2016-04-14

自分の能力だけでは、這い上がれない時代が来るということ


1990年にバブルが崩壊した後、日本企業は勢いをなくして終身雇用も年功序列も維持できなくなった。これで日本の経済はピークを終えて下り坂に落ちていくことになった。

やがてバブル崩壊の膿が回っていき、山一証券や北海道拓殖銀行のような「潰れるはずがない」と言われた老舗の金融企業がバタバタと潰れていった。

これが1990年代の後半の出来事だった。ここで日本経済が坂道を転がり落ちるスピードに加速がついた。この頃、就職は非常に厳しい状態であり、この時代から「就職氷河期」と呼ばれる時代に入っている。

現在、引きこもりやニートの人たちが高齢化して40代に入ったと言われているが、彼らが20代の頃はこの1990年代後半の就職氷河期に一致する。

親に寄生して自室に引きこもる若者たちは、仕事をうまく見つけることのできない時代から始まったのだ。

この若年層に厳しい環境は2000年代に入ると、ますます苛烈になっていく。小泉政権が「構造改革なくして景気回復なし」と言いながら非正規の雇用拡大を容認したので、企業は若年層を正社員で雇わなくなったからである。

これによって、日本の若年層の貧困化が決定的になった。社会の経済格差と貧困はここから鮮明になっていった。


ゆっくりと確実に貧困に足を突っ込んでいく状況に


当初、若年層の貧困化は自己責任論で片付けられていた。しかし、貧困化していくのは最も弱いところからであり、社会経験もなく人脈も対応能力もない若年層から深刻化していったと見るのが正しい。

若年層の中でも低学歴の人たちから先に苦境に落ちていったので「ブラブラ遊んでいるから貧困に落ちた。自己責任だ」と決めつける人は多かった。

自己責任というよりも社会構造が変わった結果であると気付かなかったのである。

すでに企業は低学歴の人たちを非正規雇用者として使い捨てにすることが許されるようになっていた。非正規雇用で雇われると、どんなに貢献しても給料も上げてもらえず、景気が悪くなればすぐに捨てられる。社会は格段に厳しくなり、生きにくくなっていた。

こうやって苦境に落ちる若者たちを見て、正社員で雇われた人たちは「自分たちは勝ち組だ」と特権意識を持つようになっていった。

ところが、日本企業の経営状況はさらに悪化していく。そして勝ち組だったはずの正社員も年功序列も終身雇用も否定されるようになっていき、経営悪化が鮮明になった企業からどんどん社員をリストラしていくことになった。

折しも2009年から民主党(現・民進党)の時代になって日本の混乱は史上最悪のレベルにまで転がり落ち、ますます日本企業は萎縮し、経営は悪化し、グローバル社会の中で競争力を失っていった。

2011年になると東日本大震災が起きて日本全体が阿鼻叫喚の地獄に巻き込まれ、2015年にはそれまで世界経済を牽引していた中国が立ちゆかなくなってグローバル経済は成長エンジンを喪失し、さらに厳しい状況になった。

現在の日本は、一部の若年層が苦境に落ちているという状況ではない。日本人全員が程度の差こそあれ、ゆっくりと確実に貧困に足を突っ込んでいく状況になっている。

自分の知能では乗り越えていけないような環境


社会が高度成長に向かっているときは、どんな凡人でも豊かさを享受できるようになる。逆に社会が貧困に向かっているときは、どんな天才でも貧困にあえぐようになっていく。

知能指数が高ければ、社会がどんなに悪くなっても要領良く生きて豊かになると思われがちだ。

しかし、イギリスのジャーナリストであるマルコム・グラッドウェル氏は知能指数の高い人々を調べた結果、必ずしもそうとは限らないという結論に至っている。

神童と呼ばれていた子供が成人しても、凡人以下の貧困生活に落ちている人たちがいる。彼らは高度な知能を持ちながら、社会では落ちこぼれた。

その理由は、親の貧困を受け継いだり、学歴が得られなかったり、家庭環境が崩壊していたりして、知能を発揮できる環境が最初からなかったからだった。

虐げられ、家庭でも冷遇され、社会からも見捨てられた子供時代を送ると、知能を社会的な成功に向けようとする努力さえなくなってしまうのだ。

社会的な成功に意味を見出せなくなり、場合によっては社会から背を向けて生きるようにもなっていく。成功する素質はあっても、子供時代や自分を取り巻く社会環境が不幸なものであれば知能は生かせない。

インドでは10億人の人口があって、しばしば天才的な知能を持つ人たちが生まれる。しかし、その多くはがんじがらめのカースト制度や根の深い貧困によってその芽が潰されていく。

自分を取り巻く社会環境が悪すぎれば、成功しようという気持ちそのものが早い段階から台無しにされる。

日本がこれから社会全体が貧困に落ちていくというのは、つまり自分の知能では乗り越えていけないような環境になっていくということを示唆している。

すでに約6人に1人の子供が貧困の状態にある


日本はいったん世界有数の経済大国になったので、そこから坂道を転がり落ちている中で増えているのは「相対的貧困」である。

相対的貧困とは「ある国や地域の大多数よりも貧しい相対的貧困者の全人口に占める比率」を指す。具体的には「所得の中央値の半分を下回っている人」を言う。

日本の所得の中央値は250万円程度である。その「中央値の半分を下回っている」というのは125万円以下を指す。これは月にすると10万円と少しの賃金の人を指す。

相対的貧困に落ちた子供たちは、自分が貧困にあるということに気付くようになると、ひどく精神的に落ち込むようになることが知られている。その結果、成功しようとする意欲も、這い上がろうとする努力も早い段階で消えていく。

すでに今の段階で日本では約6人に1人の子供が貧困の状態にあると言われている。

給食も食べられず、着替えの服もなく、学校に通う交通費300円が出せずに学校に来なくなる子供たちもいる。授業料を滞納し、それを咎められて卒業式にも出られない子供たちもいる。

子供たちの可能性が、貧困によってスポイルされる時代が日本にもいよいよ到来しつつあるのである。

高度成長期以後の日本人の多くは、一億総中流の時代を生きてきたので、貧困が定着すると社会的に成功するというのがどんなに難しく厳しいことなのかという現実をよく分かっていない人も多い。

貧困がいかに人を絶望させ、気力を奪い、自暴自棄にしていき、生まれ持った高い知能さえも無にしていくのかということに気付いていないのだ。

社会がより貧困に落ちていくというのは、自分の成功がより難しくなるだけでないのだ。子供の未来さえもことごとく奪っていき、最後にはもっと日本全体がもっと悪くなるということなのである。

日本の貧困が加速していくと、これからはまぎれもなく自分の能力だけでは這い上がれない時代が来る。



社会がより貧困に落ちていくというのは、自分の成功がより難しくなるだけでない。子供の未来さえもことごとく奪っていき、最後にはもっと日本全体がもっと悪くなる。

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