2017-06-06

バブル崩壊、就職氷河期、引きこもり、格差の次に何が来る?


金融広報中央委員会が実施した「家計の金融行動に関する世論調査(単身者)」の2016年版を見ると、ここ10年で金融資産を持たない世帯比率がどんどん上昇しており、今や48.1%にもなっていることが結果として記されている。

2007年は30%だったので10年経って「貯金がない層」が約18%も増えたということになる。

収入を得ることができない高齢層が人口比率で見ると増えているので「貯金がない」という層が増えるのも当然だと私たちは漠然と思う。

確かに金融資産を持たない高齢層は増えている。しかし、それだけが原因ではない。

「金融資産非保有世帯」を年齢別に分けて時系列で見てみると、ここ10年でどんどん比率を上げているのは高齢層ではなく、実は20代であることが分かる。

分かりやすく言うと、「ここ10年で20代の貯金がない層が増えた」ということだ。この10年は高齢層にとって苦しい時代だったというよりも、むしろ20代にとって苦しい時代だったということになる。

銀行等の預貯金口座を持っているのだが、「残高がない」が14.4%もある。実に切ない状況だ。


1993年、日本の社会でいったい何があったのか?


若年層が経済的に苦しむようになったのは、1993年からだと言われている。この時期に何があったのか。日本を覆い尽くしていたバブルの完全崩壊である。

1990年にバブルが崩壊し、1993年にもなると土地バブル、株式バブルに踊っていた企業のほとんどが業績を急激に悪化させていった。

バブルが崩壊したばかりの1990年から1992年までは、まだ「ここで踏みとどまれば再び日本の陽は昇る」と考える経営者も多く存在していた。

そのため、バブルが崩壊していく最中に、さらなる借り入れをして暴落した株式や土地を買い漁る強気な経営者もいた。ところが、崩壊したバブルは戻らなかった。

高値の不動産や株式をしこたま買い込んだ企業はたちまち莫大な負債に身動きが取れなくなり、経営が悪化していった。

会社の資産や業績が急激に悪化していく中で、ほとんどの企業は自衛のためにに支出を引き締め、求人を取りやめたり、人減らしをするようになっていった。

そこで起きたのが「就職氷河期」である。

就職したくても仕事が見付からない。働きたくても企業が求人しなくなる。企業はバブル期に大量の人間を採用したのだが、この人員が莫大なコストになって、もはや新規の求人どころではなくなったのだ。

さらに、悪いことが起きていた。この頃からグローバル化が本格的に始まって、日本企業は新興国との激しい価格競争に巻き込まれていき、賃金の高い日本人を雇う余裕が急激になくなっていった。

かくして、若年層は仕事を探しても見つからず親にパラサイト(寄生)しながら、アルバイトのような仕事で細々と生きていくしかなくなった。こうした若者を当時の社会はこのように罵った。

「負け組」……。

働かないで自室に引きこもる人は時代が生み出した


誰が彼らを「負け犬」と言っていたのか。それは、バブルが崩壊する以前に就職できた人間たちである。

1990年代は、まだ運良く会社に潜り込めた人間がいたので、就職氷河期によって仕事が見付からない人が社会の変化の犠牲になったという理解がなかった。

特にバブル期であった1986年から1989年までに、引く手あまたで就職できた人たちにとっては、「就職できない」というのは実感としてまったく理解できないことでもあった。

この世代は後に「バブル世代」と言われるようになるのだが、バブル世代は豊かな日本経済を享受できた最後の世代であったと言える。

もっとも2010年代に入ると、この世代がリストラの対象となって路頭に迷うことになる。

就職氷河期の若年層を「負け犬」と言っていたバブル世代も、また2010年代には「負け犬」になったというのは皮肉な巡り合わせだ。

「負け犬」と指をさされた就職氷河期の若年層は、バブル世代の若年層と何が違ったわけではない。違ったのは、就職する時期になって日本の経済環境が大きく激変して、その波をまともに食らったという部分だ。

彼らは翌年には状況が改善されているかもしれないと期待を寄せたが無駄だった。日本経済は回復せず、状況は後になればなるほど悪くなっていった。

莫大な不良債権を抱えた銀行は必死になって貸し剥がしに近い資金回収に走っていたのだが、それでもバブル崩壊に対処できなかったのだ。

その結果、1995年には兵庫銀行が破綻し、1997年以後は北海道拓殖銀行、日本長期信用銀行、日本債券信用銀行が次々と破綻した。

株価崩壊で証券会社も立ちゆかなくなり、山一證券も三洋証券も吹き飛んでいった。結局、就職氷河期の若年層は助からなかったのだ。

引きこもりやニートは、2000年代に入ってから日本の社会問題となったのだが、働かないで自室に引きこもる人たちはこの世代から生まれている。

それは、時代が生み出していたのだ。

この「負のスパイラル」は何を生み出すのか?


もちろん、就職氷河期の若年層でも何とか就職活動に成功した人もいる。彼らは自分たちが幸運だったことを感謝し、給料が安かったり昇進しなかったりしても淡々と働いた。

就職に失敗したら、非正規雇用で働くか、引きこもりになるしかないのだが、実際に自分たちの回りを見回すと同年代の若者がそのようになっていた。

「雇ってもらう」というのがどれだけ厳しいことなのかを就職活動で骨身に染みた彼らは「正社員」という地位にしがみついた。

その結果、何が生まれたのか。格差である。

何とか就職できて地道に働いて賃金をもらえる人と、低賃金の非正規雇用者や無賃金の引きこもりやニートに、貯金や資産形成に差が生まれるのは当然のことである。

その差が埋めがたいものとして社会問題化するようになったのが2005年頃からである。

この頃になると、「就職できなかった若者たちは本人の責任ではなく社会にも問題があったのだ」という認識が浸透するようになっていた。

それまでは「働けない、食べていけないのは努力が足りないからだ、自己責任だ」という突き放した声も多かったのだが、やっと社会は「時代が働けない若者を生み出していた」ということに気付いた。

しかし、気付いた時はもうすでに遅く、若年層の人生は破壊されていた。

彼らはまともな仕事を得ることもできないまま、30代や40代になり、ますます仕事が見付からなくなっていたのだ。

一方でグローバル化はもはや完全に定着して、日本企業は終身雇用も年功序列も維持できなくなっている。さらにインターネット化も進んで効率化がより加速し、雇用は減らす方向に向かっている。

年によって波があるので、一時的に雇用が増える現象も見られるのだが、大きな波としては凄まじい技術革新と効率化によって雇用は消え去る方向に向かっている。

つまり、バブル崩壊、就職氷河期、引きこもり、格差……と続いてきた社会の動きはまだ終わっていない。この次に、この「負のスパイラル」は何を生み出すのか。

それは完全なる貧困層とスラムである。

仕事もない、努力しても這い上がれない、貯金どころか生活もできない層が社会の底辺で膨大に増え、彼らが増えるとスラムも生まれる。

このまま推移するなら、日本に極貧層と彼らが住むスラムが誕生したとしても不思議ではないと思わないだろうか。



仕事もない、努力しても這い上がれない、貯金どころか生活もできない層が社会の底辺で膨大に増え、彼らが増えるとスラムも生まれる。このまま推移するなら、日本に極貧層と彼らが住むスラムが誕生したとしても不思議ではないと思わないだろうか。


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