2017-08-31

家族は壊れ、結婚が廃れ、離婚が増え、次はどうなるのか?


かつての日本は三世代が同居するのも珍しくない大家族だったが、戦後になるとこのスタイルはどんどん消え去り、多くが核家族となった。

日本で核家族化が急激に進んだのは、1960年代以後である。高度成長期のまっただなか、田舎から都会への人口の流入が増えたことによって、核家族が当たり前になっていった。

当初の核家族は「夫婦とその子供たち」というスタイルである。今でも核家族と言えば、この光景を頭に浮かべる人も多い。

しかし、1990年以後から急激な少子高齢化が進んで、この「夫婦と子供」というスタイルは急激に減っている。

今は「夫婦のみ」の核家族が普通になりつつある。結婚しても子供を産まない核家族だ。三世代が同居していたかつての家族から見ると、本当に小さな「核」となった。

ところが、これで終わりではなかった。

最近では「核家族」すらも減少しており、日本で爆発的に増えているのが「単身世帯」である。家族は壊れてしまったのだ。結婚も急激に減っている。離婚も増えている。

いったい、これからどうなってしまうのか?


過激なカウンターカルチャーが目指した家族の破壊


家族という濃密なつながりは、日本の社会では破壊されつつある。かつての日本は集団主義だったが、すでに今の日本は集団主義とは言い難い状況だ。

核家族化が浸透していく1960年代から欧米の個人主義が日本にもゆっくりと浸透するようになったのが大きい。

アメリカでは1960年代にベトナム戦争に反対する若者たちが「カウンターカルチャー」の運動を推し進めていった。

ベトナム戦争はアメリカとソ連の代理戦争でもあったが、戦争が泥沼化していくにつれてアメリカの若者たちは「なぜ我々がアジアで見も知らぬ人たちを殺さなければならないのか」という疑問を抱くようになっていく。

それが体制側の批判となり、反体制となり、カウンターカルチャーという反体制文化へと進んでいったのだ。

彼らは体制に反対するために「男性は髪は短く、身だしなみは清潔に」という押しつけも反対して男性が髪を長く伸ばしヒゲを生やし、背広よりもTシャツとジーンズを好んだ。

戦争よりも平和、憎悪よりも愛、銃弾よりも花を志向した彼らは「ヒッピー」と呼ばれるようになり、やがてこのヒッピー・ムーブメントがアメリカ全土を覆い尽くすようになった。

このヒッピーが「体制的だ」として反旗を翻したもののひとつが「家族」という概念だった。

「家族は古い、結婚は古い、それは旧体制側の押し付けだ」と彼らは叫び、気に入った相手とは誰でもセックスをし、考え方が同じヒッピー同士で集団生活をして暮らすようになった。「コミュニティ」と彼らはそれを呼んだ

彼らはドラッグも許容して、マリファナが彼らのシンボルになっていった。

こうした過激なカウンターカルチャーはやがて、ドラッグの蔓延と目に余る無軌道が嫌われて、急激に廃れることになっていくのだが、しかしこれで「古き良き家族」が復活したわけではなかった。

父親が働き、母親が家庭を守り、子供たちが親の言うことをきちんと聞いて家族みんなで支え合うというスタイルはアメリカでは1970年代に終わったのだ。

父親も母親も働きにいき、離婚も蔓延し、子供たちは個人主義の中で親を慕わなくなった。

家族に束縛を感じ、うまくいかなくなっていく


「結婚したら永遠に添い遂げる」というのは、以前は成り立っていたのだが、カウンターカルチャー以後の1970年代から成り立たなくなってしまった。

もちろん、今も最初に結婚した相手と添い遂げる人はたくさんいるし、家族や兄弟を大切にして生きている人たちも皆無になったわけではない。

しかし、2016年のデータを見ると、アメリカは結婚率が6.90、離婚率が3.20なので、2組に1組は離婚している状態だ。年間の離婚件数は約120万件である。

離婚の理由のトップは「心が次第に離れていった」という抽象的なものである。「相手が仕事ばかりで家庭を顧みない」とか「会話がなくなった」とか、そのような理由で家族は解体していく。

子供がいてもいなくても同じだ。「子はかすがい」にはならないのである。

アメリカで起きていることは日本でも時間差があるものの、同じ傾向が現れることが多い。1970年以後、家族の解体に関してもやはりアメリカの後を追った。

現在の日本は3組に1組が離婚しており、やはり「子はかすがい」にはならず、子供がいても離婚に躊躇がない家庭も増えている。離婚理由は「性格の不一致」もあるが、経済的理由も、浮気も多い。

これだけ性的にオープンになった社会で、ひとりの相手に貞操を誓い合うというのはなかなか難しい上に、リストラや失業が恒常化して家族を支えきれなくなった。

さらに個人主義が当然の社会になると、夫婦で共通の価値感も消えていく。そこまでいくと「一緒にいる意味があるのか?」という話になってしまうのは当然だ。

個人主義と家族は相性が良くない。だから、個人主義の洗礼を強く受けた人であればあるほど、家族に束縛を感じ、うまくいかなくなっていく。

結婚してもしなくてもうまくいかないのであれば?


こうした個人主義が日本の社会に定着した結果、結婚が減っていき、さらには結婚しても3組に1組が離婚し、日本で単身世帯が爆発的に増えていくようになっている。

ただ、それでも良い相手がいれば結婚したいと思っている人も多い。それは婚活サイトが大活況であるのを見ても分かる。

人間は社会的な動物なので、ポリシーで孤独を貫き通せる人はなかなかいない。

結婚はもう時代に合わないと思っても心の底の本音の部分で結婚を望む人がいるのは、社会的な動物としての人間の本能が、孤独を嫌うからでもある。自分に寄り添ってくれる誰かを求める。

シングルであるというのは、自分の好きなように生きられる自由さはあるが、正真正銘の自由は孤独を意味する。孤独はほとんどの人に取っては耐えられないものだ。

かくして、孤独から逃れるために人々は「古い」と言われる結婚に走る。

しかし、結婚しても問題は解決しない。孤独は耐えられないが、にも関わらず個人主義もしっかりと浸透しているからだ。だから、皮肉なことに結婚してもしなくても不幸になってしまうのである。

結婚しないと孤独にさいなまれ、結婚しても束縛を感じ、どちらにしろ現代人はうまくいかない。これは、現代人が模範的な人生の姿を見失ってしまったことを意味する。

どちらにしても、今の社会構造のままではうまく生きられない体質になったということだ。

こうした中で、欧米では事実婚が増えている。ほとんど結婚生活をしているのと同じように暮らすのだが、婚姻届は出していないので法的には夫婦ではない。

愛や価値感が合う間は一緒にいるが、一緒にいる価値がなくなったと思ったら静かに去って関係を終わりにする。法的には結婚していないので、話し合いだけで別れることができる。

合理的だ。

欧米で事実婚が普通になりつつあるということは、これからの日本がどうなるのかもこれで予測できるはずだ。

法的な家族という概念は消えて、家族のように見えて家族ではない、夫婦のように見えて夫婦ではない事実婚が選択されるようになる。それが一番「合理的」なのだから、日本もまたそうなって当然である。



欧米で事実婚が普通になりつつあるということは、これからの日本がどうなるのかもこれで予測できるはずだ。法的な家族という概念は消えて、家族のように見えて家族ではない、夫婦のように見えて夫婦ではない事実婚が選択されるようになる。


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