2018-03-06

巨大格差の中で、富裕層は貧困層に対して常に100戦無敗だ


100戦無敗になるにはどうしたらいいのか。簡単だ。徹底的に弱い相手と戦うことだ。たとえば、大人は3歳児と戦ったら必ず勝つ。

大人が常に3歳児と戦い続ければ、常に勝ち続けることができる。それは勝負ではなく、リンチになるはずだ。大人はその気になれば、殴り殺すことさえ可能だろう。

だから、スポーツはこういった「大人vs子供」のような、最初から勝負が分かりきっているような組み合わせを禁止する。惨劇を避けるためだ。

それを不服として、大人が「自由に勝負させろ、自由に競争させろ、それが新自由主義だ」と叫んでいたら、どうかしていると思われるはずだ。

しかし、それはスポーツの世界だからどうかしていると思われるだけで、実社会では「そのあり得ない競争」が平然と行われる世界なのである。

100万円の資産しかない人間が、100億円の資産を持つ企業と無理やり競争させられるのが資本主義の掟である。巨大な者が「もっと自由を」という時は、「弱者を叩きつぶす自由をくれ」という意味なのである。(鈴木傾城)


プロフィール:鈴木傾城(すずき けいせい)
作家、アルファブロガー。政治・経済分野に精通し、様々な事件や事象を取りあげるブログ「ダークネス」、アジアの闇をテーマにしたブログ「ブラックアジア」を運営している。「鈴木傾城のダークネス・メルマガ編」を発行、マネーボイスにも寄稿している。

「社会から使い捨てにされる立場」追い込まれた


「どんどん競争させろ。競争のルールは必要最小限にしろ。弱い者がどうなったところで知ったことではない」

これが資本主義を拡大解釈した「市場原理主義」の正体である。日本は2000年に入ってから、この弱肉強食の市場原理主義が浸透するようになった。

もちろん、意図的だ。

小泉内閣は「官から民へ」「改革なくして成長なし」と叫びながら中小企業を叩きつぶして回っていた。

さらに2003年には産業再生機構を設立して企業のリストラを加速させ、派遣労働法の改正を行って派遣労働の範囲をほぼ無制限に拡げた。

この一連の施策によって社会経験の浅い若年層は非正規労働者に追い込まれ、どんどん生活が不安定化しくことになる。格差はここで一気に拡大した。

小泉政権の内部で、この一連の「構造改革」の中心に立って動いていたのは竹中平蔵だが、広がる格差について意見を求められた時、この男はこのように答えた。

「日本はまだまだ格差が少ない社会だ」

つまり、もっと激しい競争社会にして、それによって経済的弱者が増えても別に構わないというのが小泉政権のスタンスだったのだ。政府がそうした立場だったので、経済界は遠慮なく社員を切り捨てて派遣に切り替えた。

そのため、若年層は激しい競争社会に放り込まれ、多くが派遣社員となって「社会から使い捨てにされる立場」に追い込まれ、貧困に落ちていった。

以後、日本は急激に派遣会社が巨大企業になっていくのだが、この派遣企業の利益はもちろん派遣された人間の給料のピンハネから出ている。

派遣した人間の給料からピンハネする。とことん労働させる。要らなくなったら捨てる。労働者が貧困に落ちても「それは、その人の自己責任だ」とうそぶく。

これが「新自由主義」の正体だった。

努力しても這い上がれない社会が来ている


弱肉強食の市場原理主義を取り入れればそうなることは、はじめから分かっていた。なぜなら、強欲な資本主義の総本山だったアメリカがそうなったからだ。

アメリカではレーガン政権がこの市場原理主義を推し進めた結果、1%の富裕層と99%の低賃金層という超格差社会を生み出して、今でもその格差の分離は広がっている。

アメリカでは、強者と弱者が明確に分離しており、その格差は極限にまで近づこうとしている。富める者はさらに富み、貧しき者はさらに貧しくなっている。

中流階級は激減し、アメリカ統計局は2013年の時点ですでに「政府の貧困撲滅計画は、この国の貧困者の数を昨年から減らすことができておらず、その数は、人口の16%、5000万人に及ぶ」と発表している。

そして、この格差が固定化しつつある。アメリカン・ドリームはすでに消失している。努力しても這い上がれない社会がやってきているのである。

当然だ。競争を開始する時点での条件に大きな格差がついている。スタートラインが富裕層と貧困層とではまったく違う。正当な競争になっていない。

貧困層は満足な給料がもらえない職業を転々とするしかなく、結局、働いても働いても豊かになれないワーキングプアが常態化してしまう。

貧困が固定化するのは、次の5つの要因がある。

(1)生活に追われ、疲れて何も考えられなくなる。
(2)低賃金で自分も子供も教育が受けられなくなる。
(3)金を含め、あらゆるものが不足してしまう。
(4)這い上がれない環境から自暴自棄になっていく。
(5)社会的影響力がなく、権利は保障されない。

いったん貧困に堕ちると、この5つの要因が同時並行で始まっていき、その中で押しつぶされてしまう。

これは、アメリカだけの問題ではなく、今や日本の底辺の問題でもある。すでに、日本の底辺もこの5つの要因にがんじがらめにされて、這い上がるのが絶望的に難しい社会になった。

大人と3歳児が殴り合うような格差が生じている


富裕層と貧困層の差は、埋まることはない。なぜなら、資産の増え方がまったく違うからだ。

貯金や株式といった資産の額から借金を差し引いたものを純金融資産と呼ぶ。この金額が1億円以上あると富裕層と呼ばれる。仮にギリギリ1億円の資産があって、それを3%で3年運用したら、何もしなくても900万円に増えている計算になる。複利で考えるともっと多い。

ところで、日本人の平均年収は国税庁の民間給与実態統計調査を見ると約6割は400万円以下となっている。

400万円の収入の家庭が貯金をしようと思うと、だいたいは月3万円から4万円の計算になる。必死の節約で月4万円の貯金を3年続けたらいくらになるのか。144万円だ。

富裕層は何もしなくても3年で900万円以上も増えているが、年収400万円の人は必死で働いた中から貯金して144万円だ。

9年後、富裕層はいつの間にか2700万円以上になっているが、年収400万円の層は432万円でまた500万円にも満たない。年月が経てば経つほど、その差は埋めがたいものになっていく。

つまり資産を巡る競争の中では、富裕層は圧倒的かつ徹底的に貧困層に勝つ。100戦無敗になる。

1%の富裕層と99%の貧困層の差が壮絶なまでに拡大していくのは、大人と3歳児が殴り合うような格差が生じているからである。

格差が固定化されるというのは、そういうことだ。富裕層と貧困層の超えられない一線ができる。だから資産によって人々は分離し、この両者は次第に違う文化を生きることになる。

暮らす場所も、食べる物も、通う学校も、遊ぶ場所も、付き合う人も、考え方も、すべて違っていく。この両者は互いに相手に無関心になり、話す言葉すらも違っていくようになる。

イギリスは富裕層と貧困層で話し方も文化も違った。そしてアメリカでは富裕層と貧困層が別の国の人間のように違う世界を生きている。

これから日本もそうなっていく。

格差は固定化して、堕ちてしまった人は社会から見捨てられていく。小泉政権以後、日本は「格差は問題ない。落ちた人間は自己責任。這い上がれないのも自己責任」という社会に転換して、それが定着した。

もうこの社会は変わらない。だから格差はこれからも凄まじい勢いで拡大していく。残酷な世界だが、それが私たちの生きている世界であることを本当に人々は認識しているのだろうか。(written by 鈴木傾城)


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もうこの社会は変わらない。だから格差はこれからも凄まじい勢いで拡大していく。残酷な世界だが、それが私たちの生きている世界であることを本当に人々は認識しているのだろうか。


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