2016-09-02

新聞社や出版社は、そのビジネスモデルと共に崩壊していく


電子メールが飛び交う時代にハガキや手紙は非効率だ。

コンピュータやスマートフォンを使いこなせない人もいるので、それは完全になくなりはしない。しかし、今後は確実に減少していくのは間違いない。

同じことが紙の新聞や書籍や雑誌にも言える。

スマートフォンひとつでニュースが見られる時代に、紙の媒体を持ち運ぶのは非効率だ。何冊も持ち歩けないし、無理して持ち歩いても荷物になる。

紙の新聞や書籍は邪魔であり、今後も引き続き減少していくことになるのは間違いない。確実に、劇的に、そして容赦なく、市場は縮小する。

若年層の多くはすでにスマートフォンに馴染み、スマートフォンがないと生きていけないと考えている。

火事になって逃げるとき、財布よりもスマートフォンを持って逃げると考える人も大多数を占める。それほど、スマートフォンに依存しているのである。

そんな中で、新聞や紙の書籍はまったく勝負にならない。底なしに落ちぶれる一方だ。


すでに出版物を扱う業種は衰退していく斜陽産業


紙の出版物は、インターネットに敵わない。

2000年代から出版物を扱うすべての業種、新聞も出版も雑誌も編集も印刷も本屋も、みんなまとめて苦境に落ちているが、いくらもがいてもかつての栄光を取り戻すことは決してない。

もちろん、紙の出版物は絶対になくなることはない。私のように今も紙の出版物を愛する人間は世の中から消え去ることはないはずだ。

しかし、それでも出版物を扱う業種は、時代の趨勢から取り残されているのは明白なので、業界は縮小していく一方となる。紙はデジタル媒体に完膚なまでに敗北したのだ。

ハガキや手紙が情報の伝達の手段としては遅すぎるのと同様に、紙の印刷物も情報の伝達手段としては遅すぎる。

企画から印刷までの手間もかかりすぎる。多くの人を介してあまりにもコストもかかりすぎる。紙を大量消費するために環境にも良くない。

しかも紙の書籍は重く、かさばり、置き場所にも捨て場所にも困る。

スマートフォンに慣れた人間から見ると、なぜこんな面倒なものを持ち運ばないといけないのか、という感覚になる。

特に新聞はそうだ。あの馬鹿でかい紙面を開くと、下らない広告ばかりしか載っておらず、肝心の情報はすでに古い。新聞は、もう新聞と言うのを止めるべきだ。

あまりにも時代のスピードに付いていけていないのだから、それは「古聞」と言い換えるべきである。

客観的に見ると、すでに出版物を扱う業種は衰退していく斜陽産業であり、いったん時代の趨勢で斜陽になってしまったら、もうひたすら縮小していく業界に合わせて、自らも小さくなっていくしかない。

出版業界にとって私は今どき珍しい良客だが……


私は別に出版業界が嫌いなわけではない。それどころか、出版業界にとって私は今どき珍しい良客である。

私は今でも月に10冊以上は「紙の書籍」を読むし、自分の住処とは別に書籍専用の倉庫まで所有して、そこに気に入った本を詰め込んで保管している。

今どき30年以上も前に買った本を大切に保管している人間は、かなり珍しいのではないだろうか。その珍しい人間が私である。今でも一年に2度か3度は何時間も倉庫に籠もって、かつての懐かしい書籍を手に取ることもある。

旅の途上でも私は数冊の本を持ち歩いていたのだが、荷物をなるべく持たないという主義だったので本は読み捨てにした。

しかし、読み捨てにした後も、なごり惜しいと思う本は、また買って倉庫に保管したりする非効率なこともしていた。私はそれほど「紙の出版物」に依存し、好んでいた。

しかし、そんな私でも今は紙の本よりもインターネットに依存している。スマートフォンが手放せなくなった。最近はしばしば国内で短い旅に出て、大好きな大阪に行ったり関西を回ったりしているが、もう本を持ち歩かない。

私は数年前から「紙の出版物」よりも、むしろ「電子ブック」の方を読むようになり、それが気に入っている。電子ブックであればポケットに数百冊を持ち歩くことも可能であり、読みたい時に、読みたいものを好きなだけ読める。

私は乱読すると同時に、気に入った書籍は繰り返し読む癖もあるのだが、電子ブックではどれだけ読んでも痛まない。

しかも、それは検索することができて、うろ覚えの内容でも検索で引き出すことができる。電子ブックにはマーカーを引く機能もある。

実体はクラウドにあるので、スマートフォンで読んでいたものをPCで引き継いで読むこともできる。

合理的に考えれば、もう「紙の出版物」にこだわる理由はまったくない。これだけ紙の出版物を愛して来た私でさえも、デジタルに転換している。

そうであるならば、紙の出版物に郷愁を持たない若年層が、わざわざ不便な紙にこだわる理由はない。

斜陽になると同時に影響力はすべて消え去るのだ


時代は変わり、「紙の出版物」に依存してビジネスモデルを構築していた業界は叩きのめされる。そして、新聞社や出版社が世論を握っていた時代は終わる。

富国強兵が求められていた時代は「鉄は国家なり」と言って、製鉄業は凄まじい発言力を要しており、世論や国家政策に多大な影響を与えた。

紡績が重要だった時代は、紡績企業が大きな影響を社会に与えていた。しかし、今では製鉄業も紡績業も斜陽であり、彼らが何かを言っても誰も反応しない。

斜陽になると同時に、社会に与える影響も、世論に与える影響も、すべて消え去ったのだ。

日本が高度成長期に入ると、生活に余裕を持った日本人は、娯楽や教養や情報を求めるようになり、そこに「紙の出版物」に対する巨大な需要が生まれて来るようになった。

こうした中で新聞社も出版社もどんどん巨大化していく流れが2000年まで続いた。それはあたかも永遠に続く繁栄のようにも見えた。

しかし、インターネットというパラダイムシフトがすべてを打ち壊した。今や良質の文章、稀少な情報、マニアックな世界のすべてはインターネットで提供されるようになり、それが検索するだけで手に入るようになっている。

利便性も情報量も紙の出版では太刀打ちできなくなり、それどころか紙の出版物までインターネットで流通して読めるようになった。

そして、業界全体が地盤沈下を引き起こすようになり、それに伴って時代に対する影響力もゆっくりと明確に喪失していくことになる。

すでに世論さえも「紙の出版物」よりも「インターネット」が作り出すようになっている。紙の出版物はその多くがインターネットの後追いに過ぎなくなっているのだ。

そのため、やがてデジタルの圧倒的なスピードと物量に埋もれて、「紙の出版物」の業界はこれから「すべて影響力」を喪失する。

具体的に言えば、朝日新聞のような捏造反日売国新聞はもう影響力を保てない。この新聞社は、今も馬鹿げた記事を量産しているが、もう来年あたりには赤字になってリストラが始まってもおかしくない。

そして、どうなるのか。今後10年以内に興味深いことが起きる。今のままでは、日本の新聞社は間違いなくそのビジネスモデルと共に崩壊する。そして、世論に対する影響力すらも失う。それは時間の問題だ。



新聞社や出版社が世論を握っていた時代は終わる。斜陽になると同時に、社会に与える影響も、世論に与える影響も、すべて消え去るのだ。

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