2017-07-29

財産を根こそぎ奪われたくなければ、宗教の類いは信じるな


マネーボイスに私の文章が掲載されております。ご関心のある方はどうぞお読みになって下さい。(『信じる者は奪われる! 運と金が欲しいなら「神殺し」の汚名をかぶれ=鈴木傾城』

現在、マネーボイスでは『身ぐるみ剥がれた日本人は「海外リタイア生活」の最期に何を見たのか?』もアクセス上位で読まれております。この文章はマネーボイス書き下ろしですので、まだ読んでおられない方はどうぞお読みになって下さい。

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安らぎはうさん臭い人間を遠ざけることで生まれる


ところで……。

『信じる者は奪われる! 運と金が欲しいなら「神殺し」の汚名をかぶれ』に絡んで、「宗教心」について現実主義者の視点からどう考えればいいのか、もう少し補足して考えてみたい。

宗教というのは人の心に深い癒やしを与え、精神の安定をもたらしてくれるはずのものだった。しかし最近はそうではなくなっている。

多くの宗教組織は、もうとっくの前に資本主義に毒された。

それは、信じさせることによって集金する危険なビジネスと化したのだ。信者に安らぎを与えるよりも、信者から金を毟り取るのが活動の中心となっている。

すべての宗教がそうだとは言わないが、多くの宗教がそうだ。宗教は信仰心を利用した集金システムと化した。集金がメインなのだ。

宗教に頼らなくても他で安らぎを得られる人は、そんな集金システムに金を落とさなくても困らない。

だから、無駄金を使いたくないのであれば、集金システムと化した宗教を積極的に遠ざけておくのが正しいスタンスとなる。

そうすれば、うさん臭い人間に騙されて金を毟られる機会がかなり減る。それは、素晴らしいことなのである。心の安らぎはうさん臭い人間を遠ざけることで生まれる。

現代の弱肉強食の資本主義社会では、他人を容易に信じると馬鹿を見る。無防備にならないためには、宗教を信じない方向を選ぶ方が騙される確率が減る。

信じさせられると金を毟り取られるのだから、資本主義で生きるのであれば、相手をむやみに信じない方が合理的なのだ。

もし、宗教を信じないということに罪悪感を感じるのであれば、不可知論者の立場だと言い張ればいい。不可知論者とは「神がいるのかいないのか分からないので自分は何とも言えない」とする立場である。

そうやって一線を引いておくのは、騙されないためには非常に大切なことだ。

信じた人間の財産を根こそぎ奪っていくのがカルト


神は人間が作り出したひとつのコンセプト(概念)であり、アイデアであり、妄想である。信じないことをなじられても、相手の世界観に合わせて怯える必要はない。

「信じない者は地獄に堕ちる」と言われても、それは単なる脅しなので気にする必要はまったくない。

相手の宗教に歴史があろうがなかろうが、そんなものもまったく意に介する必要はない。

たとえばキリスト教は全世界を覆い尽くして人類の思想に大きな影響を与えているのだが、それでも聖書に書いてある天地創造や人類創生は、昔の人間の無邪気な創作でしかない。

キリストの母親が処女懐妊したというのも常識的・科学的にあり得ないし、キリストが死者を生き返らせたというのもあり得ない。また磔にされて死んだキリストが生き返ったというのもあり得ない。

娯楽小説として暇つぶしに読むのであれば面白いかもしれないが、それを心底信じるというのは現実的ではないし、現代人としての資質にも欠ける。

もちろん、非現実的なものであってもそれを信じて心の平安を得ている人もいるので、そういう無邪気な人をわざわざ馬鹿呼ばわりする必要はない。

さらに、自分が一緒になってその仲間入りする必要も、まったくないのである。

「自分がキリストの生まれ変わりだ」と言っているような人は、徹底的に遠ざけて構わない。

現代でもキリストの生まれ変わりだと他人に信じさせて、信じた女性を手込めにしたりする人間も出現して、しばしば事件になっている。

常識を持った人間には、こんな胡散臭いものを信じる人がいるのが不思議だと思う。しかし、人間は弱い存在だ。洗脳のテクニックを使われると精神が崩壊してしまう。

人間性を奪われ、目の前の胡散臭い人間が「教祖」だと強制的に信じ込まされるのである。

そして、その洗脳テクニックと組織運営に卓越した才能を持つカリスマ教祖が生まれて、世の中の裏側で増殖していく。これらのカルトが、自分たちを信じた人間の財産を根こそぎ奪っていく。

宗教という名の元で、現代の資本主義の裏側では醜悪な世界が広がっている。

防御のための最適なソリューションとは何か?


最初から信じていなければ、目の前の人間が真顔で「神が、仏が」と言い出したら「頭がおかしい人がいる」とすぐに察知できる。

しかし、合理的でない思考のまま生きていると、頭のおかしい人間でも救済者に見えたりする。

そして、こうした頭のおかしい人間や集団に補足されて、何もかもを毟られる。彼らの洗脳能力を甘く見てはいけない。それは非常に危険なものだ。

彼らは自らを権威付けし、物事や文化を都合よく解釈し、ありとあらゆる手を使って相手を洗脳しにかかる。

そして、それを信じない人間を悪魔呼ばわりするか、偽預言者呼ばわりするか、あるいはゴイム(家畜)扱いする。

「信じない人間は地獄に落ちる」
「呪われる」
「信じなくても真理は覆らない」

そのように脅し、恐喝し、それを信じなければ殺されても当然だと思い込ませてくる。

人間には、何を信じて何を信じないかという「思考の自由」がある。しかし、カルトはその自由を奪う。

自分たちを信じろと言うのではない。無理やり人間の頭の中を変える。人を極限状態において精神的に崩壊させて、自分たちの都合の良い世界観を植え付ける。

そして、新しい世界観を植え付けられた人間は、一生その集団の奴隷になってしまう。考え方も、生活も、すべてを集団に尽くして死んでいくのである。

こうした集団に属すると、「財産を寄付しないと天国に行くことができない」とか言われる。そして、持っている財産をすべて吐き出されて奪われる。

しかし、このときには本人の人間性は破壊されているのだから本人だけが何をされているのか分かっていない。

この状態を「マインド・コントロールされた」と呼ぶ。いったんマインド・コントロールされたら十数年経ってもそこから抜けられないのはよく知られている。(17年経っても消えないマインド・コントロールの恐ろしい手口

自分の人生を破壊されたくなければどうすればいいのだろうか。簡単だ。信じる者は奪われるのだから、最初から信じなければそれでいいだけの話だ。

「信じない」というのは、防御のための最適なソリューションである。それを意識するのは非常に重要なことだ。

弱肉強食の資本主義で生きるための基本が「信じない」というものである。





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