2017-06-09

多くの人が一度も自分の能力が開花できずに死んでいく理由


音楽、学問、芸術、スポーツから、プログラム、モノ作り、技術者、職人まで、それぞれの分野には、凄まじいまでの卓越した能力を発揮する天才が存在する。

こうした天才というのは人によってそれぞれ性格が違うのだが、共通していることがあるとすると「反復すること」を極度にこだわる性質を持っているということだ。

同じことを何度も繰り返す。

身に付くまで、あるいは自分がこれだと腑に落ちるまで、執拗に「反復」する。反復することに対して妥協がない。それも、ただ反復するのではない。異常な執念を持って反復する。

反復が続くとそれは継続になる。継続が続くと熟練する。この熟練が天才を生み出しているのだ。

これは歴史に名を残したすべての天才たちにも言えることである。その並外れた反復は「病的なまでに執拗だ」とも「狂気」とも評される。

その反復は「舞台裏」なので見えないので、天才は突如として特異な能力を身につけたように見える。しかし、そうではない。開花した才能や能力の陰には、常人には成し遂げられないような極度の反復がその裏にある。


脳裏に深く刻み込むには反復・継続するしかない


才能があっても、反復がなければ身に付かない。ほどほどの才能であっても、異常なまでの反復がそこにあれば身に付く。こうした反復の重要性を民族的に知っていたのがユダヤ人だった。

ユダヤ人は「書物の民」とも言われているが、その書物というのは旧約聖書やユダヤ経典のことで、ユダヤ人はそれを丸ごと暗記する勢いで深く読み込む。

どのように読み込むのか。それが「反復」である。何度も何度も旧約聖書や経典を声を出して読み、理解し、再び読み、脳に刻み込む。

同じ文章、同じ内容を何度も何度も繰り返して読むというのは時間の無駄のように感じるかもしれない。しかし、脳裏に刻み込むには反復するしかないのである。

「反復が特異な能力を生み出す」というのを民族の経験値として知り尽くしているのがユダヤ人だった。だからユダヤ人の中から天才が次々と生まれ、ノーベル賞の受賞率はユダヤ人で20%を占めるようなことになっているのだ。

アインシュタインも、フロイトも、マルクスも、ドラッカーも、知の巨人の多くはユダヤ人である。

教育そのものも「反復」であることが知られている。子供の教育ノートには、計算ドリル、漢字ドリル等、「ドリル」という言葉が使われているが、このドリルは穿孔機と同じ「Drill」というスペルである。

穿孔機は「同じ部位に、尖ったものを回転させながら穴をあける機械」を指すのだが、この「回転」という言葉の中に「同じことを何回も何回も繰り返す」という意味が含まれている。

だから、「Drill」というのは「反復」という意味なのだ。子供の計算ドリル、漢字ドリルというのは、「同じことを何度も何度も反復させる」という意味があるのだ。

多くの教師が指摘するのは、このドリルに異様なまでの熱心さで取り組む「反復好き」な子供が一部にいることだ。反復にすぐ飽きて逃げ出す子供もいるのだが、逆にいつまで経っても止めようとしない子供もいる。

ドリル(反復)に異様なまでの熱意で取り組む子供とテストの成績を示した統計はないが、恐らくかなり上位の成績になっているのは想像に難くない。反復と継続によって、物事は脳に刻まれるからだ。

「成功するのに何が必要ですか」の答えは何か?


パブロ・ピカソはスペイン生まれのユダヤ人なのだが、代表作「ゲルニカ」は高さ3.5メートル、幅7.8メートルの巨大な絵画(油彩)である。ピカソはこれを一ヶ月で制作した。

凄まじいまでの集中力がそこにあったと言われている。ピカソは同時に多作の作家なのだが、この多作もまたピカソの芸術に対する異様なまでの集中力が成し遂げている。

芸術作品を生み出し続けるという反復性は、極度の集中力によって成し遂げられている。この反復性のコアになっているのは、集中力である。

エジソンもいったん集中したら何ヶ月も研究室から出てこなかったようなエピソードが山のようにある。ニュートンも集中すると他のことがまったくできなくなって日常生活すらも支障をきたしたと言われている。

日常生活が不可能になるほどの集中力がそこにあった。その集中力が人類の歴史を変えるほどの成果となって結実していたということだ。

現代社会を変えたのはITテクノロジーだが、現在のITを支えているPCは依然としてマイクロソフトが支配している世界でもある。

このマイクロソフトの設立者がビル・ゲイツだった。このビル・ゲイツに、ある学生が「成功するのに何が必要ですか?」と尋ねたことがあった。

ビル・ゲイツは即座に「集中力」と答えた。

そのビル・ゲイツもプログラマー時代の集中力は並大抵のものではなく、オフィスに何日も寝泊まりしてモニターにかじりつくような格好でプログラミングをしていた。

その集中力がマイクロソフトという企業となって結実し、全世界にウィンドウズを普及させ、世界中のビジネスのあり方を一変させた。

一度も自分の能力を開花できないまま死ぬ理由


「天才」がどのようなプロセスで生まれるのかは、すでに解明されている。

天才とは「生まれつき凄まじい集中力で対象にのめり込み、常人の理解を超えるほどの反復を通して何かを手に入れる」ことができる人なのである。

まず最初に集中力があって、その集中力が異様なまでの反復を生み出し、それが継続された結果、天才と呼ばれる人間が生まれてくる。

ノンフィクション作家のマルコム・グラッドウェルは、天才について多くの人たちを検証した結果、天才と呼ばれるまでの能力を手に入れるためには「最低でも1万時間」が必要であると著書に書いている。

しかし、この1万時間というのは実際には「必要最小限」であって、本当の天才の集中力や反復力はそんなものではない。

天才になるための時間はともかく、「集中力と反復力」が天才的な能力を獲得する上で最も重要なものであるというのは異論はない。

逆に言えば、天才ではなくても自分自身の能力を高めたいと思ったら、この手法を取り入れることで高い能力を手に入れることができるということでもある。

しかし、恐らく多くの人は「集中力と反復」によって驚異的な能力を手に入れることができると知っても、それを取り入れることができない。

答えが分かっても、それが実行できない環境にあると言っても過言ではない。

現代社会は「集中できない環境」によって成り立っており、人々を集中させるどころかむしろ逆に気持ちを分散させやすいようになっているからだ。

いくら潜在能力を持った人であっても、興味のない仕事をしてテレビを見て映画を観てインターネットを見てゲームをして友達と談笑して飲み会に行って……と時間を潰していたら、集中もできなければ反復もできない。

だから驚異的な潜在能力を持った人が、そのまま日常生活に埋没して、一生の間に一度も自分の能力を開花できないまま死んでいくことになる。

身のまわりには集中力を削ぐもので溢れている。

こうしたものから離れ、反復を恐れてはならない。反復を軽視してはいけない。反復できないというのは、致命的な欠点であると認識しなければならない。



トーマス・エジソン。反復と執念の人。身のまわりには集中力を削ぐもので溢れている。こうしたものから離れ、反復を恐れてはならない。反復を軽視してはいけない。反復できないというのは、致命的な欠点であると認識しなければならない。


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