2017-11-04

悪条件の雇用を言い換えで最先端に見せかける仕組みとは?


(先日、久しぶりに「スポット派遣」という言葉を人から聞いた。すでにこの言葉は底辺で定着しているようだ。日雇い労働と言えば聞こえは悪いが、スポット派遣と言えば最先端の働き方に見える。それは仕組まれた言い換えでもある)

企業は正社員で人を雇えば景気が悪くなったときに辞めさせるのに一苦労するので、派遣労働者を積極的に使ってきた。派遣であれば、いつでも好きな時に契約が切れる。

一時は「ハケン」とカタカナで書かれて好ましいイメージで捉えられてきた感もある派遣労働だが、最近はそのイメージも賞味期限が切れた。

派遣労働は貧困と格差の象徴と化し、彼らを積極的に使う企業も同じくイメージが悪くなりつつある。

では、派遣労働を使っている企業は、派遣労働というスタイルが叩かれるようになって正社員を増やす動きになるのだろうか。もちろん、そうならない。

現在の企業はグローバル化の波に飲まれて、どこの企業も激しい価格競争を強いられているので、少し景気が良くなったからと言って、無防備に正社員を増やすという動きには絶対にならないのだ。

むしろ、景気が良くて「体力があるとき」に希望退職者等を募って人を減らし、来たるべき不況に備えようとするので、好況時のリストラすら行われている。


何か別の言い方に変えられてイメージアップされる


派遣労働者を叩くと正社員が増えるのではなく、派遣労働よりも、もっと条件が悪い「パート・アルバイト」が逆に増えていくという状況になる。

正社員が減り、派遣労働者よりもさらに条件の悪い働き口が増えていくのだ。そして、言うまでもなく、それがまた日本の底辺で貧困層を拡大させる原因となっていく。

もっとも、派遣労働者は消えることは絶対にない。なぜなら、すでに労働者を派遣してマージンを取りながら儲けている企業が山のようにあって、派遣労働というシステムの中で既得権益を得ているからだ。

派遣労働はイメージが悪くなったからと言って、受け入れる側も送り出す側も「では、もう止めよう」という話にはならないのである。

では、どうするのか。

今、こういった労働環境を分析するアナリストや、企業担当者から裏側で囁かれるようになっている話がある。

それは、いずれ遅かれ早かれ「派遣労働」という言い方は何か別の言い方に変えられ、イメージをアップさせる方法が使われるというものだった。

実態は「派遣労働」なのだが、それを別の「おしゃれ」な言い方に変えると、多くの人がイメージに騙されるのである。ただ、名前を変えただけで印象がガラリと変化する。

まさか、そんな単純で子供だましな仕掛けで騙される人間がいるのかと思いたくなるが、この子供だましがよく効く。

印象の悪いものを180度違うイメージにする


「おしゃれ」な言い方に変えられただけで幻惑される人が出てくるのは今までの動きが証明している。

言葉の言い換えで、ひどく印象の悪いものを180度違うイメージにするのは、実のところマーケティングの基本中の基本だ。

日本の場合は、イメージの悪いものを漢字からカタカナや外来語に言い換えることが多いが、もちろん日本語から別の日本語への言い換えも頻繁に行われる。

1980年代以降、日本の若い女性たちが売春を普通に行うようになっていったが、売春という言葉はあまりに印象も悪いので、彼女たちはそれを「援助交際」という言い方に変えた。

やっていることは「売春」なのだが、「援助交際」という言い方は当時は斬新で、何か新しい付き合い方のようにも見えてとても「おしゃれ」に見えた。

この言葉によって、10代の少女たちの売春への敷居が下がったと言っても過言ではなかった。

条件の悪さや印象の悪さは、別の言い方に変えるというのは、ごく普通に、意識的にも無意識的にも行われるのである。一種の偽装みたいなものだが、ありふれて珍しくないのだ。

かつては「売春婦」と呼ばれてた女性も「風俗嬢」と言い換えられ、それもイメージが悪くなると、今は「コンパニオン」と言い換えられるようになっている。

売春と援助交際、あるいは、売春婦と風俗嬢とコンパニオンは、それぞれ定義が違っているので別物だと主張する人もいる。

実は、その部分が言い換えテクニックのコツである。微妙に差異を残すことによって「別だ」と強弁したり思わせたりして、古い方のイメージを切り捨てるのだ。

中身を見ると、実態は「ほぼ」同じだ。しかし、言い換えのテクニックで「違うもの」と大多数の人たちを幻惑させることができる。

そして、社会経験の乏しい若年層から騙されていく


労働市場は、この言い換えが満ち溢れた世界だ。昔からそうだが、何でもカタカナにしてしまえば、何となく流行ようようにもおしゃれなようにも聞こえてくる。

だから、雇う側が都合が悪いと思う言い方は、言い換えられて、まったく違う印象を与えて違うもののように「なりすまし」してしまう。

たとえば、昔は「日雇い労働」と言われていたものは、今では「スポット派遣」みたいな言い方をされて、日雇い労働者は「ワンコール・ワーカー」とカタカタで言われる。

多少の言葉の定義の違いはあっても、「スポット派遣」や「ワンコール・ワーカー」という言い方に、日雇い労働という言葉の持つ胡散臭さ、印象の悪さはほとんどない。実態は同じなのだが、何となく違ったものに見える。

失業してブラブラしている無業者を「ニート」と言ったり、不安定な時短労働者を「フリーター」と言ったりすると、まるで時代の最先端を行く流行に見えるのと同じだ。

それが色あせると、また違う言葉に言い換えられたりしていく。しかし、「フリーターとは、ただの使い捨てではないか」と大勢を騙せるまでその言い方が続く。

派遣労働者も一時は「ハケン」とカタカナで言われて、何となくそれが流行りでおしゃれなイメージが先行していた時期もあったのだが、格差と貧困をもたらす元凶にされていったので、もう輝きは失っている。

しかし、その雇用形態によって雇う側もクビを切りやすく、派遣する側も中間マージンを取りやすいので、この雇用形態はまだまだ消えない。

だから、また何か違う言い方が「発明」されて、何となく今までの派遣と違うもののように喧伝されるようになる。そして、社会経験の乏しい若年層から騙されていく。これが世の中のカラクリだ。



労働環境はどんどん悪くなっていくばかりで改善させることはない。ただし、言葉の言い換えで違うものが出現したように見えることはある。


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