2017-11-03

サラリーマンの生き残り方は、時代が変わって激変している


日本は年功序列・終身雇用というシステムの中で、非常に奇妙な現象が起きていた。

「個人的に優秀すぎる人間」よりも、「結果はともかく必死でがむしゃらな人間」の方が好感度が高く、評価されていたのである。

「がむしゃらな人」が最も好かれるというのは、日本の組織の性格を知る上で、非常に重要な特性だった。

優秀すぎる人よりも、がむしゃらな人が好かれた。能力が高い人よりも、頑張っている人が好かれた。頭の切れる人よりも、和と協調性が取れる人が重用された。

すぐに仕事を済ませられる人よりも、朝から晩までひたすら長く会社にいる人が評価された。要するに、朝早く来て夜遅くまでいる人が「出世する素質がある」と思われていたのだ。

個人的に何らかの専門知識や能力はあってもいいが、必須ではない。何の能力がなくても、一生懸命に仕事をやっている姿を見せる人が評価されたのだ。

なぜそうだったのか。そして、こうした奇妙な現象はもう終わったのだが、それはなぜなのか?


評価されるどころか、嫉妬され、憎まれ、嫌われる


能力のある人間は、能力があるが故に仕事は要領良く終わる。無駄な努力もしない。

時間通りに出社して、時間通りに帰る。がむしゃらに仕事をしなくても、結果を出すことができる。

社内でのんびりしていても、スターバックスでコーヒーを飲んでいても、チームワークなど無視しても、結果を出すことができる。

判断は常に正しく、上司よりも有能で頭が切れ、任せた仕事は完璧にこなし、社内・社外で遊んでいても、結果だけはきちんと出す。

能力と実行力があれば残業など必要ないし、無駄もないし、費用もかけない。

しかし、それが日本の企業ではあまり評価されないのである。評価されるどころか、嫉妬され、憎まれ、嫌われる。あまりに能力がありすぎると、日本の共同体に馴染まない。

逆に、能力はないが忠誠心だけはあるという人間はどうなのか。客観的に見ると、このような人間を、日本の共同体・組織は非常に好んでいるのが見て取れる。

「能力がないが、忠誠心がある」というのは、具体的に言うと、上司の与えた課題に対して必死で取り組む「姿」が見える人である。

能力はほどほどなので、要領が悪かったりする。しかし、課題にはがむしゃらに取り組むので、朝は早く来て、深夜まで仕事をするのを厭わない。場合によっては、休日にも出勤して働いている。

結果はともかく一生懸命にやっているという姿が見えるし、実際に本人は死にもの狂いでやっている。周囲の人間からすると、必死で頑張っているというのが分かる。

結果は出るときもあれば、出ないときもある。しかし、要領良く常に結果を出す人間よりも、結果が出なくても必死で頑張っている人間の方が、日本では評価されやすい。

つまり、このようなタイプの人間は、日本の共同体・組織の中では、非常に有利なのである。

日本では「要領悪くても頑張る」人が求められた


実は、終身雇用・年功序列型の組織では、必然的に能力はともかく、会社が与える課題に必死に取り組む素直で忠誠心のある人間が求められていた。

では、能力はどの程度がいいのか。答えは簡単だ。上司よりも低いのがいいのだ。

上司よりも能力があると、上司は自分が追い落とされると思って恐怖を感じ、やり込められるのではないかと警戒心を取り去ることができない。

しかし、能力はそれほどではないが、自分の命令にはがむしゃらに取り組んで突っ走る部下はどうか。上司はこうした部下が、かわいいと思う。能力がないので自分の地位を脅かすことはないし、言うことはよく聞く。

有能ではあっても時間通りに帰って努力していないように見える人間を出世させると「やる気のない奴を出世させた」と軋轢が生まれる。

しかし、結果は出ていなくても朝から晩まで必死で仕事をしている人間を出世させると「がんばっていた人だから納得だ」という話になっていく。

朝早く来て夜遅く会社にいるということは、愛社精神があるということであり、会社に忠誠を誓っているということでもある。それは、素晴らしいことなのである。

日本の組織では「要領悪くても頑張る」人が最も好かれるのは、このような空気が社内にあるからだ。それが終身雇用・年功序列型の組織で求められている人である。

だから多くの人は意識的にも無意識にも「要領悪くても頑張る」会社人間を演じるのである。それを演じないと、評価されないからだ。

もし、日本の社会がこれからも終身雇用・年功序列型の組織であるならば、「要領悪くても頑張る人」を演じればいいということになるが、もうこれからは過去の話になっていく可能性がある。

なぜなら、日本はすでに2000年以降、終身雇用・年功序列型の組織が成り立たなくなっているからだ。社会の技術革新が加速すればするほど、企業は激甚な競争に巻き込まれて「本当に結果を出せる人間」を必要とする。

これからは「結果すべて」の世の中になっていく


終身雇用・年功序列も吹き飛び、雇用を削減するイノベーションに企業が突き進むと、企業はどう変わるのか。

雇用を削減するイノベーションの根幹には、高度に張り巡らされたネットワークがある。これによって現場の数字がすぐに経営者に届き、これをシステムが分析し、人工知能が解を出し、迅速な判断が為される。

そのため、中間管理職も必要最小限になり、形だけ「頑張っている人」も要らなくなる。結果が出ていないと、それが数値で判断されるだけになる。

本当に「結果を出せる人」が重要視されるようになっていく。残業時間や、がむしゃらな姿が重要なのではない。最短で最高の結果を出す能力が重要になるのだ。

要領悪くても頑張る人は、突如として要らなくなってしまう。

企業の合理化、そして雇用を削減するイノベーションが進めば進むほど、「結果すべて」の世の中になっていく。そうしないと、企業間の激甚な競争に負けて組織自体が生き残れないのだから、そうなるのは時間の問題なのである。

企業が効率的になればなるほど、生き残りのためには個人の能力がモノを言う社会になる。優秀な個人のみが雇われるようになっていく。

そのため、能力も実行力もある人間は、昔ほど組織や共同体にこだわらなくなっていく。売り手市場になるからだ。

能力がある人間ほど、高給をもらえる場所に転々と移動するようになるか、組織に雇われるのではなく自分が組織に能力を売って金を得るような形に変わっていく。

そのため、終身雇用・年功序列の終焉と雇用を削減するイノベーションの両方が進む中では、いかに自分の能力を磨けるのかが生き残りの鍵となる。

漠然と何かができるだけではだめなのだ。その分野で、徹底的な能力を発揮できなければならないのである。



終身雇用・年功序列の終焉と雇用を削減するイノベーションの両方が進む中では、いかに自分の能力を磨けるのかが生き残りの鍵となる。漠然と何かができるだけではだめなのだ。その分野で、徹底的な能力を発揮できなければならないのである。


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