2016-07-05

原理主義。純度が高まれば高まるほど劣性が極大化していく


2016年7月1日にバングラデシュのダッカで起きたテロ事件の実行犯のひとりは資産家の息子でダッカ有数の私立学校に通っていたエリートだった。

エリートが過激な「原理主義」に取り込まれてテロの実行犯になったというのは、日本でも例がある。

オウム真理教という薄気味悪いカルトに取り込まれて地下鉄サリン事件のような凶悪テロ事件を引き起こしたのも、エリートたちだった。

「原理主義」はその思想を100%の純度まで培養し、先鋭化し、「それ以外は存続を認めない」という「純粋」な思想である。

「純粋」と言えば、何かとてもクリーンな感じがして良い印象を抱くはずだ。混じりっけなし。完全無欠。そういったものは、清潔で素晴らしいというイメージがある。

「純度100%」に、悪い印象を持つのは難しいかもしれない。しかし、実のところ、非常に危険なのだと気がつかないと、取り返しの付かないことになる。

純粋であろうとすればするほど、それは非常に強い「毒」となって自分や社会を傷つけることになる。「純粋」が危険であることの理由は分かるだろうか……。


純度が高まれば高まるほど劣性が高まる事実


純粋であるというのは、単純に言うと、緩衝物(クッション)になるものがすべて省かれて、まったく融通が利かないものである。

あまりにも純化されていると、妥協ができないので少しでも間違うと、目的を達成するよりも破壊する方が強くなる。これは、あらゆる分野ですべて共通することである。

たとえば、人間の「血」に関してはどうか。人間の「血」で純度を高めるというのは、近親相姦をずっと繰り返して「余計な血を入れない」ということである。

意図的にそれをやった一族がいる。ハプスブルグ一族だ。この名門一族は、あまりにも名門だったので、自分たちの血を身分の低い他人の血と混ぜるわけにはいかないと考えた。

そこで、純血主義を徹底して、一族間の近親相姦を繰り返したのだが、その結果、どんどん心身に問題を抱えた子供たちが生まれたのである。

純血は、良い遺伝子と良い遺伝子が組み合わされればさらに良くなるが、劣性の遺伝子が組み合わされると問題が大きくなって場合によっては命に関わってしまう。

ハプスブルグ一族も、劣性遺伝子と精神疾患に悩まされるようになり、とうとうその血は断絶した。

これは人間だけでなく、一般的にすべての動物で言えることである。たとえばペットの犬や猫でも、「純血種」は身体が弱かったり病気にかかりやすかったりする例が多いのはよく知られている。

そもそも、極端に足が短い、極端に鼻が低い、極端に小さいというのは「劣性遺伝子」による奇形がどんどん突き進んだ結果なのだ。

純度を高めることによって、劣性の部分を極大化させていき差別化している。それが純血種という存在である。純度が高まれば高まるほど、純度が高まるがゆえに劣性が高まる。

共産主義思想をとことん純化させた国があった


政治に関してはどうか。共産主義はマルクス主義が主流となって1900年代から爆発的に浸透していった思想だ。この思想は、単純に言えばこうだ。

「財産をすべて国のものとして、国が国民に平等に分配し、平等な社会を作る」

これはレーニンやトロツキーや毛沢東によって支持されて、ソビエト社会主義連邦や中華人民共和国として結実した。

結局、国の分配はうまくいかず、1980年で事実上、共産主義の思想は破綻していくことになるのだが、1970年代に、この思想をとことん純化させた国があった。

カンボジアだ。

1974年、カンボジアのポル・ポト政権はアメリカの傀儡政権を崩壊させて権力を奪取したが、その翌日から異様な共産主義を実行し始めた。

国の通貨をすべて廃止し、インテリ層を皆殺しにし、プノンペンを無人にし、国民をすべて農村に送り出して共同生活を強いたのである。

つまり、カンボジアはポル・ポト政権が政権を取った1974年から国民の職業は1つになった。農民である。「医者も、学者も、いらない」とポル・ポトは豪語した。

共産主義を極度に純化させたそれを「原始共産主義」と彼らは呼んだ。

しかし、その純度を高めた原始共産主義で国民が100万人も死んでいき、カンボジアはたった5年でアジア最貧国となって国家崩壊していった。

朝日新聞は、このポル・ポト政権の共産主義国家が誕生した時に「アジア的優しさ」などと能天気に評して「新生カンボジアは、いわば『明るい社会主義国』として、人々の期待にこたえるかもしれない」と馬鹿な記事を載せていたので有名だ。

ところで、このポル・ポトとは何者だったのか。

この男は、実は国費でフランス留学した「エリート」教師だったことを知っている人は少ない。エリート教師が外国で極端な共産主義にかぶれて同じエリート仲間たちと祖国で革命を起こし、最後に祖国を破壊した。

100%でないと駄目だと考えた瞬間に、自滅する


世の中は何もかもが「純粋ではない」のだ。それにも関わらず、そこに純粋を持ち込むとどのようなことになるのか。

たとえば、自分が純粋であろうと努力することや、自分の純粋な理想を相手に押し付けて理想から外れることを許さないと、どのようなことになるのか。

純粋でないものを強制的に排除したいという動機が働くようになり、それが「自分たち以外の人間の皆殺し」の正当化に突き進んでいく。それがテロなのである。

理想を持つことや、純粋であることは、ほどほどであれば問題はないし、必要でもある。しかし、その純度を極限的なまでに高めようとして世界が歪む。

100%理想の哲学はない。100%理想の人はいない。100%理想の恋人や配偶者もいない。100%理想の友人もいない。また100%正しい物事もない。100%信じられる人もいない。

100%を目指すことの愚かさは、もっと多くの人が気がついてもいい。

リンカーンは奴隷解放宣言をした政治家だが、ある理想主義者を部屋に呼んでこのように諭したという。

「コンパスはあなたに真北を指し示す。しかし、あなたと目的地の間にある障害物については警告しない」

原理主義とは、まさに純度をとことんまで高めて妥協を知らない主義だが、真っ直ぐに突き進むと目的が達成できないので結果的に挫折してしまう。

なぜ挫折してしまうのか。融通性が利かず、一方向しか進むことができないからだ。

世の中には今でもあちこちで原理主義の組織や、社会が存在する。しかし、純度を高めれば高めるほど、急速な自壊に向けて突き進むことになってしまう。

危険なのは、多くの人は「純粋」であることに対して良いイメージしか持たず、「純粋」「純度100%」が理想であると考えている人もいることだ。危険だ。危険なだけでなく、そんな姿勢は人生を破滅させる。

ところで、この純度100%の原理主義に心酔しやすいエリートだが、このエリートという存在も学歴社会に純度100%で純粋培養された存在でもあるとも言える。



ポル・ポト。純度100%の共産主義を目指したが、結果的に国民大虐殺につながり、カンボジアを根底から破滅させてしまった。ポル・ポトは、実は国費でフランス留学したエリート教師だったことを知っている人は少ない。


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