2016-04-12

資格など山ほど取ったところで、生きていけるとは限らない


日本人の資格信仰は非常に強いものがあり、自分の仕事や生活にまったく関係のない資格を次々に取る「資格マニア」もいると言われている。

しかし、その資格は「資格を取ったら会社に評価される」とか「資格を取ったら手当がもらえる」とか「資格があれば再就職に有利だ」という程度のものだ。

プロとして生きていくために「その資格が必要不可欠だった」というよりも、単に「持っていたら便利」程度のものでしかないことが多い。

そのため、せっかく資格を取っても業務にまったく使わないので、数年すると内容もすべて忘れて、本当のお飾りになってしまったりする。

最近は企業側も、ただ就職や手当を目的とした資格を評価しても意味がないということに気付くようになって、あまり重視しなくなりつつある。

誰もがそれを取ったら手当がもらえる程度で資格を取り始めると、企業にとっては人件費の上昇になるので、資格を評価しなくなるのは当然のことだ。

本当に業務で必要不可欠な資格以外は、手当も評価もしなくなっていく。そう言った意味で、余計な資格を取っても意味がない時代となり、馬鹿げた資格マニアも一掃される。


資格産業は、生徒集めのために資格が必要だと言う


ただ、資格を取得させるビジネスは巨大な産業となっているので、「資格がないと不利」「資格が重要」「ないよりもあった方がいい」という刷り込みと宣伝が繰り返し続けられて、あたかも資格さえ持てば世の中が渡っていけるようなサブリミナルが行われる。

何も持たない人がそのように思ってくれれば、資格を取得させる産業は稼げるのだから、生徒集めのために必死になってそのように喧伝するだろう。

こうした教育産業にとっては、生徒がそれで稼げるのかどうかなど関係ない。自分たちがそのビジネスで潤うのであれば、卒業後の生徒の境遇はどうでもいい。

実際、何らかの資格を取ったところで、その資格で生きていくのは無理か、もしくはギリギリの生活しかできないようなものも多い。

需要の少ない資格は、高い学費を出して取っても企業は評価しない。逆に人気の資格は、資格保持者が溢れているので、皮肉にも供給が多すぎて評価されない。

税理士も、弁護士も、公認会計士も、以前は「取っておけば食いっぱぐれがない」と言われたものだが、誰もがそう思ってそこに殺到すると、その資格は陳腐化して価値を失っていく。

最近では、税理士・弁護士・公認会計士が「取ったところで食べていけない」ものになってしまって廃業する人も多い。

こうした「士」業は企業に雇われなくても、自分で独立して生きていくことも可能だが、資格を持っているというだけでは、客が来てくれることは決してない。

顧客を何とかして集めてくる営業能力がないと、資格を持っていても食べていけないのである。

中小企業診断士も一級建築士も、みんな同じだ。結局、資格で身辺を飾ったとしても、それを生かせるかどうかは本人の社会適応能力にかかっている。

重要なのは、必死で資格を取ったところで生きていけない人がいる一方で、したたかな社会適応能力を持っている人は別に資格がなくても何とでも生きられるということだ。

過大評価されているMBA(経営学修士)


現在、社会で過大評価されているのはMBA(経営学修士)だと言われている。

MBAは経営に関するマネージメントを包括的に学ぶものであり、欧米で重要視されている学位でもある。このMBAの学位を取るには総額で数百万円かかる。

MBAは経営のプロを育てるための学位なのだが、あくまでも経営に必要な知識を詰め込むためのものである。実際の経営に生かせるのかどうかは、当然のことながら本人の社会適応能力に依存する。

MBAを取っても会社を潰す人もいれば、起業しても失敗する人もいれば、利益を生み出せなくてクビになる人もいる。

慶應大学経済学部を卒業して、MBAの学位も取って、親が残した資産と有名企業を引き継ぐという絵に描いたようなエリート御曹司でさえも、老舗の会社を潰すような失態を見せることもある。

「ホッカイロ」や「アイスノン」で知られていた老舗日用品メーカー「白元」を倒産させた鎌田真という男は、そんな人間の典型だった。

MBAの学位など持っていない祖父や父が80年近く大事に経営してきた会社を、経営エリートのはずだった鎌田真という三代目は、10年も経たないうちに潰してしまった。

MBAの学位を取ってありあまる資金を持って自信たっぷりに経営しても、本人の資質がなければMBAなどまったく何の役にも立たないという見本である。

鎌田真は口先ばかりで、まったく最終決断ができない人間だったと言われている。「恰好ばかりつけて、何がアメリカ流だ」と社内で馬鹿にされていたようだ。

会社が停滞して傾いている間、この男は芸能人の女性を追いかけ回して派手なスキャンダルを振りまいていたのだが、それも顰蹙を買った。

経営者の器ではない人間は、いくらMBAを取っても何の役にも立たないというのは当たり前のことだが、鎌田真はまさにそんな人物の典型的なケースとして知られている。

資格を評価しなくなるのは時間の問題である


資格や学位がいくらあっても、そして莫大な資産があっても、社会適応能力のない人間が何かをすれば、間違いなく失敗する。御曹司だろうが何だろうが同じだ。(2000億円あっても窮乏するのは盛田英夫が教えてくれている

結局、MBAという学位があろうが、何らかの資格があろうが、それで人生が渡っていけるほど、世の中は甘くできていないということである。

経営学の中核を学んでMBAを取った人間でさえ、その知識を役に立たせることができない人間がいる。税理士だろうが会計士だろうが、いくら金の計算ができる人間だとしても、食べていけない人間もいる。

あれこれ意味のない資格を取って積み上げても、リストラされて路頭に迷っているサラリーマンもたくさんいる。必死で取った資格が評価されずに就職できない学生もたくさんいる。

そう考えると、資格を取ったら安泰だと考える方がどうかしている。

今の企業は、いかにして人件費を削減するかに知恵を絞っているのだから、資格の数が多ければ何とかなると考える人が増えれば、資格を評価しなくなるのは時間の問題である。

それでも「もしかしたらクビになるかもしれない」という恐怖や恐れにつけ込まれて、資格産業に取り込まれて無意味な資格を取ろうとする人は減らないだろう。

それは、これからの人生を支える上でまったく何の意味がないと社会に思い知らされるまで続く。

結局、生き残ることができる人は、現場でとことん知恵と経験を生かして、どんな状況になってもしぶとく生き残る現場力の強い人間である。

そう考えると、生き残りのためには何をしたらいいのかが見えてくるはずだ。したたかな社会適応能力を身につけるのが一番の武器になるのだ。

最後まで生き残るのは、最も強い人間ではない。環境に合わせて適応できる人間である。合理的な判断、したたかな行動を身につけることができれば、何もなくても生きていける。



結局、生き残ることができる人は、現場でとことん知恵と経験を生かして、どんな状況になってもしぶとく生き残る現場力の強い人間である。

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