2017-10-28

「自由・平等・博愛」を捨て去ると簡単に現実主義になれる


北朝鮮は絶対に何が何でも核兵器を所有するという目的を捨てない。好きにミサイルを飛ばし、好きに核実験し、各国の懸念や批判には恫喝で返す。

常識も、説得も、経済制裁も通用しない。日本のマスコミや野党がいくら「対話しろ」と言っても意味がないというのは、日本人のほとんどが気付くようになっている。

そして、日本人はようやく「平和」というのは、相手がそれを望んでいなければ実現できないという「当たり前」のことを知ることになった。

相手が憎悪を持って攻撃してきた時、「平和」などという理想はまったく何の役にも立たない。「日本は平和を望んでいます」と言えば、弱腰だと理解されてどんどん恫喝や侵略を進められていく。

現実社会での「平和」というのは、日本が軍事的オプションを持って相手に攻めてこられないようにした状態で「日本から相手を攻めることはない」と言う状態を指す。

もし武力を持っていなければ、相手が攻めてきても守れない。下手すれば日本国民は大量殺戮に遭う。

「国民が大量殺戮されるかもしれないが、平和が大切なので軍隊も自衛隊も持つべきではない」というのは、かなり頭がおかしい人である。


「それは理想であって現実ではない」と気付くべき


すべての国が軍隊を捨て、武器を捨て、正義と愛と友情に生きる世界は「理想」だ。そのような世界が来れば夢みたいだと誰もが思う。しかし、それは「夢みたい」だから理想であり、現実ではないのだ。

私たちが生きている「現実」の社会は、それが現実であるがゆえに理想とは程遠い世界となっている。世の中がいつまで経ってもまったく良くならないのは、言うまでもなく世の中が理想通りには動いていないからだ。

日本人は今まで平和を語り、対立を避け、謝罪し、自己主張を避けて国際社会で生きてきた。そうすることによって、日本は素晴らしい国であると認識してくれると日本人はユートピアを思い描いていた。

しかし、現実はそうはならなかった。

実際には平和を叫んでも、日本に向けてミサイルは飛んでくるし、謝罪しても賠償しても「もっと謝れ」と恫喝される。

自己主張しなければとことん蔑視され、反日をエスカレートされるし、侵略の意図を持った工作員がどんどん日本に入ってきて日本を腐蝕していく。

日本人の中には、まだ「平和憲法で日本が守れる」と心の底から思っている人もいるかもしれない。マスコミが朝から晩までそう言っているのだから、そのように思ってしまう人がいたとしても不思議ではない。

マスコミの洗脳能力は群を抜いているので、「それは理想であって現実ではない」と気付かないほど洗脳される人がいても仕方がないのである。

ここがマスコミの恐ろしいところだ。朝から晩まで、執拗に繰り返すことで現実感を喪失させてしまう。

しかし、「平和憲法で日本が守れる」というのは、明らかに現実と理想を取り違えてしまっている。理想をいくら唱えても、現実が理想通りになっていないのであれば、現実の方を直視すべきである。

「平和を祈願すれば平和になる」というのは理想


「平和を祈願すれば平和になる」というのは理想だ。現実ではない。理想が現実だと思ったら、日本という国は消えてなくなってしまう。

国の存続がかかっているのだから、理想と現実は絶対に取り違えてはならない。

ところで、日本が理想と現実を取り違えてしまったものは、他にもある。たとえば、世界は「平等」を目指しており、それが実現できると思っている人もいる。

あるいは、「人類みな兄弟」に代表されるような「博愛」の概念は世界で共通していると勘違いしている可能性もある。

「自由・平等・博愛」はフランス人が提唱した概念だが、なぜか平和憲法を押し付けられた戦後の日本人が、一番それを信じているように見える。

まるで世の中のことは何も知らないウブな少女のようだ。あまりにもマスコミの洗脳が効きすぎて、「それは理想であって現実ではない」と気付かなくなった。

言うまでもないが、「ありとあらゆるものからの自由」というのはあり得ない。

秩序を乱す自由、ルールを守らない自由、物を破壊する自由、他人を殺す自由が認められたら、社会は一瞬にして無法地帯になる。

秩序を維持するために、常識や社会的規則は自由という概念よりも重要なのである。

また、欧米先進国のすべての国家が提唱する「平等」という概念も、「スタートが平等であれば素晴らしい」程度のものでしか考えていない。

「結果が平等であるべき」という共産主義的な考えは完全に消え去っている。結果が平等というのは現実社会にはあり得ないのである。そんなものを追及したら、スポーツですらも成り立たない。

「博愛」も理想論であって、現実には成り立たない。国家は自国の利益を追求するが、その利益はしばしば他国と対立する。だから、「博愛」などと言っていたら、他国に侵略されて終わりになる。

現実主義者にならなければ日本が消滅してしまう


つまり、今まで日本人が信じてきたのは、単なる理想論であって、現実論ではなかった。

今まではアメリカの傘の下にいて自衛を考えなくても良かったから「軍隊などなくても平和が保てる」という無防備な理想を信じられたのである。

しかし、時代は変わった。

日本の周辺はどんどん危険になっている。中国は軍拡に邁進し、韓国は反日に凝り固まり、北朝鮮のような小国ですらも核ミサイルを所有しつつある。

いよいよ、日本人は理想を捨て去り、現実と向かい合う時が来ている。日本を守るためにも、現実的にならなければいけない時がきたのだ。

ところで、簡単に現実主義者になる方法がある。

「自由・平等・博愛」が単なる理想論であるのであれば、これをひっくり返すと現実的な考え方になれる。つまり、現実的になるというのは、こういうことなのである。

・世の中は、自由ではないと認識する。
・世の中は、平等ではないと認識する。
・世の中は、博愛ではないと認識する。

「自由・平等・博愛」をひっくり返したものが現実であると考えれば、現実主義者になれる。

現実に対応するためには、現実主義者でなければならないのは当然のことであり、そうでなければ世の中から乖離してしまう。現状認識をするためには、現実主義者になるしかないのである。

「反日国家とは仲良くなれる」という理想や、「戦争は起きない」という理想や、「平和は実現する」という理想が先にあると、現実に裏切られて現状が受け入れられなくなる。

理想はどこかの浮世離れした大学教授の頭の中にだけに存在すればいいのであって、それを現実社会に持ってくるから世の中の捉え方がおかしくなってしまう。

日本がおかしくなっているのは、日本人の一部があまりにも強く「理想」に洗脳されてしまい、そこから抜け出せなくなっていることに理由がある。

もう、私たちはのんきに理想主義を唱えている場合ではなくなっている。現実主義者にならなければ、日本という国が消滅してしまう。

世の中は変わったのだ。現実と向き合う時間がやってきた。



「反日国家とは仲良くなれる」という理想や、「戦争は起きない」という理想や、「平和は実現する」という理想が先にあると、現実に裏切られて現状が受け入れられなくなる。理想はどこかの浮世離れした大学教授の頭の中にだけに存在すればいいのであって、それを現実社会に持ってくるから世の中の捉え方がおかしくなってしまう。


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