2016-11-22

学歴・会社・資格に頼っている人は未来がないという現実


大学卒という学歴があまりにも陳腐化してまったく意味をなくしてしまっており、大学は奨学金という名の借金で地獄に堕ちるためだけに行くところであると多くの学生が自虐するようになっている。

それでは、資格を取れば何とかなるのではないかと長い時間と労力と金をかけて国家試験に挑む人も増えている。

ところが、そうやってすがるように国家資格を取っても、やはりそれでは食っていけないという底なしの蟻地獄のような現状も明らかになりつつある。

昨今では「保育士」では食えないので、人がどんどん辞めていくというのが大きな話題となった。

地域格差もあるのだが、年収の平均は315万円程度で、手取りの月収が11万円から16万円の人も珍しくないと言われている業界だ。確かにこれで生活していくのは厳しい。

同じことが「介護士」にも言えて、やはり保育士の平均年収315万円と似たり寄ったりであるという。インターネットでは保育士も介護士も「食えない、辞めたい」という怨嗟の声で溢れている。


学歴・会社・資格に頼っている人は未来がない


「国家資格では食えない」という声が溢れるようになると、弁護士も、司法書士も、自動車整備士も、公認会計士も、税理士も、社会保険労務士も、みんな「我々も食べていけない」「給料が安すぎる」という声を上げるようになった。

「国家資格を必死で取ったところで、給料が低すぎて食べていけない」というのは、すでに日本では当たり前の現象として定着してしまっているのである。

国家資格を取ったら安泰だというのは必ずしも正解ではなくなっているのだ。

大卒の学歴を得ようが、国家資格を取ろうが、誠実に真面目に働こうが、賃金はどんどん下がっていく。「学歴や資格に頼った生き方」をしている限り、そこから逃れることはできない。

その結果として日本銀行の金融広報中央委員会が指摘しているように、「金融資産を保有していない」層もどんどん増えている。ふたり人以上の世帯で30.9%が金融資産を持たない。単身者の場合で言うと、48.1%が金融資産を持たない。

日本人が遊び回るようになったから金融資産が消えたのではない。賃金が安いからそうなったのだ。

サラリーマンであれば安泰だという時代は終わり、大学卒であれば安心だという時代も終わり、国家資格を持っていれば役に立つという時代も終わった。

簡単に言うと「学歴・会社・資格に頼っている人は未来がない」ということになる。今まで社会が保障していた「安心」は何もかもが崩壊したということである。

もう、いくら学歴を積み上げ、会社にしがみつき、資格を取るために勉強しても、生活を引き上げることには結びつかないのである。社会は変わったのだ。

すべての先進国で同じ現象が生まれているのを見ても分かる通り、こうした社会になったのはアベノミクスとはまったく関係ない。2009年から2012年までの最悪の政権だった民主党も関係ない。

すべてはグローバリズムが生み出したものであり、それを何の検証もなく取り入れた2001年から2005年までの小泉政権から始まったものだった。

弱肉強食の資本主義がブレーキもなく突き進む


日本人はグローバル化が「弱肉強食の資本主義」であることに気付かなかった。構造改革というのは、企業が従業員を簡単にクビ切りできるためのものであることを甘く見た。

また、グローバル化によって安っぽい粗悪品が中国から大量に流入してきて、それが100円ショップのような店となって結実し、日本の質の良い製品を作る企業を根絶やしにしたことに何とも思わなかった。

100円ショップで買い物をしていれば、100円のものしか買えなくなる時代になるということに注意を払わなかった。(100円ショップでの安物買いが、人生を破綻させる5つの理由

結局、日本人はグローバル化を無防備に取り入れて自分たちの首を絞めたのだが、今もまだグローバル化が自分たちの賃金を削減し、仕事を削減し、社会を荒廃させていることに気付いていない人の方が多い。

なぜ大学を卒業しても就職できず、真面目に仕事をしてもクビになり、国家資格を取っても食べていけないのか、いまだに理解できていないのである。

アメリカでは、貧困に追いやられた「反グローバル化の人々」がドナルド・トランプというアジテーター(扇動者)を大統領に押し上げた。

しかし、日本では食べていけない人々が「反グローバル化」を求めてデモしたという話は聞いたことがない。

グローバル化の意味を、まだ日本人は理解していないのである。だから、「学歴・会社・資格」がまだ生きていく上で有効だと勘違いしている人がいる。

さすがに経済格差が深刻化した今は、「もう学歴・会社・資格など何の意味もないのではないか?」と目が覚める人も出てきているのだが、社会の総意となっていない。

ということは、日本では弱肉強食の資本主義がブレーキもなく突き進んでいき、今よりも過激にひどいことになっていくということが推測される。

「もう一つレベルが進んだ同一労働同一賃金」の姿


今も「学歴・会社・資格に頼っても食べていけない」という怨嗟の声で溢れているが、これは終わりではないのだ。終わりというよりも始まりだ。

なぜか。海外を見て日本に目を向けると、日本の労働者の賃金はまだ高すぎるからだ。高いのであれば、容赦なく引き下げられるのは当然のことである。

もっと賃金は引き下げられる。年収300万円台はもう当たり前になったが、もっと下がる。

ただ、一気呵成ではなく政治圧力で一時的に賃金が「ほんの数%ほど」上げられたりして賃金が上昇したと報道されることもあるだろう。

しかし、方向としては賃金は下がる側に向いていることは忘れてはならない。

日本人はグローバル化を黙って受け入れた。だから、その結果も受け入れなければならない羽目になっている。

結果とは何を指すのか。それは、「賃金が一番安いところに合わされるという」ことである。

今、日本では格差を是正しようとして「同一労働同一賃金」を政府が提唱しているが、日本人はその「もう一つレベルが進んだ同一労働同一賃金」の姿に気付いているのだろうか。

グローバル化は、やがて途上国の人間たちとの「同一労働同一賃金」を求めることになるのだ。

途上国の人間が時給100円で仕事をしているのであれば、日本人の賃金も同一労働同一賃金で時給100円になるというのがグローバル化だ。

よく考えて欲しい。グローバル化の本質というのは、常に「コストの安いところで物を製造する」というものである。

製造の中でコストが高いのは何か。それは人件費だ。だから、グローバル化の中では常にコストの引き下げ=賃金の引き下げが課題となる。

最終的には「日本人の給料をもっとも安い新興国の給料にまで引き下げる」ことがグローバル化の到着地点である。そんな中で、学歴・会社・資格に頼って何とかなると思う方がどうかしている。

弱肉強食の資本主義が突き進む中では、そんなものに頼ったところでどうしようもないという冷徹な現実に一刻も早く気付くべきだ。



最終的には「日本人の給料をもっとも安い新興国の給料にまで引き下げる」ことがグローバル化の到着地点である。そんな中で、学歴・会社・資格に頼って何とかなると思う方がどうかしている。


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