2016-06-02

自分たちの利益のために人々がギャンブルに堕ちるのを望む


日本人は誰も不思議に思っていないようだが、駅を降りたらどこでも駅前にパチンコというギャンブル場があるというのは世界でも類を見ない異常なことである。

日本人はギャンブル依存症に陥りやすいと言われているが、パチンコを撤廃できずに放置したままなのだから、ギャンブル依存症が多いと言うのは納得できるものがある。

日本人は堕ちるギャンブルは、もちろんパチンコだけではない。宝くじ、TOTO、競馬、競輪、競艇、オートレースと、枚挙に暇がない。

ここに最近は、短期売買の株取引、FX(為替証拠金取引)が加わり、スマートフォンのゲームまでが一種のギャンブルとして参入してきている。

日本人にギャンブル依存症が多いというよりも、日本ではギャンブルが放置されていて、依存症になる人を作りやすい環境にあるというのが実情かもしれない。

ギャンブルにハマると抜けられないとよく言われる。

ギャンブルはその多くが負けになるのだが、たまに勝てるときがある。そのときの爆発的な喜びや快楽は脳内ホルモンをも変化させるほど劇的なものだ。


人生最大のワナである「借金」の元凶がギャンブル


ギャンブルは闘争心と競争心を刺激するものである。勝てるか負けるかという緊張感はアドレナリンを噴出させ、テストステロンを大量に分泌させる。

勝利したとき、その緊張感は歓喜に取って変わり、激しいカタルシスに昇華していく。

負け続けて追い詰められれば追い詰められるほど、それを乗り越えて勝ったときの爆発的歓喜は強いものになり、その爽快感が快楽として定着して離れられなくなる。

そしてその快楽は、報酬が入ってくることで倍加される。

だから、ギャンブルは人を虜(とりこ)にしていき、それに深くのめりこんでいく人が出てくる。日本では、このようにギャンブルにハマって抜けられない依存症の人が500万人を超えていると言われている。

そして、このギャンブル依存こそが人生最大のワナである「借金」の元凶になるのである。

借金はすべてが悪いわけではない。計画的で慎重な借金で人生を切り拓く人もたくさんいて、それは資本主義ではひとつの確立されたツールでもある。

返済計画がよく練られた意味のある借金は、まさに成功を加速させるレバレッジになり得る。

ところが、ギャンブルのように不確実なものに依存して膨らませる借金は人生を地獄に陥らせるだけである。どんな言い訳であっても正当化できない。

ギャンブルにのめり込む人は、勝率が50%以下のものに掛け続ける人だから、必ずじり貧になる。掛け金が多いと、収入や資産を超える額を蕩尽し、そこで止まらないと借金が膨らんでいくことになる。

ギャンブルが好きだという性格は、その一点で人生が破綻してもおかしくない危険性を秘めている。他にどんな才能があったとしても、それを帳消しにしてしまうほどのリスクがある。

ある時点で収支のバランスを崩して「借金地獄」に


ギャンブル依存は、それが快楽と結びついている以上は止めることが難しい。自制心が効かなくなるからだ。

止めようと思っても、負けが込むと「ギャンブルの負けはギャンブルで取り返す」という心理に陥って、勝つまで粘るようになる。

一度でもギャンブルで想定以上に勝った経験をした人は、それがアダになって「自分はギャンブルの才能がある」と考えたり、「もう一度同じ経験をしたい」と思ったりする。あるいは、「ギャンブルでメシが食える」という心理にもなる。

これはすべてのギャンブルに共通するワナだ。いったん成功体験を得ると、どんなに負けても「絶対に成功できる」という気持ちから離れられなくなるのである。

負けがかさんで人生に悪影響が出ているにも関わらずそこから離れられないというのは立派な依存症だが、本人だけは「自分は依存症ではない」と思っているので厄介だ。

「次は勝てるかもしれないのだから止めるわけにいかない」と思うのである。しかし、それがよりギャンブルによる損失を深める結果となり、最終的にはどうにもならなくなる。

そのため、ギャンブルが好きでのめり込んでいる人の少なからずは、ある時点で収支のバランスを崩し、「借金地獄」の世界に足を踏み入れていく。

賭けに使うための借金は、多くの場合は「返せない借金」と化すので、借金の自転車操業が止まらなくなる。

借金を返すために借金をする多重債務者となる人もいる。通常のキャッシュローンが使えなくなると、どんどん条件の悪い金融業者から借りることになる。

ここで切羽詰まると、やがては会社の金を横領したり、友人から金を借りて行方をくらましたりして、犯罪者の領域に入っていくこともある。

誰も最初は自分がギャンブラーであると思わない


問題は、ギャンブルにのめり込む人は決して特別な人ではないということだ。

意志の弱い社会不適合者や、アウトサイダーだけがのめり込むのではなく、ごく普通の人が何気ない日常の中でふとギャンブルに目覚めて離れられなくなっていく。

自分では投資家だと思いつつ、実はギャンブラーだったということさえもあり得る。

私が今、最も危険だと感じているのはFX(為替証拠金取引)である。

多くのFX取り扱い企業はこれを「投資」と言って口座数を増やしているのだが、そこで行われているのは為替をネタにした「丁か半か」のギャンブルに他ならない。

しかし、FX取り扱い企業はその丁か半かのギャンブルを、あたかも高尚な経済取引のように見せかけて、その本質がギャンブルであると気付かせずにギャンブルをさせている。

普通の人はそれが投資だと思って入り込み、売買に熱くなる。そして、ふと「これはギャンブルだ」と気付いたときには、もうギャンブル特有の高揚感を覚えてしまって抜けられなくなっている。

FXを巡って貯金をすべて失い、借金をしてまでそれに金を注ぎ込む人たちも増えており、いずれこれは大きな社会問題となるのは間違いない。

しかし、これがギャンブルだという認識ができるまで、多くの人が投資だと思い込んでのめり込み、金を吹き飛ばしていくだろう。

FX取り扱い企業のみならず、多くの企業は人々がギャンブルにのめり込んで依存してくれるのを望んでいる。なぜなら、人々がただひたすらに金を注ぎ込んでくれれば企業が儲かるからである。

企業は私たちがギャンブルに堕ちるのを止めてくれない。むしろ自分たちの利益のために、人々がギャンブルに堕ちるのを望んでさえいる。それが社会のひとつの裏面である。



企業は私たちがギャンブルに堕ちるのを止めてくれない。むしろ自分たちの利益のために、人々がギャンブルに堕ちるのを望んでさえいる。それが社会のひとつの裏面である。


お願い

ダークネスTIGAの本文の全文転載は、いかなる理由があってもお断りします。
本文の舞台、参考になる写真がありましたら、提供いただければ嬉しく思います。感想やご意見も、お待ちしております。趣旨に合うものについては、積極的に反映していきたいと考えております。(メールはこちら