2017-11-09

専門技術を持たないというのは、もはや自殺行為にも等しい


これからさらに苛烈になる弱肉強食の資本主義社会では、会社に依存して生きることは、もう許されない。会社は世界的な競争にさらされて、ひとつ間違えるとすぐに淘汰される。

東芝や神戸製鋼所の惨状を見て分かる通り、名の通った大企業であっても、経営を間違うと屋台骨が吹き飛んでいく。場合によっては再起不能に追い込まれるような悪夢もあり得る。

どんな会社でも来たるべき不景気に備えて、コスト削減を追求するので、よけいな社員は常に切り捨てられる。もはや終身雇用は過去の話になった。

そうなると、すべてのサラリーマンは、リストラされることを前提として人生を構築しなければならなくなる。

それが、これからの社会の姿だ。世界中の労働者は、その前提で生きている。日本人もここ10年で状況が変わったことを肌で感じているはずだ。

もう会社に依存して生きられない。真面目に勤めていても、会社が苦境に追い込まれたら、すぐにリストラの嵐に巻き込まれていく。

会社が自分の将来の安泰に役に立たない時代になった。そうすると、必然的に「自分の持っている能力」を武器にして生き残るしかなくなる。


専門技術を持たないというのは、もはや自殺行為だ


「他人よりも抜きんでた何か」がないと、無能だと見なされて捨てられる。そして、いったん捨てられたら能力がないので誰も拾ってくれない。

つまり、自分の持っている「特殊能力=スキル」だけが自分の存在価値になる。

これから生き残るには、何らかの専門家(スペシャリスト)になって、その専門を究めなければならないのである。

いったん専門家になると、自分の雇っている会社が駄目になっても、どこかの会社が自分の能力を即戦力だと考えて雇ってくれる可能性も高まるし、それで起業することもできる。

はっきり言って、専門技術を持たないというのは、もはや自殺行為にも等しい。

ただし、絶対に勘違いしてはいけないことがある。スキルとは資格のことではない。仕事の中で徹底的に活かせない仕事は、ただの紙切れだ。

意味のない資格、誰もが持っている資格、時代遅れの資格、趣味もどきの資格など、ただのゴミである。そんなゴミを掻き集めて自滅する人もいる。(学歴・会社・資格に頼っている人は未来がないという現実

必要なのは、実際の業務に裏打ちされた「特別な能力」である。それは、自分が技能で食べていけるための磨き抜かれた能力でないといけない。

仮にもし自分の「特別な能力」を使ってくれる企業がない、条件に合う企業がないのであれば、その能力を元に起業することも検討する必要もある。

自営は生やさしいものではない。少なくとも、趣味で取ったような資格では、まったく何の意味もない。生き残るために、実際に役に立つものでなければ身を助けてくれない。

他人よりも抜きん出た特別な能力は後天的なものだ


生まれつき、天才的な何かを持つ人もいることはいる。しかし、そうでない人の方が多い。では「特別な能力がないとこれから生きていけない」というのであれば、普通の人は路頭に迷うしかないということなのか。

もちろん、そうではない。

「他人よりも抜きん出た特別な能力」は、先天的なものばかりではなく後天的なものの方が多い。

つまり多くの人は、何もないところからその専門性や特殊技能を手に入れているのである。どうやって手に入れたのか。難しいことではない。

自分自身をよく見つめて自分の可能性を探り、それに打ち込み、長い時間をかけて努力することによって手に入る。多くの人は自分に合った方向性を見つけ、その中で地道な努力の結果、特別な能力を身に付けているのである。

特別な能力は、懸命にひとつのことに打ち込み、長い時間をかけて経験を得た結果である。

長い時間とはどれくらいか。少なくとも1万時間であると言われている。(知能指数がいくら高くても、社会的に成功するわけではない

何年も何年もそれに打ち込み、その分野で熟練し、経験を積んだから人は特別な能力を手に入れることができるのだ。

とすれば、自分で自分の人生を切り開くには、結局のところ「必死になって自分の可能性に打ち込む」ことを、まず最初にしなければならないというのが分かる。

人生は長いので、小手先だけのテクニックで乗り切れるようなものではない。努力を回避し続けて楽して生きていけるほど世の中は甘くない。

「他人よりも抜きん出た特別な能力」は努力を繰り返すしか手に入らない。誰も見ていないところで、必死で努力することによってしか手に入れることができない。

現代は、個人と個人の競争になっているのだ


これから国も会社も自分の面倒を見てくれない可能性があるのだとすれば、ますます自分で自分を助けるしかなくなる。

競争はどんどん苛烈になって止まらない。最初は国と国の競争だったものは、次に企業と企業の競争となり、最後には個人と個人の競争になっている。

競争がどんどん上位から下位に展開していき、生き残れるかどうかは「個人の能力」によって決まるような時代になったのだ。だからこそ、「弱肉強食の資本主義」なのである。

景気が良くなったら楽になると勘違いしてはいけない。もう今までの「寄らば大樹」の時代はとっくに終わっている。

国も莫大な累積債務を抱えて身動きができず、社会保障も福祉も切り捨てにかかる。企業も景気の動向に関わらず、常にリストラをするようになっていく。

さらに雇用を削減するためのイノベーションが想像を超えるスピードで広がっている。

ITテクノロジーの進歩、ドローンや自動運転の技術、ロボット化、人工知能、仮想現実、自分自身の状況を自動的に知らせる機器、3Dプリンター……。

デジタル化が促進していく時代は、次々と「安定した職業」を奪っていく。(雇用を削減するイノベーションは、次に銀行員を無職にする

急激に起きている時代の変化を絶対に甘く見てはいけない。

個人となった人間が、自らの能力で生き残ることが求められているのは、社会がそのように変わったからだ。「要らない人間を捨てる」のが今まさに起きていることなのだ。

誰もあてにできず、誰も助けてくれず、仕事も消えていくのだから、最後は自分で自分を生かすしかない。真剣に生きないと見捨てられるのだから、生き残るのに必死になるべきだ。

特別な能力を手に入れるのは、ますます重要な時代になっており、そのために必死で努力している人だけしか生き残れない時代となっている。



個人となった人間が、自らの能力で生き残ることが求められているのは、社会がそのように変わったからだ。「要らない人間を捨てる」のが今まさに起きていることなのだ。


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