2016-07-03

「世の中の変化に耐えられない」致命的な人とは誰なのか?


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世の中は常に「先が見えない」状況である。

私は身近で億単位の資産を持っていた人がバブル崩壊によってすべてを失っていく過程をつぶさに見て、「読み」を間違うといかに大きな痛手を被るのかを肌身に染みて感じた。

成功をつかんだ人も、いったん世の中が逆流したら、もはや為す術もなくすべてを失っていく。

たとえば、1990年からバブルが崩壊していく過程で、その当時の多くの投資家は「読み」を誤った。

1980年代の後半から土地神話は絶頂に達していて、分相応の借金をしても数年経てば土地はさらに値上げして売却すれば莫大な利益が手に入った。そのため、「土地転がし」が日本全国で発生して北海道の僻地まで買われていく始末だった。

1990年にバブルは弾けたが、ここで注意しなければならないのは、「バブルが弾けた」と分かったのは株式も不動産も下がり始めた1990年ではないということだ。

当時の日本の大蔵省は1990年3月に総量規制を取り入れてバブル潰しを行ったが、「こんなものでバブルが破裂するわけがない」と当時の投資家はタカをくくっていた。

しかし、それがバブル崩壊の引き金となって、以後、日本の株式も不動産もピークに戻ることはなくなった。投資家がそれに気付いたのは数年も後の話だ。


経済大国としての日本を終わらせた戦犯は誰か?


歴史を振り返れば、1980年代初頭に不動産投資を始め、1989年12月にすべてを手仕舞っていれば良かったことになる。

しかし、それは私たちが過去を振り返って当時の動きをチャートで見ることができるから分かることであり、当時の投資家はそんなことは分からなかった。

バブル崩壊どころか、1990年の暴落は「絶好の買い場」と見て、さらにアクセル全開で投資にのめり込んだ人も多かった。

当時は「弱気は損だ」という異様な雰囲気が蔓延していた。銀行も土地や株式を買う人間にはいくらでも金を貸した時代でもあり、過大な借金をして土地を買っている人も捨てるほどいた。これが致命傷になったのだ。

1990年からすさまじく崩壊していった株式市場だが、1991年にはほんの少しだけ盛り返した。しかし、これを買い場だと思った人間が1991年の後半に来た怒濤の暴落に巻き込まれて、以後は二度と栄光を取り戻すことはなかった。

1990年代は暗い衝撃的なニュースが多かった。阪神・淡路大震災が起き、地下鉄サリン事件が起き、住専問題が起き、株式市場も不動産市場も低迷を余儀なくされた。

その傷も癒えないうちに、今度は橋本龍太郎という自民党史上でも凄まじく有害で無能な首相が、消費税を5%に引き上げるという壮絶なミスを犯した。1997年4月のことだ。

これによって日本の経済は息の根を止められたも同然となった。つまり日本の景気回復の道は、橋本龍太郎という中国の愛人を持った売国奴によって叩きのめされ、殺された。

経済大国としての日本を終わらせた「日本の癌」のひとつは、まぎれもなく橋本龍太郎だったのである。

しかし、こんなことになるとは1990年代に生きていた当時の日本の投資家は誰ひとりとして予測していなかった。そして、どうすればいいのかも分からなかった。

だから、この時代から日本の自殺率は3万人を突破するようになり、日本は経済大国から自殺大国へと無残な変貌を遂げたのである。

ところで、この暗く悲惨な時代に生き残れた投資家とは、どんな投資家だったのか。



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