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2016-06-15

舛添要一が人間的に信用できないのは最初から分かっていた


舛添要一はやっと東京都知事を辞任するのだが、この人間は最初から性格に問題がある人物であることは分かっていた。

2014年の東京都知事選の頃から、すでにこの男は危険だと警鐘を鳴らされていたのである。(東京都知事の舛添要一が都民から嫌悪の目で見られている

信用できない人間に権力を持たせると信用できない結果になるのは目に見えている。

にも関わらず、この男を担ぎ出した人間がいて、この男の宣伝に加担した広告会社があって、この男に票を入れた東京都民がいて、この男をバックアップした政党がある。

この男を東京都知事に仕立て上げたすべての関係者は反省すべきであり、自分たちの間違いを認めるべきだ。

舛添要一は、おおよそ日本人とは思えない異常なメンタリティを持ち、本当に日本人なのかと疑われている。

一部ではサイコパスではないかとも言われているのだが、この男と関わった人間はすべてこの男に利用されて、何かしらの被害を受けている。

舛添要一は性格にどのような問題を抱えていたのか。この男が持っている性格の異常性を分析すると、最初からこの男は表舞台に立ってはいけない人間であることが分かったはずだ。


「付き合ってはいけない人間」の代表格が舛添要一


舛添要一は「付き合ってはいけない人間」のすべての要素を持ち合わせていると言ってもいい。

まず特徴的なのは、この男が極端な二面性を持っていることだ。テレビでは「政治家は節約すべき」「公金を誤魔化した公務員は刑務所に行くべき」と表では潔癖なことを言って善良で立派な人物を演じようとする。

ところが裏側では私利私欲、強欲、利益誘導、公私混同の嵐であり、潔癖とは程遠い人間性を持つ。つまり、言っていることとやっていることがまったく違う。それが舛添要一という人間の大きな特徴だ。

そして、「他人のものは自分のもの」と言わんばかりに税金を自分の享楽のために湯水の如く使う。東京都民の税金で家族で豪遊し、豪華料理を食べ、税金でファーストクラスに乗り、スイートルームに泊まる。

勝ったと思った瞬間に傲慢になり、威圧的になり、自分のやること、決めたこと、利益になることに対しては、相手に無制限の譲歩を求める。

こうした税金の横領が発覚しても「返せばいいんだろう」と開き直って、それで罪が消えたと思う。フェアプレイの概念はまったくなく、不正を行うことばかり考え、実行し、罪悪感も持ち合わせていない。

まさに、やりたい放題をするのだ。

他人を利用すべき存在であると考えて、都知事になったら「自分こそがトップリーダーだ」と言い放って傲慢に開き直る。そこには自らを引き上げてくれた人たちによる感謝もなければ、対等という考え方もなければ、公平さもない。

自分が良ければ何をしても良いと思い込んでいるので、対話という概念はまったくなく、追及されたら徹底的に逃げ回り、嘘をつき、屁理屈を満載にして言い返す。

なぜ舛添要一は批判を受けても何とも思わないのか


舛添要一は表面(おもてづら)では正義感ぶるのだが、本人はまったく正義感など持ち合わせていないので、多くの人間に批判される。

しかし、こうした人間は情熱的、確信的に自己弁護し、嘘を突き通し、嘘を突き通せばその嘘が現実になると信じている。そのためいっさいの反省はない。そのような人間なのである。

舛添要一は何でもかんでも他人を利用し、成果が出るとそれを自分の成果として横取りするような人間だ。

最近、舛添要一が自分では1行も翻訳していない本を自分が訳したかのように出版したと責められているが、他人の業績をも横取りして平然とできるのがこの男である。

計画性がなく、うまくいかないともちろん他人のせいにする。うまくいかなければ他人のせいで、うまくいけば自分の成果にする。それで成り上がってきたのが舛添要一である。

この男は自分の主張ばかりで他人の事情を考えない。

せっかちで、かんしゃく持ちで、気に入らないとすぐに激怒してキレる。その様子は元妻の片山さつき氏がいつも語っている通りだ。この男は自分の妻に怒鳴り上げてナイフを向けるような人間なのである。

そして、見栄っ張りで虚栄心が強く、その虚栄心を自制できないので、非難されてもファーストクラスにスイートルームを止められない。

たかが都知事のくせに、まるで日本の首相にでもなったかのように好き放題に「外交」をしていたのは、見栄と虚栄心の塊だったからでもある。

舛添要一は約束を守らず、自分の言葉に責任を持たない。責任を取らないための言い訳だけはうまく、先延ばしでも虚偽説明でも、姑息なことを何でもする。

それで信用を失っても、まったく何も思わない。何とも思わない理由は簡単だ。他人を見下しているのである。

犯罪的な性質を持った人間に騙されやすい日本人


舛添要一はやることなすことすべて私利私欲と公私混同で、常識や良識よりも、自分の感情の方を優先する。

それでいて、表側では良識を語るので、どんどん矛盾が広がっていく。それでも何とも思わない。恥の概念がないからである。普通の人間が持つ恥の概念が完全に欠けているのだ。

ないのは恥だけではない。思いやりもなければ、恩もなければ、感謝もない。自分勝手なので、「恩を仇で返す」ことばかりしているのが舛添要一である。

金のためなら嘘でも裏切りでも税金の着服でも何でもする。楽して儲けようと考えるので、ギャンブルのようなものには異常な関心を示すこともある。

これほどまで性格に難点があり、人間として信頼できない人物が東京都知事になれたというのは、それだけ世間は騙される人間が多いということでもある。

舛添要一を見ても分かる通り、こうした人間をトップに祭り上げると絶対に辞めようとしない。

都合が悪くなると、泣いたり子供を持ち出したりして、使えるものは何でも利用して地位にしがみついて離れない。「しがみつくつもりはない」と言いながらしがみつく。

こうした人間には東京都知事という地位は自分を飾るブランドのようなものなので、自分の私利私欲と名誉欲と支配欲を満たすために、絶対的に必要なものなのだ。だから、無理やり辞めさせない限りは辞めないのである。

日本人は、こうした犯罪的な性質を持った人間に騙されやすい。関わってはいけない人間に関わり、骨の髄までしゃぶられてしまうのだ。

これは、肩書きのある人間は偉いとか、協調しなければならないとか、隣人とは仲良くしないといけないとか、相手が強く出たら自分が折れなければならないとか、そのような日本人の特質を利用されるからでもある。

私利私欲と公私混同にまみれた悪人は、日本人の「和の精神」を最初から踏みにじるつもりで行動している。だから、舛添要一のような人間が平然と日本の社会に居座る。



舛添要一には東京都知事という地位は自分を飾るブランドのようなものなので、自分の私利私欲と名誉欲と支配欲を満たすために、絶対的に必要なものなのだ。だから、無理やり辞めさせない限りは辞めない。


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