2016-10-24

日本企業が求めているのは社畜だが、それは何で測るのか?


日本企業はかつては終身雇用を基本に据えていた。そのため、日本企業にとって優秀な人材というのは、頭がキレる人間ではなくて「会社に忠実な人間」だった。

会社に忠実であるというのは、どうやって測るのか。

簡単だ。いかに自分の私生活を犠牲にして会社にいるか、いかに会社に金銭的負担をかけることなく働いているか、というのを見ればいい。

要するに、「いかに長くサービズ残業しているか」が会社の忠誠度を見る分かりやすいモノサシだったのである。

間違えても傑出した業績を上げる人間ではない。そんな人間はむしろ排除される。なぜか。終身雇用は年功序列と一緒に取り入れられたものだが、年功序列とは間抜けでも年齢がいけば役職になれるというシステムである。

上司が間抜けで部下がやたらと優秀で頭角を現せば、その部下は上司を脅かす存在となる。だから、あまりにも優秀な人間は疎まれて潰されるのである。

日本企業では「短時間で最大の効果を上げる人間」は、相応しくない人間であり、「だらだらと会社に居残り、上司のプライドを傷つけない人間」が相応しいのだ。


日本企業が求めているのは「社畜」である


つまり、日本企業が求めているのは「社畜」であって、優秀な人材ではないということだ。

定時で帰る人間は、会社に対する忠実度が劣ると思われるので出世できない。社畜はだらだらと会社に居残って、上司に逆らわず、仕事もほどほどでなければならない。

多くの大企業では、今でも出世のための評価として、どれくらい長く残業しているのか、という部分を重視すると言われている。

もちろん売上を上げて会社に多大なる貢献をした人間も評価されるのだが、それだけでは駄目で「いかに社畜であるか」を見せなければならないのだ。

かくして日本には「長時間サービズ残業」が蔓延する事態と化し、それが日本の企業文化として定着した。

ところが、最近は日本企業も終身雇用を取らなくなった。もはや激甚化するグローバル化の競争に巻き込まれて、従業員を定年まで囲い込む余裕がなくなってしまったのだ。

また株主の権限が強くなっていき、その株主からは「利益を絞り出して配当を出して株価を上げよ」と常にプレッシャーをかけられるようになった。

ROE経営(利益重視の経営)によって、経営者は絶え間ないコスト削減を求められ、それができなければ経営者が放逐されるような時代になっている。

そのため、終身雇用など保障することなど到底できなくなりつつあり、今では日本企業でも容赦なく従業員をリストラし、代わりに非正規雇用を増やしていつでも「クビが切れる人間」に入れ替えている。

しかし、「長時間サービズ残業」に関しては、そのまま残したいというのが経営者の意向である。なぜなら、「長時間サービズ残業」はコスト削減に役に立つし、社畜は社畜なりに便利だからだ。

この姿勢が徹底したものが俗に言う「ブラック企業」である。

多少の自殺者が出ても従業員をみんな社畜にできる


「こうした現状を変えるために、日本の大企業でも能力給が取り入れられている」という人もいるのだが、この能力給もうまく機能しておらず、それは多くのサラリーマンにとってはワナとなっている。

能力給の「能力のある従業員の給料を上げる」というのは建前であり、本音は「従業員の能力に疑問符を付けて給料を上げない」というところにあるのが分かってきたのである。

能力があるかないかは会社が恣意的に決める。だから、普通の業績の人間に対して「普通だから能力がない。だから給料を下げる」と言っても従業員は何もできない。

能力給というのは、会社がほとんどの従業員の能力を「低い」と見なしていくらでも賃金を下げたり出世を抑えたりする道具になるのである。(能力給は、給料を上げないためのシステムであることを知れ

そして、この能力給もまた社畜をより社畜にしていくシステムとして使える。

「サービス残業ができない? それならお前は能力がない」「土日出勤できない? それならお前は能力がない」「髪がボサボサ、目が充血したまま出勤するな。そんな人間は能力がない」「お前は女子力がない。だから能力がない」

このように言って、従業員をどんどん追い込むことができるようになるのだ。

ブラック企業として知られている電通のような会社では、「取り組んだら放すな、殺されても放すな、目的完遂までは」とか「頭は常に全回転、八方に気を配って、一分の隙もあってはならぬ、サービスとはそういうものだ」と従業員を極限まで使い切る「鬼十則」という会社方針があると言われている。

これ以外にも「責任三カ条」というのもあって、「責任は断じて回避出来ない」とか「一を聞いて一を完全に行う注意力と責任感を持たねばならぬ」とか「我々はその日その日に生命をかけている」とか、とにかく従業員を追い込んで追い込んで追い込み抜くものばかりだ。

結局、このやり方で何人も自殺者を出しているのだが、その前に病気になったり鬱病になったりして潰れていった人たちも多いと推測される。

しかし、多少の従業員を潰しても従業員をみんな社畜にできるのであれば、会社にとっては便利なのだろう。

今ではインターネットでいくらでも告発できる


これだけ会社に貢献しても、終身雇用が崩れて従業員は使い捨てにされるのだから、もはや「社畜になるメリットはなくなっている」と言っても過言ではない。

会社が定年まで面倒を見てくれ、会社にいるだけで毎年給料を上げてくれるのであれば、社畜になるメリットはそれなりにあるのだが、そうでなければ社畜をやっていても馬鹿を見るだけである。

すでに社畜になって得する時代は終わってしまっている。社畜には未来がない。

どんなに会社に貢献しても業績が悪化すれば、社畜であっても捨てられる。

会社の経営悪化は本当のところは経営者の責任であり、従業員をリストラするのではなく経営者をリストラしなければならないのだが、経営者が生き残って従業員がツケを払うのだ。

シャープを潰した奥田隆司という稀に見る無能社長は「膿を出し切る」と言いながら従業員を5000人以上も切り捨てていた。

しかし、自分は辞めなかった。シャープが外国の企業に買収されてからも顧問として居座り、2016年6月23日にやっと辞めたのである。

いくら一流企業でも、社畜はあっさりと使い捨てされる。昔のように石にかじりつくように会社にかじりついていれば、年功序列で浮かばれるという時代ではなくなった。

昔とは違って、今ごろ社畜をしても無駄であり無意味だ。無意味なことをいくらうまくやっても無意味な結果でしかない。

しかし、古い経営者が居座る古い体質の企業は、今でも「いかに長くサービズ残業しているか」というような終身雇用時代のモノサシで従業員の社畜度を測っている。

「いかに長くサービズ残業しているか」を従業員に強制している企業で働いているのであれば、従業員はどんどんそんな会社や経営者を告発すべきだろう。

昔と違って、今ではインターネットでいくらでも告発できる環境が整っている。

やるべきだ。



古い経営者が居座る古い体質の企業は、今でも「いかに長くサービズ残業しているか」というような終身雇用時代のモノサシで従業員の社畜度を測っている。

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