2017-10-07

就学困難にある約150万人の子供を放置するのは日本の損失だ


日本の底辺ではじわじわと貧困が拡大しており、子供にも経済格差による就学困難が定着するようになった。

経済的理由により就学困難と認められ就学援助を受けている小学生・中学生は2014年には約149万5485人となっていた。これは2017年3月31日に文部科学省が出している数字である。

この数字は2012年から2年連続でほんの誤差程度に下がっていたのだが、それは貧困問題が解決しつつあるからではない。

貧困の子供が微細に減ったのは、「少子化の影響が出てきた」からである。貧困が解消したからではないのは、文部科学省自身が認めている。

経済格差が定着し、富裕層と貧困層が分離して貧困層の数が増えているのに、子供の貧困が自然に解決するわけがない。社会が貧困者を拡大させている以上、子供の貧困も増えることになるのは必然だ。

就学援助を受ける子供たちは、親が生活保護を受けていたり、生活保護世帯に近い経済状況にあると見なされた子供が受けるものである。

服が買えない、教科書が買えない、ランドセルが買えない、制服が買えない、文房具が買えない、給食代が出せない子供たちが、就学援助でかろうじて救われている。


親の経済格差が子の教育格差につながっていくのだ


しかし、そうやって就学援助で環境を与えられても、それだけで低所得層の子供が学校で学力を発揮できるようになるわけではない。

最底辺の子供たちは食事に事欠くほどシビアだ。その親は子供に食べさせるだけでも精一杯であり、とても教育のための費用など捻出できない。

それは貧困層の子供たちが、塾に通うことができないことを意味している。

日本はコリア国際学園の理事をするような寺脇研のような人間が、日本の子供たちの学力を徹底的に低下させる「ゆとり教育」を推進していた。(日本のゆとり教育と学力低下は韓国ロビーが仕掛けたという噂

日本の子供たちの学力を意図的に低下させようとして教育は劣化させられているのを察知した金のある親たちは、子供を塾に通わせてそれに対抗するようになった。

塾は無料ではない。指導方法によって年間20万円から100万円まで、場合によってはそれ以上かかるのだが、こうした金額は貧困層でなくても重いものだ。

そうは言っても学校の勉強だけでは子供たちの学力低下が深刻になるので塾通いをやめさせられない。良い大学を出ないと一流企業に入るのが難しいのも事実なので、親も必死になって子供の教育をサポートする。

ところが、貧困家庭の子供たちは最初から弾き飛ばされている。親が文房具すらも買って上げられないような貧困の中では、塾に行くどころの話ではない。

塾どころか学校に行くことですらも精一杯なのだ。

その差はじわじわと学力の差となってあらわれていく。時間をかけて良い教育を受けた子供たちは、何も受けていない子供たちを凌駕するのは当然だ。

つまり、親の資力の差で、子供たちの学力までもが決まっていく。そして、社会に出る前のスタート時点ですでに勝負が付いてしまうのである。

「親の経済格差が子の教育格差につながっていく」のは、否定できない現実である。子供にやる気があれば貧困であっても向上できるはずだと言うのはあまりにも無責任すぎる。

貧困の子供たちは、あらゆる場面で学びの場を失う


貧困の子供たちは、自分を向上させられる唯一の「細い糸」である学校でも孤立することが多い。

学校が終わった後に子供たち同士で遊びに行く中でも、貧困の子供たちは小遣いなどほとんど持っていないので、仲間と遊びに行っても、どこの店にも入れない。

自転車が買ってもらえなかったり、ゲーム機が買ってもらえなかったり、他にもちょっとした「仲間と同じ物」を所有することもできず、結局は疎外されていくことになっていく。

自分が仲間から外れていくこともあれば、お金を持っていないことを仲間にからかわれたりいじめられたりすることもある。子供の世界は残酷で容赦ない。

そうやって貧困の子供たちは「自分だけが違う」という意識の中で孤立していくことになる。

その結果、もう学校に行くこと自体が苦痛になって自ら学業放棄したり、ひきこもりになったり、逆に非行に走ったりして、表社会で活躍するための「細い糸」だった教育をプツリと切ってしまう。

貧困の子供たちは、家で勉強する環境もないことも多い。勉強部屋などないのは当たり前だ。だから、兄弟や親にしばしば勉強を邪魔されることになる。

親が四六時中テレビを大音量で流していると、子供も勉強よりもテレビに向いてしまうだろう。

親自身が教育で恩恵を受けたことがないために、教育に理解を持っていないこともある。

だから、じっと勉強している子供を見て「勉強なんかしても無駄だ」と冷たく言い放つこともあれば、「勉強している暇があれば親の用事を手伝え」と逆に勉強を中断させることすらもある。

親が子供に知識を与えられないことも多いので、子供に何か聞かれても「知らない」「うるさい」と追い払い、子供の勉強意欲を削いでテレビを見て笑っているような親も多い。

また、親が子供に悪態をついたり子供を放置したりすることもある。子供に満足な食事を与えないこともある。子供を虐待することもある。

そんな中で、子供の学力は伸びるだろうか?

就学困難が定着するようになっている現実は危険だ


子供の教育に理解のある親とない親では、必然的に子供の学力の差になってあらわれるのはここから来ている。

低所得層の子供が低所得になりやすいのは、社会の最底辺ではそこから抜け出すための環境が揃っていないからである。一つ二つの要因ではなく、日常のすべての環境が勉強から遠ざける環境になっている。

「親の経済格差が子の教育格差につながっていく」というのは冷徹な真実なのだ。

だから、高学歴・高収入の親を持つ子供たちが素直に学力を伸ばして親と同じく高学歴・高収入の道を歩み、有名大学は高学歴の親を持つ学生で溢れることになる。

一方で、低学歴・低収入の親を持つ子供たちは、学力を放棄し、学校をドロップアウトし、社会をドロップアウトし、低収入の仕事を転々とするようになり、社会の裏側に落ちていくことになってしまう。

低収入に甘んじて流されて生きている人たちは、もともと知能が足りなかったのではなく、知能を伸ばす教育から子供の段階で引き離されていたからという要因もある。

もっとも、人生はすっぱりと白か黒かで決まるものではない。つまり、高所得層の子供のすべてが成功してエリートになるわけではない。恵まれ過ぎて転落することもある。甘やかされて自滅する子供もいる。

逆に、低所得層の子供のすべてが貧困にあえぐわけではない。何もないところから、試行錯誤しながらバイタリティを武器に成り上がっていく逆転劇もある。

しかし、客観的に見れば、「金もない、塾もいけない、仲間からも孤立している、理解してくれる親も教師もいない、学歴もない、職歴もない、人脈もない、何もない」貧困の子供たちは、苦心惨憺の人生が待っているのが現実である。

だから、日本の底辺ではじわじわと貧困が拡大しており、子供にも経済格差による就学困難が定着するようになっている現実は危険なのだ。

潜在能力が引き出せない子供たちが増えるというのは、社会にとって大きな損失である。就学困難に落ちている約150万人の子供たちの中には、日本を代表する「何らかの天才」がいるかもしれないのだ。



この子に未来はあるのか。日本の底辺ではじわじわと貧困が拡大しており、子供にも経済格差による就学困難が定着するようになっている現実は危険だ。


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