期間限定・数量限定キャンペーン

2016-10-19

「将来に対する夢や希望」がないから問題が起きているのだ


もし、将来は右肩上がりでどんどん収入が増えることが約束され、給料も働けば働くほど増え、株式も土地も買っておいておけば知らない間に膨れ上がっていくような世の中になったとしたら、あなたはどうするだろうか?

どんどん金が入ってくるのだから、欲しいものは何でも買うはずだ。

貯金してもいいが、貯金をしなくても、少し働けば満足いく給料が転がり込み、しかもそれが右肩上がりで増えるのだから将来に何の心配もない。

無理してもマイホームを買い、少し高いと感じても思い切ってワンランク上の車を買い、欲しかった趣味の品々を揃え、子供にも欲しがっている物を気前良く買ってあげるだろう。

海外に興味がある人は1年に2回は海外に出向いてリゾートで散財し、結婚したい人は結婚し、子供が欲しい人は子供を持つだろう。

そうなれば、内需もフル回転する。企業は売上と利益が毎年のように増大し、株価はどんどん上がり、従業員を雇って給料を毎年上げていく。

世の中は歓喜と楽観と強気で満たされて、人々は「生まれて来て良かった」としみじみと人生を振り返るはずだ。このような世の中を「高度成長期」と呼ぶ。


天国から地獄へ。高度成長期から貧困格差の時代に


今の60代以上の人は、この「高度成長期」の時代を知っている。1950年代から1970年代までの間、日本はGDPで見るとお話にならないほど貧しかった。

しかし、「これからどんどん世の中が良くなっていく」「所得倍増だ」「欲しいものは何でも買っていい」という高度成長期特有の超ポジティブな楽観論が社会全体を覆い尽くしていたので、人々の心理は笑ってしまうほど「豊か」だった。

日本人が死に物狂いで働いたのは、働けば面白いほど豊かになれたからだ。残業は耐えるものではなく、「もっと稼ぎたいからもっとさせろ」というものだったのだ。

1950年代後半に生きていた人たちは、当時は垂涎の的であった「テレビ、洗濯機、冷蔵庫」を誰よりも早く手に入れたいと夢中になった。さらに1960年代の人は、「カラーテレビ、エアコン、車」も欲しいと願った。

人々は燃えるような物欲にうなされ、それを手に入れて「幸せいっぱい」の日々を送った。

やがて1970年代に入って、二度に渡るオイルショックで日本の成長は鈍化し、かつてほどの熱狂も消えた。人々は、将来に対して少し冷静に見るようになり、「この幸せな経済成長はもう望めないかもしれない」と思うようになった。

しかし、1980年代の後半になって成熟した日本にバブル経済が到来し、再び日本人は「夢が巡って来たのか?」と狂喜乱舞した。

この時の好況は円高による資産バブルだったので、土地と株式を持っている人間が最初に凄まじい資産膨張に踊り狂った。そして、そのおこぼれが普通の人々にトリクルダウンされた。そんな構図だった。

しかし、急激に膨れ上がったバブルは1990年に弾き飛び、日本はそれ以後、停滞と沈鬱の時代に転がり落ちていく。膨れ上がった資産は萎み、株式市場は崩壊した。

政治も混乱し、企業の成長も消えた。人々は将来に不安を持つようになり消費を控え、内需も消えてなくなった。

2000年代を過ぎると、貧困、格差、社会矛盾が吹き荒れ、さらに2010年代になると、人々の心理は不安から絶望に落ちてますます萎縮していった。

若年層の問題は日本人の劣化や退化の問題ではない


今の30代以下の日本人に「高度成長期」の話をしても、どこの夢の国の話なのかと思われるだけだ。彼らは一度も「夢のような経済成長」を経験したことがないし、社会が希望に満ち溢れた時代も知らない。

「どんどん金を使っても心配ない。欲しいと思うものは何でも買えるし、給料も毎年上がって止まらない」という社会が存在するということすらも実感として理解できない。

今の社会は、給料が毎年上がるどころか、明日にでも残業代がなくなるかもしれない、給料が下げられるかもしれない、リストラされるかもしれないと心配しないといけない時代になっている。

そんな時代のサバイバルというのは、「貯める、消費しない、結婚しない」になるのは当然だ。

「若者の車離れ」だとか「若者の恋愛離れ」だとか「若者のアルコール離れ」だとか「若者の海外旅行離れ」だとか、いろいろ言われているのだが、別に若者が急に無気力になったわけではない。

将来に何の希望もないから、車も買わず、恋愛もせず、酒も飲まずタバコも吸わず、旅行も行かないで「生活防衛」をしているのである。

金がなければ「余計なことをしない、何も関心を持たない、消費しない」というのが最上のサバイバルになるのだから、当然のことをしていると言っても過言ではない。

悟っているわけではないので朝日新聞が好きな「さとり世代」という言い方は大間違いだ。

「現代人は、欲しいものがないくらい満たされている」というのも人間の心理を知らない浅はかなエコノミストが言っているだけだ。

1960年代の高度成長期の真っ只中のように所得がどんどん上がっていくような社会になったら、あっと言う間に今の若者も大消費者に転換するだろう。

つまり、若年層の問題は日本人の劣化や退化の問題ではなく、純粋に「経済問題である」という捉え方をした方が早いということになる。

日本国内の日本人にもっと金を使うべきだ


高度成長期にあって、現在にないもの。それは「将来に対する夢や希望」である。

「将来は明るい、将来はもっと金持ちになれる、将来はもっと良い時代がやってくる」という展望があれば、人々は強気、かつ楽観的になり、内需も2倍3倍にもなって企業を潤し、やがては賃金を通して人々の生活を潤すことになる。

朝日新聞は「成熟社会」という言い方が好きなようで、いかに成熟社会を生きるかと説いているが、朝日新聞のワナに落ちてはならない。必要なのは成熟ではなくて、一にも二にも「経済成長」なのである。

経済成長とひとことで言っても簡単なことではない。

金融緩和、技術革新、インフレ誘導、円安……。様々な方法論が考えられているのだが、日本はもう議論している段階ではなく、ありとあらゆる経済成長を試す必要に迫られている国であるのは間違いない。日本の国益に沿うことはすべてやらなければならない。

努力が実って持続可能な経済成長ができるようになると、「将来に対する夢や希望」が戻り、消費も増えれば人口も増える。

ちなみに誰も指摘しないが、消費を2倍に増やしたいと思えば人口を2倍に増やせば良い話だ。消費を3倍に増やしたければ人口を3倍に増やせば良い。単純な算数の問題だ。

人口が2倍に増えれば購買層が2倍になる。3倍に増えれば購買層が3倍になる。

「日本は人口が多すぎる」などマスコミの世論誘導に騙されてはいけない。人口が減少すれば国力が低下して諸外国に乗っ取られるだけなのだから、人口はむしろ増やさなければならないのである。

今の日本はなぜか少子高齢化を放置し、日本人が自然消滅するように仕向けられているようにも見える。

もちろん、日本の人口を増やせばそれで良いという単純な問題ではないのは誰でも分かるが、そうした単純なことですらもできていないのが大きな問題なのだ。

日本政府は外国に金を配ったり外国人を優遇するのではなく、日本国内の日本人にもっと金を使うべきだ。

反日国家の戦場売春婦を自称する人間に10億円を配る金があるのなら、その金を子供を産んだ日本人の家庭に配った方が国益に沿う。

そうやって無駄な出費をすべて日本と日本人に費やし、経済成長を軌道に乗せなければならない。国益というのは、そういうことだ。


バブルが崩壊してすでに26年になる。日本はもう議論している段階ではなく、ありとあらゆる経済成長を試す必要に迫られている国であるのは間違いない。日本の国益に沿うことはすべてやらなければならない。

お願い

ダークネスの本文を他サイト(キュレーションメディア、まとめサイト、個人サイトすべて)へ転載する行為は、いかなる理由があっても固くお断りします。