2017-06-10

壊滅的な崩壊が見えていても止まれないのが人間の歴史だ


人間は将来を考えることができる地球上で唯一の生き物だ。しかし、だからと言って将来の破滅に対して何らかの手を打てるとは決まっていない。

たとえば、中国では恐ろしいまでの環境破壊・大気汚染が恒常化している。これは工業化に邁進するために環境を犠牲にして邁進した結果である。

工場を停止すれば大気汚染も鎮まるというのは、中国政府が重要な国家パレードの際に工場を停止させればすぐに青空が見えることで証明されている。

しかし、分かっていても中国政府はそれをしない。人民の健康よりも国家の発展の方が重要であると思われているからだ。

住民の健康が恒常的に破壊され続ければ、いずれはそれが国家の破滅につながることくらいは誰でも想像できる。しかし、破滅が見えていても止まれない。

破滅の予感、破滅の危機感を持ちながらも、最終的に破滅するまで暴走してしまう。

こうした中国の状況を見れば、環境保全なき工業化は危険だと気付くはずだが、後を追うインドもまた中国とまったく同じ道を進み初めて破滅的な環境破壊・大気汚染に見舞われている。


森林を剥ぎ取った不毛の大地の惨状が「砂漠」だ


人間の想像力には限界がないと言われている。しかし、危機を想像できても、それに対する対処はできないことが多い。未来になればなるほど、人間はその結末に関心を失うからだ。

人類はどんどん人口を増やして自然破壊を繰り返している。この調子だといずれは地球上からジャングルが喪失する。その結果、多くの種や多様性が失われ、地球の環境が激変する。

ジャングルの喪失によって地球環境の激変が顕在化していくのは2050年あたりからだと言われているのだが、30年以上も先の話になると、多くの人は関心をなくす。

2017年6月1日、アメリカのトランプ大統領は地球温暖化対策の国際ルールである「パリ協定」から離脱すると発表しているのだが、それを見ても分かる。

環境破壊が進むので防止が必要だという話になっても、明日も酸素が吸えるし、いつもと変わらない日常生活であるならば、危機感が持てないのである。

自分に被害がこない限り、人々は関心を持たない。

その結果、人口が増えるのに自然が衰弱する。人間も動物だから自然環境に依存して生きているが、あるとき自然に依存できなくなる時代が来る。

中国は国土をめちゃくちゃに開発して砂漠が広がり、黄砂に被害に遭っているのだが、砂漠はなぜ生まれるのかというと、森林を資源として次々と剥ぎ取って放置したからだ。

森林を剥ぎ取られた土壌が回復力を喪失すると不毛の大地と化す。その不毛の大地の惨状を「砂漠」と呼ぶのである。

かつて、サハラ砂漠があったところは恵み豊かな森林地帯であったことが知られているが、いったん砂漠になると、それは癌細胞のようにじわじわと広がっていく。

だから、中国はこれから水不足が国家の存続を揺るがすようになり、水の豊かな日本の土地を買い占めて、水を自分たちのものにしていく動きをするはずだ。

中国だけではない。世界中でこれから自然破壊がどんどん進み、自然破壊の猛威が人間に跳ね返ってくる。では、将来のために人間は自然破壊をやめようとするだろうか。

いや、むしろエネルギーを求めてさらに自然破壊を加速させていく。文明を享受したくない人間はどこにもいない。だから、結果的に人間は全力で自然を破壊して回る。

これは危ないと思いながらも、結局は最期まで暴走


崩壊するまで押し流されていくというのは、経済活動でも同じ現象が起きる。

たとえば、いったんバブルが生まれると、大勢の人間がそこに我先へと押しかけて泡を膨れ上がらせる。途中でみんなが正気に返るということはない。

誰もが「これは危ない」と思いながらも、結局は最期まで暴走して、ある日、一気にカタストロフィに見舞われるのである。

経済史には繰り返し繰り返しバブルの歴史が出てくる。経済史とはバブルが生まれ、崩壊する歴史の繰り返しである。そのすべては馬鹿げた値段まで買い上げられては自壊していく。

「人間は破滅が見えていても止まれない」のだということを知ることができる。

日本もそうだ。1980年代後半には資産バブルが暴走して止まらなかった。それで1989年12月にはバブルの頂点に達し、日本経済の健全性を根こそぎ破壊して現在に至った。

アメリカでもそうだ。1998年から2001年までのITバブルも、崩壊するまで止まらなかったし、2008年9月15日までのアメリカの不動産バブルも大崩壊するまで止まらなかった。

不動産も、サブプライムローンも危険だと、事前に警鐘が鳴らされていた。しかし、「破滅が見えていても止まれなかった」のだ。実際に、爆発炎上するまで止まらないのである。

買い上げられたものは、いずれは崩壊するというのは誰もが常識で分かっている。ところが、分かっていても止まらない。行き着くところまでいって、崩壊に付き合わされる。

破滅の予感、破滅の危機感を持ちながらも、最終的に破滅するまで暴走してしまう。

後で振り返ると、これはバブルだから降りておくべきだったと解説できるのだが、現場では「もっといける」という熱狂が支配しているので理性が働かない。

破滅の予感を感じながらも、目先の欲望にとらわれる。

崩壊が分かっていても、最後まで止められなかった


債務を膨らませていくと、それはいずれ破綻する。現在、日本もアメリカも中国も、国家がどんどん債務を膨らませているので、いずれはその債務が国家破綻の爆弾と化す。

しかし、それは予測されていても止められない。

本当に破綻するまでは、誰もが最期の日の前日まで「誰かが何とかする」と信じているものだ。そんな人たちの集合体で国家が成り立っている。

イギリスは、かつて「7つの海を支配する帝国」だった。しかし、国民が行政に依存することになったせいで、国家の累積債務が膨らむだけ膨らんでいった。

国民が働かなくなった上に、多くの人が既得権益にしがみついたまま離さなかった。その結果、1976年にはとうとう国家破綻(デフォルト)に追い込まれてしまった。

イギリスがデフォルトしたのは1976年だが、「この国はもうダメだ」とは1960年代からずっと言われていたことだ。

いずれ崩壊すると分かってはいたものの、誰もが国家に頼って何もしなかったし、自分の権利も手放さなかったので、崩壊が免れなかったのだ。

ロシア(旧ソ連)もまたそうだった。

資本主義を駆逐して共産主義を生み出したソ連は最初はアメリカをもしのぐ技術大国だった。アメリカと競うように核を製造し、宇宙開発に資金を注ぎ込んだ。

ところが、すべてを国営にしたことにより競争力が失われて共産主義が欠陥商品であることが明るみになった。それでもソ連は共産主義を捨てずに最期まで暴走し、結局行き詰まって崩壊していった。

誰もが結論が分かっていたが、最後にクラッシュするまで止まらなかった。

国家崩壊は歴史の話ではない。現在も、世界のあちこちで国家崩壊が起きている。リビアもシリアも国家は崩壊したも同然だが、こうした経済崩壊は南米ベネズエラにも波及しており、ブラジルも後を追うかもしれない。

グローバル化した社会はこれらの国の崩壊を飲み込みながら暴走する。社会環境は急激に悪くなりつつある。しかし、破滅が見えていても止まれないのが人間の歴史でもある。



パリ協定の離脱を発表するトランプ大統領。自然破壊がどんどん進み、自然破壊のツケが人間に跳ね返ってくるが、結果が見えても止められないのが人間の歴史である。


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