2016-09-24

自分を対立や憎悪の中で生き残る体質にしていく努力は必須


なるべく嫌われないようにして生きる生き方は失敗する。なぜなら、人間には人それぞれ意見や立場や主張があり、それは間違いなく人と軋轢を生み出すからだ。

どんなに好かれる性格の人であっても、人に好かれているということで「八方美人だ」「人に媚びている」「良い子ぶっている」と決めつけて嫌う人も出てくる。

どんな真っ当な意見を言っても、どんな真っ当な生き方をしても、それに対して「気に入らない」「面白味がない」と真逆の反対の意見や感情を持つ人は絶対に出てくる。

何も言わないように注意し、人との衝突をできる限り避けても無駄だ。

何も主張しなくても、いかなる敵対行為をしなくても、たとえば私たちが日本人というだけで、中国・韓国・北朝鮮の人間たちからは反日感情で嫌われるという事実もある。

もちろん、日本人だけではない。

こうした歴史に起因した拭い難い民族間の憎悪というのは世界中でありふれたものだ。民族間だけでなく、人種間でも、宗教間でも、政治間でも、あらゆるものが対立要素となってすべての民族に憎悪を生み出す。


人間は、いつの時代でもと対立構造を持っていた


キリスト教徒はパキスタンや一部のイスラム国家では迫害の対象だ。逆にイスラム教徒はEUでは「テロリストの仲間だ」と思われている。

アメリカはここ数年で人種対立も深刻化し、白人警官と黒人が互いに罵り合ったり殺し合ったりしている。

西欧の人々は、東欧の人たちを嫌う。東欧の人たちはロマやイスラム系難民を嫌う。

ユダヤ系は今もキリストを殺した民族だとしてあちこちの国の保守系キリスト教徒に偏見を持たれ、パレスチナ人はテロリストだとユダヤ人はパレスチナ人を差別してイスラエルから排除しようとする。

そして、貧困層は富裕層を憎み、富裕層は貧困層を軽蔑する。格差が広がれば広がるほど対立は決定的になっていき、もはや修復もできないほどの社会の亀裂を生み出す。

こうした対立の構図は今までもあった。人間は、いつの時代でも「自分たちと違う者」と対立していたのだ。

しかし、今までは物理的にも「自分たちと違う者」とは分離されていた上に、交流もなかったので相手の本音を知ることもなかった。

そのため「相手のことはよく知らなかった」のだ。相手が自分をどう思っているのかも、どんなことを言っているのかも、何も知らなかった。だから、逆にやり過ごせていた。

ところがグローバル化がやってきて、ヒト・モノ・カネが全世界で交わるようになっていき、インターネット化によって情報すらも共有されることになった。

「人とつながる」というのは、良いことばかりではない。なぜなら「友達とつながる」だけでなく、「敵対者ともつながる」ということを意味しているからだ。

つながった結果、今まで知ることのなかった自分に対する憎しみや反対意見や拒絶を、人々はワールドワイドに、リアルに、生々しく突きつけられるようになったのである。

インターネットで人がつながるようになった結果、人は突如としてこの世の中に自分に対する憎しみや憎悪が満ち溢れていることに気が付いたのだ。

誰もが誰かに嫌われる荒廃した社会が到来した


ここ最近、全世界で憎悪やヘイトが満ちるようになったのは、別に驚くべきことではない。それは、グローバル化と情報化が突き進んだ社会がもたらした負の側面である。

人は会わなくてもいい人と出会うようになったのだ。
人は知らなくてもいいことを知るようになったのだ。

インターネットがなかった時代、人は自分の身のまわりのほんの小さな世界で生きていた。そのため、人は小さな世界でこじんまりと生きていた。

ところが今はインターネットがあってSNSがある。自分が何気なくつぶやいたひとことは場合によっては数十万人、数百万人が目にすることになる。

その結果、何気ない「ひとこと」がまったく意見の違う人間の目にも触れるようになり、それらの人たちの感情を害するようになると、激しく炎上するようになっていく。

良いことでも悪いことでも、加速度的に拡散していくのが情報化社会だ。どちらかと言えば、悪いことの方が拡散して炎上しやすい傾向にある。

そのため、有名無名に関わらず、すべての人が敵を作り、激しい勢いで自分を嫌う人が膨れ上がっていくのを目撃することになる。

グローバル化社会というのは、グローバルで自分を嫌う人を生み出す社会ということだ。情報化社会というのは、自分がいかに嫌われているのかを知る社会ということだ。

逆に言えば、グローバル化と情報化が突き進む社会においては、誰かに嫌われ、憎まれ、攻撃されることを前提に生きなければならないということになる。

基本的に、自分だけは例外だというのはあり得ない。そして、これに関しては他人事にはなり得ない。誰もが誰かに嫌われる荒廃した社会が到来したのである。

相互理解や共生共存は絵空事でしかいない


グローバル化すればするほど人は異質と混じり合うようになり、情報化社会になればなるほど対立と衝突と憎悪が互いに飛び交う荒んだ世界が広がる。

グローバル化した社会はまだ終わらないばかりか、これからも続くので、社会はより憎悪によって荒んでいく。憎悪が飛び交う中では相互理解や共生共存は絵空事でしかない。

こうした憎悪にまみれた世界では、憎悪や批判や中傷や罵詈雑言を浴びても何とも思わないか、もしくはうまく対処できる人間だけが生き残る。

感受性の強い人や、自分に敵意や憎悪や中傷を向けられると夜も眠れなくなるような人は、今から生き方や考え方を変えなければならない。

敵意や憎悪や中傷が渦巻くのだから、繊細な感受性のままではとても生き残れない。憎悪の中で生き残る体質に自分を変えていかなければならないのだ。

ちなみにこれは、すべての日本人が対処すべき問題だ。

もう分かっている通り、日本人は中国・韓国・北朝鮮の人間たちに激しい憎しみを抱かれており、日本人は侮蔑と中傷の対象になっている。これは、これからも続く。

今まで日本人は憎悪に向けられることに慣れておらず、何とか相手に理解してもらおうと謝罪したり、相手の要求を飲んだり、金を払ったりして、「嫌われないように」努力してきた。

しかし、憎悪にまみれた相手に対して好かれようと思っても、それは無駄な努力だし意味がない。日本が折れれば「弱い相手」と見なされて、よけいに踏み込んできて相手をつけ上がらせることになる。

憎まれている上に価値感を共有していないのであれば、相手との相互理解や共生共存は絶対に得られない。より対立していき、禍根を残すだけだ。

もう社会は明確に「対立と衝突が避けられない時代」に入っているのだから、自分を憎悪の中で生き残る体質にしていく努力は必須のものだ。情報化時代というのは、憎悪を浴びる社会なのだから……。



憎悪はいずれ燃え上がる。グローバル化すればするほど人は異質と混じり合うようになり、情報化社会になればなるほど対立と衝突と憎悪が互いに飛び交う荒んだ世界が広がる。

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