2017-11-07

次にネットで起きるのは、言葉で相手を追い込む殺人ゲーム


ドナルド・トランプ大統領はインターネット短文SNSの代表である「ツイッター」を駆使して自らの主張を発表している大統領だが、このツイッターは罵詈雑言と中傷罵倒が飛び交う殺伐とした無法地帯でもある。

そのため、ツイッター社はあまりにも他人に攻撃的なアカウントを理由も告げずに次々と閉鎖しているのだが、今度はまったく悪意のないアカウントまで巻き添えになって凍結や削除をして新たな問題を引き起こしている。

私自身も「@keiseisuzuki」のアカウントが一度凍結の憂き目に遭っているのだが、いったいどのコメントの何が問題だったのか今でもまったく分からない。

ツイッター社に問い合わせても何の返答もなかった。

もっとも、私がサイトで取り扱っている内容は、「人の死、重篤な外傷、暴力、グロテスク」のすべてを含んでいる。

さらに現実社会の暴力や差別や矛盾をも取り上げているので、ツイッター社が嫌うタイプのユーザーであることは認識している。今後も私のアカウントの再凍結や強制閉鎖はいつでも起こり得る。

最近は、ツイッターで「自殺募集」をしていた男が、未成年の女性たちを次々におびき寄せてレイプして殺してバラバラにするという衝撃的な事件も起きている。なおさらツイッターも「暴力」に敏感になっている。


インターネットは「言葉の暴力地帯」である


しかし、ツイッターがどのように努力しても、誰でも自由に何かの書き込みができるツールである限り、どうあがいても暴力を消すことはできない。

もともとインターネットのシステムは、言葉の暴力を誘発しやすい素地がある。

最初の頃のインターネットは、匿名が基本だった。そして、この匿名時代のインターネットは誹謗と中傷と罵倒とスパムに満ち溢れていた。

そこで、実名性であれば無益な誹謗中傷は減るのではないかというアイデアがなされて、それがSNSという形で実現化していった。

しかし、それで誹謗中傷はインターネットの世界から減ったのか。もちろん、減るわけがない。

匿名の空間は相変わらず残っているし、実名のソーシャル・ネットワークの中でも意見の対立があると、やがて激しい言い合いとなって言葉の暴力が必ず生まれる。

現実の世界で暴力と憎悪が満ち溢れているのであれば、それはどのような形であってもインターネットに反映していく。

もうすでに子供のいじめもインターネットに持ち込まれていて、「ネットいじめ」という形で定着している。

インターネットは「言葉の暴力地帯」であることは、子供たちこそが身近に感じている。今はもう、ありとあらゆる人がこの暴力とは無縁ではない。

なぜなら、今後もさらにスマートフォンが普及していき、24時間365日、インターネットと密着する時間がもっと増えるからだ。誹謗中傷・罵詈雑言を書き込みやすい環境がそこにあるのだから、人々はそれを活用する。

憎しみや怒りや残酷な感情が芽生えたとき、手元にインターネット接続機器がある。何かを書き込むことができる。だから、弱者に向けて憎悪を表現する人間が増える。

そして、誹謗中傷・罵詈雑言は時代を積み重ねるほど、書く方も読む方も一種の慣れが生じて、よりエスカレートしていく。それが今起きている現実である。

事態はどんどん最悪に向かって突き進んでいく


人間の歴史は暴力と戦争の歴史である。だから、インターネットというインフラが用意されて、そこに数十億人もの人間が乗っかっているのであれば、壮絶なる憎悪表現の場になるのは、当然の帰結だったのだ。

それは、決して沈静化しない。インターネットの世界では、言葉の暴力が永久に記録されてそこに残る。だから、事態はどんどん最悪に向かって突き進んでいく。

インターネットの中傷が原因で自殺した人たちは、もう珍しくも何ともない。激烈な中傷に耐えかね、誹謗中傷の嵐に身をすくませ、人々は疲れ果てて死を選ぶ。

自殺だけが問題なのではない。ショックを受け、心の底から傷つき、精神的な問題を抱える人たちも多くいる。

ツイッターのシステムは、こうした状況を増長させている。だからツイッターには広告がうまく集まらず、身売りもできず、かといって閉鎖もできないまま暴走しているのである。

何とか事態を打開しようと、ツイッターはめぼしいユーザーのアカウントを次々と閉鎖しているのだが、どんなに閉鎖してもすぐに新しいアカウントが作れるのだから、何の意味もない。ただのイタチごっこである。

ツイッターだけではない。ありとあらゆるSNSは憎悪の拡散に使われる。

知らなければならないのは、牧歌的で誹謗も中傷も罵倒もないインターネットになることは100%ないということだ。リアルの世界でも人間関係の対立やもつれや決裂があるのだから、インターネットでもそれが持ち込まれて当然なのである。

むしろ、最悪の事態になるまで悪化していくと思わなければならない。目を背けたくなる一歩手前まで状況は悪化していくことになる。

規制など意味はない。規制をすり抜けて、どんどん巧妙になって言葉の暴力と憎悪は浸透していく。それが激しい勢いで個人に向かっていき、その人が破壊されるまで続く。

次に起きるのは、言葉で相手を追い込む殺人ゲーム


人の心はとても多様で、ちょっとしたことで傷つく人もいれば、74億人から嫌われてもまったく何とも思わない人まで、本当にいろいろだ。

また、自分に対する誹謗中傷の嵐に耐性がつく人もいれば、どうしても耐性が付かずに病んでしまうほど悩む人もいる。しかし、病んでしまう人が悪いわけではない。悪いどころか、むしろ正常なのかもしれない。

それほど今の時代は、言葉の暴力が突き刺さる危険な世界になっているのだ。

犠牲者や被害者も続出する。それでも、人々はインターネットの利便性と言論の自由のために、暴力の横行を見て見ぬフリをし続ける。そして、何が起きるのか。

死ぬまで追い込まれる人が続出するのだ。

そうなのだ。これからインターネットで起きるのは「言葉で相手を追い込む殺人ゲーム」なのである。相手を極限まで追い込んで、相手を殺すと勝ちになるゲームだ。

法の整備を待っていても駄目だ。それはまったく効果がない。悪意はいくらでも法をすり抜ける。法が整備された頃には、時代はすでに先に行っている。

どこかに訴えても、救済を求めても、対処されるかどうかも分からず、対処される頃には精神的にズタズタになっている可能性が高い。

現に、ツイッター社は自社のSNSに言葉の暴力が極限まで横行して、社会から問題視され、突き上げられるまで「何もしなかった」ではないか。メールで問い合わせても返事ひとつよこさないではないか。

だから、誹謗中傷のターゲットになったら、執拗に、粘着的にそれは続いているのである。それは、「言葉で相手を追い込む殺人ゲーム」なのだから、ターゲットが衰弱し、究極的には死ぬまで続いていく。

残酷だ。しかし、それが私たちの生み出した「ハイテクの未来」である。インターネットが変えられない以上、私たちはこの「言葉で相手を追い込む殺人ゲーム」が横行する中で、幸せを見つける必要がある。

こんな世界で、幸せというものがあればの話だが……。



Pain is relative.(痛みは相対的)。激しい暴力の矢に耐えられる個体もあれば、たった1本で死んでしまう個体もある。これからインターネットで起きるのは「言葉で相手を追い込む殺人ゲーム」だ。相手を極限まで追い込んで、相手を殺すと勝ちになるゲームである。それが私たちの生み出した「ハイテクの未来」だった。


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