になる。掛け金が多いと、収入や資産を超える額を蕩尽し、そこで止まらないと借金が膨らんでいくことになる。

ギャンブルが好きだという性格は、その一点で人生が破綻してもおかしくない危険性を秘めている。他にどんな才能があったとしても、それを帳消しにしてしまう。

ギャンブル依存は、それが快楽と結びついている以上は止めることが難しい。自制心が効かなくなるからだ。

止めようと思っても、負けが込むと「ギャンブルの負けはギャンブルで取り返す」という心理に陥って、勝つまで粘るようになる。

一度でもギャンブルで想定以上に勝った経験をした人は、それがアダになって「自分はギャンブルの才能がある」と考えたり、「もう一度同じ経験をしたい」と思ったりする。あるいは、「ギャンブルでメシが食える」という心理にもなる。

これはすべてのギャンブルに共通するワナだ。いったん成功体験を得ると、どんなに負けても「絶対に成功できる」という気持ちから離れられなくなるのである。

負けがかさんで人生に悪影響が出ているにも関わらず、そこから離れられないというのは立派な依存症だ。しかし、本人だけは「自分は依存症ではない」と思っているので厄介だ。

「次は勝てるかもしれないのだから止めるわけにいかない」と思うのである。しかし、それがよりギャンブルによる損失を深める結果となり、最終的にはどうにもならなくなる。

そのため、ギャンブルが好きでのめり込んでいる人の少なからずは、ある時点で収支のバランスを崩し、「借金地獄」の世界に足を踏み入れていく。

誰も最初は自分がギャンブラーであると思わない


賭けに使うための借金は、多くの場合は「返せない借金」と化すので、借金の自転車操業が止まらなくなる。

借金を返すために借金をする多重債務者となる人もいる。通常のキャッシュローンが使えなくなると、どんどん条件の悪い金融業者から借りることになる。

ここで切羽詰まると、やがては会社の金を横領したり、友人から金を借りて行方をくらましたりして、犯罪者の領域に入っていくこともある。

問題は、ギャンブルにのめり込む人は決して特別な人ではないということだ。

意志の弱い社会不適合者や、アウトサイダーだけがのめり込むのではなく、ごく普通の人が何気ない日常の中でふとギャンブルに目覚めて離れられなくなっていく。

自分では投資家だと思いつつ、実はギャンブラーだったということさえもあり得る。ビットコインを代表とする仮想通貨取引に群がった人たちの多くはそうだった。

多くの取引所はこれを「投資」と言って口座数を増やしていたのだが、そこで行われているのは仮想通貨をネタにした「丁か半か」のギャンブルに他ならなかった。

しかし仮想通貨の取引所はその丁か半かのギャンブルを、あたかも高尚な経済取引のように見せかけて、その本質がギャンブルであると気付かせずにギャンブルをさせた。

普通の人はそれが投資だと思って入り込み、売買に熱くなる。そして、ふと「これはギャンブルだ」と気付いたときには、もうギャンブル特有の高揚感を覚えてしまって抜けられなくなっている。

仮想通貨の取引所のみならず、多くの企業は人々がギャンブルにのめり込んで依存してくれるのを望んでいる。なぜなら、人々がただひたすらに金を注ぎ込んでくれれば企業が儲かるからである。

企業は私たちがギャンブルに堕ちるのを止めてくれない。むしろ自分たちの利益のために、人々がギャンブルに堕ちるのを望んでさえいる。それが社会のひとつの裏面である。(written by 鈴木傾城)

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企業は私たちがギャンブルに堕ちるのを止めてくれない。むしろ自分たちの利益のために、人々がギャンブルに堕ちるのを望んでさえいる。それが社会のひとつの裏面である。


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