2017-10-02

誰もが転落を避けられず、堕ちたら助からない社会になった


日本の名門企業、名だたる一流企業であったはずの東芝だが、2015年に不正会計が発覚してから、歴代社長が次々と引責辞任に追い込まれて経営が大混乱に陥り、もはや会社としては体を為していないような状況になっている。

社会インフラ部門、エネルギー部門も、半導体部門も、東芝の柱だった中核が次々と分社化されたり売却されたりしているのは、この会社はすでに資金がショートしているからだ。

決算に関してもまだ不正会計で揺れており、また新たな不正の痕跡が見つかったと2017年10月2日に報道されている。もう東芝に株式会社としての信頼はまったくない。

沈みゆく東芝は自分たちが生き残るために社員を次々と切り捨てている。リストラし、強制退職に追いやり、子会社に出向させ、その子会社を切り捨てる。非情だ。

東芝の社員は一流企業に勤めるエリート社員だったはずだが、もう意味もなくなった。まさか自分の人生を支える会社がこんな無様に凋落するとは思わなかったに違いない。

人の人生はどんなに順風満帆であっても、ある日突然思いもよらないことで転落していく。「成功」というのは現在の一時的な状況を示すものであって、未来永劫に約束された状況ではない。


リストラや倒産はスピードの速い現代社会では日常


株価が上がったり下がったりして毎日変動するように、人生もまた上り調子だったり下がり調子だったりして一定していない。それほど振幅のない人も波瀾万丈の人もいるが、「常に成功し続けている」という人は絶対にいない。

順調だった人が、いきなり窮地に追いやられる時というのは、いったいどのような時なのだろうか。苦労もなく食べていけた人がいきなり生活苦に落ちるというのは、何が原因となるのだろうか。

「転落」にはいくつも理由がある。

それは1つや2つではない。本当にたくさんの理由がある。重要なのは、その理由が分かっていても、それが避けられるとは限らないということだ。

些細な失敗で転落することもあるし、突如として不幸が襲いかかって転落することもある。自分が招いた転落もあれば、他人に突き落とされる転落もある。

人の人生が転落していく最も大きなものは、今までやってきた仕事を失ったり、会社を失ったりするものだろう。リストラや倒産はスピードの速い現代社会では日常の出来事になった。

入社したときは一流企業だと言われていた会社でも、資産の切り売りや社員の切り捨て、身売り、倒産という運命になることも珍しくない。

名門企業であろうが、基幹産業だろうが、流行業界だろうが、そんなことはまったく関係ない。得意絶頂の会社が、いきなり窮地に堕ちることもある。

たとえばリーマン・ショックの時は、一流投資会社リーマン・ブラザーズが崩壊し、アメリカを代表するシティー・バンクやAIGも破綻寸前にまで追い込まれた。

経営者が打つ手を間違えると、会社はたった一日で栄光からどん底に堕ちる。

企業が転落するときというのは、そこで働いている人たちが給料激減に見舞われたり、リストラされて、会社以上に悲惨になるということである。

いくら有能な人であっても、泥沼に落ちていく会社にいたら、一緒に転落して泥沼に落ちる。生活を支えているのが仕事なのだから、仕事がうまくいかなくなると、人生は急激に悪化していくことになる。

焦燥感や、無力感や、不安や、絶望が襲いかかる


会社がうまくいっていても、その会社の仕事がブラックであったり、労働基準法に準拠していない労働を強いるところだとすると、長く勤めることは不可能に近い。

また、たまたま職場の人間関係に問題のある部署であったりすることもある。人間関係に問題がある時は、理不尽な人間が生き残り、真面目な人の方が心が折れることの方が多い。

こうした不運も、すぐに自分の人生に大きな悪影響を与えることになる。

それが初職であったり、辞めた時が高齢だったりすると、そこを辞めたら次は見つからない人も出てくる。

仕事が見付からないから、アルバイトやパートや人材派遣でしのいでいると、そこから抜け出せなくて、結局は消耗品のように使い捨てされてしまう。

バブル崩壊以後、そうした人生を送らざるを得なくなった人たちが大勢いて、だから貧困と格差が社会の底辺で急激に広がってしまったのだ。

仕事に恵まれなかったり、人に恵まれなかったり、会社に恵まれなかったりした人は、あきらめて次を探すしかない。しかし、その「次」が見つからない。

世間はうまくいっていない人を「社会が悪かったのだ」と解釈してくれることはほとんどない。まず、「個人の資質に問題があるに違いない」と疑う。

だから新しい仕事を探そうとしても、人間性に問題があると思われて、あからさまに面接で落とされることになる。

こうして窮地に追いやられてしまった時は、多くの人が巻き添えを食いたくないと思って去っていく。友人だと思った人はみんな自分が不遇になると消えていく。

そして、望んだわけでもないのに孤独に追いやられてしまった人は、焦燥感や、無力感や、不安や、絶望で、病気になりやすくなる。心の病気になることもあれば、身体の病気になってしまうこともある。

病気になれば満足な経済活動もできなくなる。負のスパイラルは身も心もズタズタにして、転落をより深いものにする。

転落とは、滅多にないことなのだろうか?


女性であれば、若年妊娠、シングルマザー、結婚崩壊、家庭崩壊が転落のきっかけになる。結婚生活がうまくいかない理由が男にあっても、転落するのは女性なのだ。

妊娠して男が責任を取らなかった時、あるいは離婚して男が去った時に子供が残されていると、女性は子供を育てながらも生活費を稼ぐという「曲芸」を強いられることになる。

パートで充分に暮らしていけるのであれば苦労しない。暮らせないから苦労する。

また、別れた相手がしっかりと養育費を払ってくれるのであればもっと苦労しない。男は往々にして養育費を払わずに姿をくらますから苦労する。

結局、女性がツケを払わされる形になって転落を余儀なくされてしまう。

困窮した女性は実家に頼るしかない。しかし、親の支援や援助が受けられない境遇にいる女性は、その転落はとても深いものにならざるを得ない。

だから、こうした追い詰められたシングルマザーが風俗に堕ちて、待機部屋に託児所みたいなものができるような社会になっているのだ。

デリヘルで身体を売りながら、四苦八苦しながら生きている女性はもう珍しくも何ともない。風俗が女性を支えているのである。

デリヘル嬢については私も多くの女性に会ったが、転落の形はやはり人それぞれだった。(『デリヘル嬢と会う 〜彼女は、あなたのよく知っている人かも知れない〜』

こうした転落は、滅多にないことなのだろうか。それとも、よくあることなのだろうか……。言うまでもなく、とてもよくあることだ。

結婚も減っているのだが、結婚しても3組に1組は愛をなくして別れる結果となっている。33%の女性は「転落の危機」に見舞われてしまう。

そして、別れたときの社会的ダメージは、経済的にも対外的にも女性の方が大きい。

そう考えると、今の時代に「普通に生きられる」というのは、どれだけ幸せなことなのかというのが分かる。

では、転落したら政治家は助けてくれるのだろうか。まさか。政治家自身もすぐに転落するので、生き残るのに必死だ。国民そっちのけで自分たちの身分のために走り回っている。それが、現実である。



入社したときは一流企業だと言われていた会社でも、東芝のように資産の切り売りや社員の切り捨て、身売り、倒産という運命になることも珍しくない。転落は誰の身にも起きることだ。


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