2017-09-12

グローバル化の中では保守派が抹殺される対象となっている


グローバル化が進むにつれて起きているのは、人種対立と宗教対立と軍事対立と領土対立と文化対立と経済対立と思想対立と歴史対立である。

グローバル化は欧米の多国籍企業が経営の効率化と利益の極大化のために取り入れた方向性なのだが、これが企業から個人へと急激にブレイクダウンされたのが、ここ20年ほどの社会の動きであったと言える。

「グローバル化は多様性を認める社会を生み出し、それは最終的には人類の平和や安定に結びつく」と喧伝された。

だから、当初はこのグローバル化による社会の変革は好ましいものとして手放しで歓迎されていた。またIT化による「世界の人たちとの結びつき」もまた新しい社会に相応しいと歓迎された。

しかし、現実はどうだったのか。

グローバル化の中で多様性を認めようとする動きは、その底辺で徐々に緊張を生み出すものになっていた。平和や安定どころか混乱と対立が生まれ、それがインターネットで増幅されて社会を極度に不安定化させている。

なぜ、こんなことになったのか。多様性を認め合うというのは、実は別の意味の差別を生み出すものだったからである。


多様性を認め合うというのは、別の差別を生み出す


「多様な意見をすべて認めて、多様性の中で共生する」というグローバル化の概念は、大きな矛盾を内包する。

どういうことか。たとえば、多様性や多文化共生を進めるグローバリストはこのように言う。

「人間はみんな違って当然。だから相手の違いを認めて共生できる社会にしましょう」

すべての人を受け入れるというのであれば、「違う人種、宗教、文化の人と暮らすのは絶対に嫌だ。同じ人種、同じ宗教、同じ文化の人たちとだけ仲良くやりたい」という人をも取り込むことになる。

つまり、自分たちとは真逆の意見を持つ人たちを受け入れることになる。すると、どうなるのか。

多様性を受け入れる社会では、常に多様性を受け入れたくない人と激しい対立や衝突を繰り返すということになるのだ。

だから、多文化共生を進める社会、すなわちグローバル化が進む社会では、自国を愛し、自国の宗教を愛し、自国の文化を愛する人を「狭量だ」「差別だ」「排外的だ」と言って排除するようになっていく。

つまり、反グローバル主義の考え方を持つ人は排除されていくのである。「違う人たちを認める」と言いながら、それに賛同しない人を排除するというわけだ。

「多様性を認め合うというのは、実は別の意味の差別を生み出す」というのはそういうことだ。多様性を認め合おうと言う人は、多様性を認めない人を差別するのである。

実際、このようなケースが表面化している。

たとえばグーグルで「男性と女性の能力には違いがある。女性よりも男性の方がコーディングを好む。性別による違いを性差別だと決めつけるのを、やめなくてはならない」と主張したジェームズ・ダモアというエンジニアがいた。

この人は、この文書を出した瞬間に解雇された。それが真実かどうかは別にして、グーグルはある特定の意見を持った人を、その意見を持ったが故に一瞬にして解雇したという事実に注目する必要がある。

自分たちの意見と反対のものは、とたんに排除する


男性と女性の能力の違いがあるのかどうかについては様々な意見があり、ジェームズ・ダモア氏の意見が正しかったかどうかは専門家ではない私たちには分からない。

問題はそこではない。グローバル化した社会の中では、「多様性を認める」と言いながら、本当のところはそうではないことが露呈しているということだ。

グーグルがジェームズ・ダモア氏を解雇したというのであれば、それは多様性を認めなかったということなのである。

興味深いと思わないだろうか。

「多様性を認める」「多様な意見を認める」と言いながら、いざ「多様な意見」が出て、それが自分たちの意見と反対のものだったら、とたんに排除してしまう。

しかも、グーグルの経営陣は「自分たちが多様性を排除した」という自己矛盾に気付いていない。

本当に多様性を認めるのであれば、男女の能力についていろんな意見を持つすべてのエンジニアの雇用を保障するはずだ。しかし現実には、「男性と女性の能力には違いがある」という意見を持つエンジニアだけを排除した。

ここから何が見えてくるのか。

それは「多様性を認める」というのはただの理想や建前であるということだ。多様性を認めるという企業でも、自分たちと相反する意見を持つ人は排除する。

自分たちとは真逆の意見を持つ人間は追い出す。認めない。そして許さない。つまり「多様性」だとか「共生」だとか、きれい事を言っているのだが、真の意味での多様性は、成り立っていないのである。

ある意味、これは当然の帰結である。男女平等を謳っている企業でそうではないと意見する人がいたら企業運営が成り立たない。だから、自分たちの企業文化に合わない人は最終的には排除せざるを得ない。

グーグルは、企業文化と合わない人を排除したのだ。大事なことなので、この意味をよく考えて欲しい。ジェームズ・ダモア氏は「文化が合わないから排除された」のだ。

グローバル化の中では保守派が抹殺される対象だ


何のことはない。このグーグルがやったことこそ、多文化共生は成り立たないという典型的なケースである。

多文化共生と言っても、自分たちの存続を脅かす存在があれば、それは排除しないと自分たちが自滅する。

だから、グーグルは自滅しないために排除を選んだ。自分たちと異なる意見の者とは共生できなかったから排除した。そして、世論は企業文化に合わない人を排除したグーグルを賞賛した。

排除は賞賛されたのだ。

結局、多様性を認めるというのは、ある種の欺瞞と矛盾で成り立っているというのが現実だと分かる。社会が指し示す方向性と違った概念を持ったら、結局のところあらゆる理由を付けられて排除されてしまうのである。

多様性や多文化共生は差別や排除をなくしていく動きだと捉えてはいけない。「新しい差別や排除」を生み出す動きであると捉えなければならない。

グローバル化に邁進する社会、そしてその中で多様性や多文化共生を理想として突き進んでいく社会の中では、それに反する人間は「反社会的な人間」と定義されて排除される。分かりやすく言えば「邪魔者は消される」のだ。

つまり、保守的な考え方を持つ人たちは、これからより強固になっていくグローバル化の中では「反社会的な人間」として排除される対象になるということである。

現代社会ではグローバル化が止まらず、さらに国家が弱体化して多国籍企業がさらに強大な存在になっていく。

まだ多国籍企業が世界に君臨しているという現実が見えていない人もいるのかもしれない。しかし、いい加減に気付くべきだ。多国籍企業は世界を乗っ取り、彼らが推すグローバル化は止められないものとなった。

これからは、彼らの考え方に合わない人間が差別され、排除されていく。

たとえばドナルド・トランプ大統領のような保守的な考え方を持つ人物はこうしたグローバル化の流れに必死に抵抗しているが、「きちがい、愚か者、差別主義者」と罵られて激しく糾弾され、敵視されている。

多様性、多文化共生が「強制」される社会では、保守派が抹殺される対象となる。そんな社会の構図を私たちはきちんと認識しているだろうか?



ドナルド・トランプ大統領のような保守的な考え方を持つ人物はこうしたグローバル化の流れに必死に抵抗しているが、「きちがい、愚か者、差別主義者」と罵られて激しく糾弾され、敵視されている。


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