2017-07-31

雇用の75%が消えると社会は私たちの面倒を見るのを止める


マーティン・フォード氏の著書『テクノロジーが雇用の75%を奪う』では、今後の労働市場では、「低賃金の熟練工だけでなく、今後はホワイトカラーなどの中間層も収奪の対象となる」と述べている。

グローバル化が荒々しく世界を飲み込み、日本でも終身雇用や年功序列という伝統的な経営が廃れて、人材の使い捨てになった。

しかし、このグローバル化による雇用の減少は「序章」であり、今後迫り来るロボット化・AI化は、さらに強烈な雇用削減を進行させる。

テクノロジーによって「雇用の75%が消える」というのだ。いつ、このような時代がやって来るというのか。グーグルの親会社であるアルファベット社のラリー・ペイジ氏はこのように述べている。

「グーグルには人工知能の開発に携わる人間がいて、しかも大規模に開発を推進している。実現は世間が考えているほど遠くない」

人工知能は雇用を奪うが消費はしない。仕事を奪われた人も労働を奪われて消費ができなくなる。そのため、現代の大量消費市場はやがて破綻するとも言われている。

時代が大きく変わろうとしている。


巨大で荒々しい環境の変化が起きている


もう「ひとつの会社に長く勤めて定年退職」の時代などとっくに終わっている。「安定的な生き方」は吹き飛んだ。

「巨大な会社に勤めれば身分が保障されて一生安泰、寄らば大樹、長いものに巻かれろ」は崩れた。大樹はいつでも倒れ、長いものは消失する。

巨大で荒々しい環境の変化が起きているのだから、生き方も考え方も変えなければならない時期に入った。基本的に、今の時代に求められているのは、ただひとつ。

「自分の生き方は自分で決めろ」というものだ。

今までは「なるべく良い大学を卒業して、なるべく良い大企業に入って、定年まで勤める」という生き方のレールがあった。それで安定が確保できた。しかし、もうそのレールが消えつつある。

もちろん、時代の過渡期はレールが消えても一部にレールが残るので、「まだレールが残っている」と思い込んでいる人たちも多いはずだ。

しかし、いつまでもレールに乗って終着駅まで着くつもりでいると、遅かれ早かれ脱線する。

自分の人生よりも雇用条件の悪化の方が早くなる。そのため、どの方向に向かうか、何をするのかは、すべて自分で考えて、自分で決断を下さなければならない。

今の日本の硬直した大企業で、30年後まで大企業のまま生きていられる会社はそれほどない。さらに事業モデルが15年続くこともない。

ほとんどの企業は時代の激変に躓いて凋落していく。そして、自分よりも先に、会社の寿命の方が早く来る。会社が生き残っても雇用を削減するイノベーションが取り入れられて、自分の居場所はなくなる。

グローバル化によって雇用は不安定になったが、グローバル化を前にして自分の雇用について熟考するサラリーマンはほとんどいなかった。

グローバル化で実際に雇用が不安定化して、やっとそれは雇用を削減する動きだったのだと気付いたのだ。しかし、気付いたときはもう遅い。

「何でもいいから、自分の食い扶持は自分で稼げ」


基本的に次の時代は、「何をしてもいい。それは、あなたの自由だから、自分の生き方は自分で決めてくれ」という方向になる。これを、もっと分かりやすく言うとこうなる。

「何でもいいから、自分の食い扶持は自分で稼げ」

自分で何かをして稼ぐ。これが、今の時代が私たちに求めている唯一のスキルである。

これに先だって、「もうサラリーマンをやっていても意味がない」ことを知らしめるために、サラリーマンの権利は次々と剥奪されている。

終身雇用は廃止され、年功序列も廃止され、正社員は非正規労働者に置き換えられ、リストラが容易になるという変化が着々と行われてきた。

さらに「ホワイトカラー・エグゼンプション(WE)制度」がいずれは取り入れられる。

これは「残業代ゼロ」法案とも言われているが、要するに一部の労働者を労働時間規制から除外して、残業代を払わないようにする法案でもある。

高額賃金を得ている人が対象だが、この「少なくとも1000万円以上」という対象はいずれ切り下げられ、年収400万円でも残業代がなくなるのではないかとも言われている。

本当にそうなるのかどうかは分からないが、サラリーマンでいること自体がリスクになる時代はすでにやって来ていて、それはますますひどいことになっていくのは分かる。

もちろん、雇われて生きるしかない人たちもたくさんいるし、そもそも最初は社会の仕組みが分からないので、雇われて生きるしかないことも多い。

しかし、「いつまでも雇われて生きる」にしがみついていれば、単なる労働者になってしまう。そんな時代に変わった。

だから、大学を卒業して、大企業に入って働くという生き方は、もうレールに敷かれた安泰の人生ではないということに、早く気付いて、今すぐ手を打たなければならないのである。

サラリーマンの権利は次々と剥奪されていくのだから。

「自由」を与えられたことに喜びを感じるか?


「サラリーマンをやめて、自分の自由に生きろ」と時代は叫んでいる。奇妙な言い方になるが、やっと私たちは「自由が与えられた」ことになる。

嫌な仕事をしたくない、ろくでもない上司に我慢したくない、自分のしたいことをしたい……。

それは、長らく多くのサラリーマンが求めてきたものだ。今までは、そんなことを言ったり考えたりしたら「それはわがままだ」と諫める時代だった。

しかし、今の時代は諫めることはない。「その通りだ、だから我慢しないで出ていってくれ」と企業は言う。

今度は企業の方が「もう社員を定年まで雇いきれないので、我慢しなくていいから辞めて欲しい。辞めてくれないなら、どんどん条件が悪くする」と明確に言っている。

希望退職制度と言って、「辞めてくれるなら、退職金を割り増しで払う」という制度も定着した。どこの企業も、黒字を出しているはずなのに、次々と退職者を募集している。これからも、多くの企業が後に続く。

そして雇用が消えるのだが、次の時代は「何でもいいから、自分の食い扶持は自分で稼げ」になっているので、自分で何かをしなければならない。

私たちは今や好きなように生きて、それで生計を立てることを求められている。自分の好きを追求しても、それで生計を立てて食べられているのであれば、誰にも咎められない。

もう国も、会社も、国民の面倒を見ることができないので、国民が自分で食い扶持を探してくるのを望んでいる。次の時代は、社会が私たちの面倒を見ることに匙を投げる。

これからは、好むと好まざるとに関わらず、私たちは自分の判断と、決断と、決意で、生きていくしかなくなった。

弱肉強食の資本主義というのは、私たちが「個人」で生きられるかどうかを突きつける社会でもある。

果たして、あなたは「自由」を与えられたことに喜びを感じるだろうか。それとも、「自由はいらない。低賃金でもいい。だから雇って欲しい」と思うだろうか。

グローバル化の次の時代は容赦なく私たちに襲いかかってくる。自分のできることは何か、よく自分を見つめる必要がある。



もう国も、会社も、国民の面倒を見ることができないので、国民が自分で食い扶持を探してくるのを望んでいる。次の時代は、社会が私たちの面倒を見ることに匙を投げる。


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