2017-03-22

「日本人の金融資産が過去最高を記録」の裏側にあるもの


2017年3月17日、日本銀行は資金循環統計で2016年の家計の金融資産残高が1800兆円となって過去最高を記録したと発表し、それを各社が大きく報じている。日本人は「より金持ちになった」ということになる。

しかし、「おかしい」と多くの人は思ったかもしれない。

なぜならこの10年、職を巡る環境は不安定になるばかりで根深い貧困が社会に蔓延し、若年層も中高年もみんな苦しんでいるからだ。とても自分たちが金持ちになったように見えない。

可処分所得も減り、消費税も上がり、社会保険料も高額になり、消費が減っていると発表されていたが、最近になって経済環境を巡る状況は改善したということなのか。

では、過去最高の金融資産残高の「何が膨らんだのか」を見ると興味深い事実が浮かび上がって来る。

日本経済新聞の3月17日の記事では、資産が膨らんだ要因として次のように述べている。

「昨年11月以降に進んだ円安・株高で株式や外貨建て資産の評価額が膨らみ資産を押し上げた」


それは「富裕層がより金持ちになった」という意味


ここに「何」が資産増大をもたらしたのか、その正体が明確に書かれている。

・株式
・外貨建て資産

この2つの価値が膨らんで、日本人を過去最高の金持ちにしたというのが実態だったのだ。

「日本人がより金持ちになった」というデータと、「貧困が蔓延しているのに日本人が金持ちになっているというのはおかしい」という解釈は、実はどちらも正しい。

この2つの異なる事実をまとめて、どちらにも納得できるような言い方をすれば、つまりこのようになる。

・株式・外貨建て資産を持つ日本人は金持ちになった。
・どちらも持たない日本人は貧困になった。

実のところ今の日本人は、株式資産を所有するどころか、夫婦世帯の4割以上、単身世帯では5割近くが「金融資産を持たない」層になっている。

株式を所有している層はさらに減って、日本人全体で見ても2割に満たないのではないかと推測されている。

つまり、株式を所有しているというのは一部の富裕層に限られているわけで、大半の人は「金融資産の増加」という恩恵に預かれていない。

総務省が2016年2月16日に発表した調査では明確に可処分所得が減っていることを示している。株式資産を持たない層は、恩恵どころかむしろ追い詰められている姿さえも見える。

「2016年の家計の金融資産残高が1800兆円となって過去最高を記録した」というのは、要するに「富裕層がより金持ちになった」という意味であり、日本人全体が一緒に豊かになったというわけではないのである。

「金持ちはより金持ちになり、貧困層はより貧乏になった」

それが現実だったということだ。

2016年に進んだ円安で、さらに資産を増大させた


日本の経済史上、最も分かりやすかった株式購入のタイミングは2013年である。2013年のどのタイミングでドルや優良企業を買っても、現在まで持っていればすべて成功した投資になっていた。

タイミングなんかどうでも良かった。まったく関係ない。ただ、ドルや優良企業の株式を買って保持していれば、それだけで100%成功した投資になったのである。

戦後最悪にして無能の民主党政権が崩壊したのは2012年12月のことである。

しかし、ジョージ・ソロスをはじめとした欧米の投資家はすでに民主党政権は崩壊すると見込んで2012年11月に猛烈に円売りをしていた。そして2013年に売り抜けた時は、数千億円もの利益を計上していた。

では、2012年12月の民主党政権の崩壊から円安・株高がくるというのはジョージ・ソロスのような卓越した投機家しか分からなかったことなのだろうか。

いや、誰もが円安がくるというのは分かっていた。安倍政権は「円安にする」とわざわざ公言していたし、80円台の円高が異常であることも誰もが知っていた。

だから、日本経済を見つめていたファンドや投資家は、ほぼ全員がこの時期に勝負をかけて株やドルを買って買って買いまくり、資産を増大させることに成功している。

この資産は売る必要がないので、多くの資産家は保有したままになっているのかもしれない。もしそうであれば、2016年に進んだ円安で、さらに資産を増大させたということだ。

この間、金融資産を持たず、労働に明け暮れていたごく普通の日本人は大変なことになっていた。

民主党政権は「消費税は議論すらしない」とマニフェストを出して政権を取ったのだが、政権を取るとあっさりと国民との約束を翻して消費税を8%にする道筋を作って自爆した。

安倍政権はこの消費税8%を導入せざるを得なかったが、以後、日本人の可処分所得は下がりっぱなしになり、消費も減退し、貧困層ほど追い込まれるという踏んだり蹴ったりの状態に追い込まれてしまった。

労働は、人生を支えてくれるものではなくなった


かつての牧歌的な資本主義では、労働は神聖にして素晴らしいものであり、金で金を稼ぐだとか不労所得を得るだとか株式に賭けるというのは「金の亡者がやること」であった。

額に汗して働き、労働によって金を稼ぎ、そして家族を支えるというのがあるべき姿だった。

ところが、グローバル化が突き進むようになっていくと、こうした「ありべき姿」が貧困に陥る道へと変貌するようになっている。労働の価値が減少しているのである。

どういうことか。

世の中がグローバル化することによって、企業は価格競争の渦に巻き込まれるようになった。さらに大株主の意向にも大きく左右されるようになった。

この2点は、どちらも企業にコスト削減のための圧力となる。

価格競争に勝つためにはどうするのか。最も効果があるのは、コスト削減によって価格競争力を付けることである。大株主は常に成長や配当を求めるが、配当を出すにはどうするのか。やはりコスト削減によって内部留保を増やすことである。

ではコスト削減をするにはどうするのか。どこの企業でもコストの最大のものは人件費であり、だからこそ人件費は常に削減対象になったのである。

給料は極限まで下げる。働かせて払わない。雇用は非正規にする。常に人減らしの効率化をする。状況が悪くなればリストラする……。

今、世界で起きている労働の質の低下は、グローバル経済の中で必然的に起きている現象であり、だから労働のみでこの弱肉強食の資本主義を生きていこうと思ったら、社会から蹴落とされるような目に遭うのである。

一方で金融資産を持つ者は、グローバル経済の中で巨大化していく企業の株式を持つことによって分け前を手に入れることができるようになり、より資産を膨らませていく。

労働はもはや人生を支えてくれるものではなくなっているのだが、その現実を直視できる人はまだ少ない。だから、格差が広がり、殺伐とした世の中になっている。



労働はもはや人生を支えてくれるものではなくなっているのだが、その現実を直視できる人はまだ少ない。だから、格差が広がり、殺伐とした世の中になっている。


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