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2016-11-28

親が引きこもりの子供を住居侵害で訴える権利を認めるべき


2016年9月7日、内閣府は『若者の生活に関する調査報告書』を公表して、引きこもりは全国で約54万1000人で、前回の69万6000人よりも15万人以上も減ったと発表した。

ところが、これが発表されたとたん「この数字に意味がない」と集中砲火にさらされる異例の事態と化した。なぜ内閣府は批判されたのか。

それは、40歳以上の引きこもりは調査対象外、しかも統合失調症の患者も専業主婦もカウントされないというものだったからだ。つまり、意図的に「引きこもり」の人数が少なめにされていたのである。

なぜ40歳以上の引きこもりは無視されたのか。

それは、40歳以上はもう若者ではないという判断にあるからだ。しかし、39歳まで引きこもりだった人が40歳になった途端に外に出て働くようになるわけではない。

事実、この報告書にあるように54万1000人の中で7年以上も引きこもっている人は34.7%もいる。長期の引きこもりはそのまま歳を取っても引きこもる傾向が高い。

内閣府が報告した約54万1000人は、40歳を超えた引きこもりがすっぽりと抜けて実態を示していなかったのである。


「若者」と呼ぶことができない引きこもりが増えた


では、こういった中高年の引きこもり、統合失調症、主婦・家事手伝いという肩書きの裏側に隠された女性の引きこもりをも含めると、実態はどれくらいの数になるのだろうか。

社会科学者の玄田有史氏は「20歳以上59歳以下で、家族以外とのかかわりが一切ない無職・未婚者」という概念を作り出し、こうした人たちを「孤立無業者」と呼ぶことを提唱している。

この概念に当てはまる人を抽出すると、玄田有史氏の調査では2011年時点で約162万人に達しているのではないかと推測されている。

この数字は内閣府が提出した54万1000人の約3倍の数字になっているのは注目してもいい。政府が切り捨てた「40歳以上の引きこもり、統合失調症、見えない女性の引きこもり」を全部足すと3倍になったということだ。

孤立無業者という概念で引きこもった人々を見ると、政府が把握している数字以上に深刻な状態が浮かび上がる。

政府の調査が切り捨てた人たちを含めると引きこもりの数が3倍になったということは何を意味しているのか。

それは、今や引きこもりは長期化して高齢化し、若者と呼ぶことができない引きこもりが増えたということを意味しているのである。

中高年の引きこもりが問題化しているというのは、2016年11月28日の産経新聞に掲載されたひとつの記事「直面する80・50問題」からも推測することができる。

専門家の間で話題になっているという「80・50問題」というのは、親が80代、引きこもりの子供が50代になって、親の介護がのしかかると双方の生活が破綻するという実態を指している。

引きこもりの子供はずっと親に面倒を見てもらってきた。そのため逆に親の面倒を見る必要が出てきても何もできない。だから、親が倒れればその瞬間に「共倒れ」になる確率が高い。

コミュニケーションもないまま何年も養う親たち


引きこもりは、不登校や就職活動の失敗によって社会に適合できない「どうしようもない若者」というイメージがあって、世間はまだそれを引きずっている。

しかし、そのイメージはすでに古いのだ。すでに40代以上の引きこもりが増え、女性の引きこもりも統計に表れないまま拡大し、若者の問題というよりも中高年の問題になりつつある。

いや、依然として若者の引きこもりも存在するので、全体を俯瞰すると、引きこもりはすでに全世代に渡って存在していると言っても過言ではない。

120万人以上もの人々が、誰とも口を利かず、まったく社会活動もせず、ただ部屋に籠もって鬱々と生きているのである。

考えなければならないのは、引きこもりが仕事もしないで引きこもれるというのは、引きこもれる環境がそこにあるからである。その環境は親が用意している。

引きこもりは「親以外と接触しない」状況だというのだが、では親とは密接な関係にあるのかと言えばまったくそうではない。親とも必要最小限の付き合いしかしない。

食事も一緒に食べるわけではない。親が部屋まで食事を運び、引きこもりはそれを部屋でひとりで食べて、食べ終わったら部屋の外に食器を出す。親はそれを片付ける。

親は感謝されるわけでもない。むしろ、生活に干渉すると罵られ、家庭内暴力を振るわれることすらもある。

ほとんどの引きこもりは親の言うことすらも聞かない状態である。親の言うことを聞いたら「働け」という話になるので、聞けないということもある。

引きこもりというのは世間から引きこもっているだけでなく、家の中でもまた引きこもっている。ただ自分の部屋だけで生きているのである。

そのため、親は引きこもった子供を、コミュニケーションもないまま何年も養うことを強いられる。

引きこもりの面倒を見るのは親の仕事ではない


引きこもりを許す親、引きこもる子供の両方に欠けているものがある。それは「自立」という概念だ。親は子供を自立させるのが仕事であり、子供は自立するのが仕事である。

引きこもりと言えば、往々にして子供だけが問題のように捉えられる。しかし、総合的に見ると引きこもりを許す親にも大きな問題がある。

親が引きこもりを許さなければ、子供は引きこもりたくても引きこもる方法がない。自分で何とか生きるしか方法がない。それを促すのが親の仕事だ。

引きこもりの面倒を見るのは親の仕事ではないのである。そんな義務は親にはないし、仮に引きこもりの面倒を見ても、それは子供のためにならない。

むしろ、子供の自立と子供の可能性を奪うものであり、親としては失格の部類に入る。子供が可愛いから面倒を見るのではなく、子供が可愛いから自立させなければならないのである。

引きこもりを許す優しさは、本当の優しさではない。それは親も子も共に不幸をもたらすだけだ。長い目で見ると、子供の寄生を許さないのが本当の親の優しさだ。

引きこもる子供は対人関係が苦手だとかコミュニケーションがうまくできないとか社会不安障害があるとか知識や能力に自信が持てないとか様々な要因があると言われている。

だから、引きこもりにも理解を示さないといけないとカウンセリングや精神科では「指導」され、世間も引きこもりする子供たちの行動を「理解」し、自立の強要は「問題」であるかのように扱う。

本当にそうなのか。

常識的に考えると、すべての生物は親から離れ、自立して生きるのが本来の姿だ。親と子は血のつながりがあっても、別個の生き物だからである。自立はつらくても子はそれを成し遂げなければならない。

親は、引きこもりの子供を叩き出す権利がある。

出ていかないのであれば、親は自分の生活を守るために引きこもりの子供を住居侵害で訴える権利を認めるべきだ。そして世間は、自立を促す世論を盛り上げる必要がある。

自立はすべての生物の基本だ。自分の本当の人生はそこから始まるのだ。引きこもりを許容する文化ではなく、自立を尊ぶ文化でなければ日本は滅ぶ。



親は、引きこもりの子供を叩き出す権利がある。出ていかないのであれば、親は自分の生活を守るために子供を住居侵害で訴える権利を認めるべきだ。そして世間は、自立を促す世論を盛り上げる必要がある。


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