2016-05-21

激変の時代では、巨大企業の正社員でも安心など得られない


ソニーもかつての輝きを失い、シャープも、東芝も、三菱自動車も、満足にビジネスを掌握できていないサラリーマン経営者が会社を存続の危機に陥らせている。

日本では巨大企業の経営者の質が、企業の規模に見合っていないのではないかと国内外の投資家から疑念を抱かれている。

サラリーマン社長の多くは、社内で協調性や根回しで上の地位に上がってきた人間であると言われ、保身には長けているが、激動の時代の経営には長けていない。

そのため、会社が存続の危機に落ちるような大きな問題が起きたとき、思い切った決断ができない。決断しないで問題を先送りして、どうにもならなくなったら辞任して逃げていく。

シャープの経営陣も、三菱自動車の経営陣も、国内外の投資家から「あまりにも無能だ」と怒りを買っているが、株主よりも自己の保身しか考えていないのであれば、無能呼ばわりされても仕方がない。

これらの経営者は「大企業」というブランドにあぐらをかいていただけで、ビジネスを掌握できていなかった。だから大きな問題が発生すると、それに対処できなくなって急激な斜陽に見舞われていく。


保身しか考えていない経営者が巨大企業を傾ける


シャープは会社を国外の企業に売り飛ばした。その際、「大規模なリストラはしない」という約束を信じて日本人経営者は会社を売った。

ところが、その瞬間に7000人を新たにリストラするという手の平返しに見舞われている。これは、いかに日本人経営者が「お人好し」かを示すエピソードでもある。

老獪な経営者の前では、ぬるま湯に浸かってきたサラリーマン経営者では赤ん坊のようなものだ。何もできず、いいように翻弄されて終わりである。

いくら企業規模が巨大であっても、その巨大さをコントロールする能力のない経営者が上に立つと、あっと言う間に会社は傾いていく。どれだけの大きな資産と歴史があっても、そんなものは生き残れるかどうかに関係がない。

経営者が決断できなかったり、問題を対処するような能力がなかったりすると「終わり」になる。会社が「終わり」になったとき、路頭に迷うのはもちろん従業員である。みんなリストラされて、無能な経営者のツケを払う。

巨大な組織では、巨大であるが故に、大きな改革は既存の部署や事業に悪影響が及ぶ。そのため、無能な経営者になればなるほど、思い切った意思決定ができなくなる。

保身しか考えていない経営者は、あちこちにしがらみを持ち、関係をつぶさないために、何もできなくなるのだ。できても、中途半端なものになってしまう。

こうした失策が積もり積もって会社は斜陽になっていくのだ。

もちろん、巨大な企業は資金力、信用力、影響力は半端ではないので、「駄目になるまで」は世の中に君臨する。そして内部で起きている劣化は表面化するまで気付かれず、表面化した後は手遅れになっていることが多い。

腐食はゆっくりと広がり、気付いたときは深く蝕まれて屋台骨がぐらぐらになっている。そんなときに世の中の激震を受けて一気に致命傷になっていくのである。

世の中は突如として新しい変化が生まれて変わる


巨大な組織が駄目になるときとは、どんなときなのか。それは、言うまでもなく、世の中が激変するときである。

世の中は、退屈なまでに平凡で平穏な日常が続く日の方が多い。平凡な日常というのは、昨日と同じことを今日も明日もやっていればいいという日々のことを言う。

新しいことをしなくてもいい。同じことをやっていればいい。巨大な企業はこのような状況の中では非常に強い。無敵だと言ってもいいかもしれない。

しかし、世の中は永遠に平穏であるとは限らない。晴天がいつしか嵐になるように、世の中は突如として新しい変化が生まれて、一挙に変わることもある。

たとえば、インターネットの爆発的流行もそうだし、スマートフォンの爆発的流行もそうだ。インターネットが私たちの目の前で、次々と世の中を激変させている現象は誰しも分かっていることだった。

しかし、すべての企業がインターネットにシフトできたわけではない。いくつかの巨大企業は技術革新にシフトできずに、凋落している。

たとえば、世界中で多くのメディア企業がインターネットという時流に乗れずに衰退した。

それまで言論の世界で君臨していた巨大新聞社は「紙の新聞」というビジネスモデルを捨てることができず、方向転換も中途半端で、衰退を避けられなかった。

世の中が激変したとき、巨額の資金と影響力を持つ企業ですらも一瞬にして「過去の企業」になってしまうという事例が目の前にある。

さらに世の中の激変はこれからも続く。人工知能、ドローン、3Dプリンター、ロボット化、ウェアラブル機器と、イノベーションは目白押しなのだ。

凄まじいイノベーションの波が襲いかかったとき、保身と現状維持だけの経営者がいる巨大企業は傾いていく。

激変の時代に巨大であることは有利でも何でもない


激動の時代になると、その巨大さが仇になってしまうことも多い。巨大であることが足かせになって変化に対する対応ができなくなってしまう。

そして、巨大企業が今まで歯牙にもかけていなかった小さな企業に取って代わられる。これが世の中の常なのだ。

しかし、多くの人は巨大な組織に帰属するのが好きだ。誰もが「大きな共同体」に帰属したがる。

世界中どこでも、ほとんどの学生が「就職するなら巨大企業へ」と考えて、実際にそういった企業を就職先に選ぼうとするのを見ても分かる。

また、多くの人々は、そういった企業で働くことを「安定を得る」という言い方をする。

・小さなものよりも、大きなものの方が安心できる。
・大きなものの一員であることで安心感を感じる。
・だから、より大きな組織・共同体に帰属したい。

しかし、世の中が激変してその方向性が意味をなくしたとき、巨大なものは一瞬にして斜陽になり、身動きができなくなってしまうこともあるのだ。

時代から取り残された企業は、遅かれ早かれ規模を保つことができなくなり、影響力も減退し、自壊の道を歩む。

イノベーションの波が吹き荒れる時代は、実は恐ろしい時代なのである。大きな企業に入っても、安定を得るどころか、いつ組織が自壊するのかと不安から逃れられなくなっていく。

現在、私たちの目の前にそびえている巨大な組織を見て、そこに帰属したら安心が得られると思い込むのは、ほどほどにしたほうがいい。激変の時代では、巨大企業の正社員でも安心など得られない。

グローバル化した社会の中で、世の中の激変のスピードと規模が激甚なものになっている。世界の構造は大きく変わろうとしており、グローバル社会は激震している。

その中で、巨大な企業がその優位性と影響力をいつまでも保てると思う方がどうかしている。激変の時代に巨大であることは、有利でも何でもない。安心など、どこにもない。



腐食はゆっくりと広がり、気付いたときは深く蝕まれて屋台骨がぐらぐらになっている。そんなときに世の中の激震を受けて一気に致命傷になっていく。

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