2016-03-28

VRやソーシャルゲームはいずれタバコのように規制される


タバコやアルコールという「物質」は依存を起こす危険なものであることは誰でも知っている。多くの人はそれがある種の危険物であると認識している。

もちろん、覚醒剤やコカインに対してもそうだ。それは人間を中毒にしてしまい、人生を破壊してしまう「物質」だ。

これらの取り扱いの危険な物質は、脳の中で大きな快楽を生み出し、そこから逃れられなくなることに問題がある。やがて、依存することによって、その快楽は苦痛になるのだが、それでも依存から逃れられないのだ。

駄目だと分かっていても、ずるずると引きずられ、気がつけば多くの時間を「依存すること」のために生きるようになる。他のいろんなことに気が回らなくなり、そればかりするようになってしまう。

ところで、最近はドラッグを使っていないのに、ドラッグと同様の激しい依存を引き起こす「もの」があって、それが無防備に蔓延していることに多くの精神科医が指摘するようになっている。

非常に危険な「もの」が蔓延してしまっているのである。


誰もそれが危険物質であることを認めない


タバコやアルコールを知らない人がいないのと同様に、それも知らない人間はいない。

しかし、その危険性を指摘すれば徹底無視されるか、糾弾されるか、過小評価されて見捨てられる。

なぜなら、その「もの」はすでに社会にしっかりと組み込まれているからだ。

それは多くの人を虜にしている。「中毒者」「依存者」になっている人もたくさんいる。しかし、たくさんの依存者がいるがゆえに、誰もそれが危険物質であることを認めない。

すでに、それは巨大な「産業」「企業」を生み出して社会になくてはならないものになっているので、今さら「危険だ」と精神科医や脳学者が言っても「今さらそんなことを言われても困る」という状態になっているのである。

それは、いったい何なのか。

答えは「映像メディア」である。具体的に言えば、テレビやゲームを含むものだと考えてほしい。

かつて、映像メディアの中心はテレビだった。テレビはスイッチさえひねれば映像が流れ出て来て止まらない。多くの人はそれの中毒になり、依存症になり、脳を麻痺させていった。

今の映像メディアの中心はゲームだと言われている。ゲームはテレビと違って自らその世界観に浸って没入するものであり、テレビ以上の中毒者と依存者を生み出している。

その嗜好性と依存性は、タバコやアルコールを超えるのではないかと指摘する精神科医すらもいる。




もはや現実と区別がつかないリアリティ


ゲーム依存、ゲーム中毒は、今や子供だけの話ではない。

中年のサラリーマンですらも離れられない人が山ほどいて問題になっているのだという。そして、そのゲームの中毒症状を見て、精神臨床医もこのように述べている。

「薬物、アルコール、ギャンブルなどへの依存症が長期に続いた場合の症状に非常によく似ている」

映像メディアが中毒者や依存者を生み出して、あたかもドラッグに堕ちた人間のように人生を破壊してしまう。

それは、映像メディアの制作者が、少しでも映像の世界に没入してもらえるように「のめり込む仕掛け」を作るからだ。

やられると思わせてアドレナリンを分泌させ、ゲームをクリアさせてドーパミンを分泌させる。まさに、ドラッグを使わないでドラッグと同じ作用を脳内に作り出すのである。

ちゃちな映像では脳は騙されない。

しかし、最近の映像メディアの技術は、もはや現実と区別がつかないリアリティに達している。

そして、そのリアリティが、ゲームの世界を「現実に起きていること」のように反応させることに成功している。

人間の脳は、ゲームや映像の世界にリアルに反応し、そこで感じた恐怖や快楽に対して現実と同じようにアドレナリンやドーパミンを噴出させるのだ。

刺激は強ければ強いほど中毒性が高まる。だから、映像制作者はどんどんゲームの世界観を強烈なものに、刺激的なものにエスカレートさせていく。

中毒者が増えれば、売上が増えて行く。企業にとって売上を上げるのは至上命令だ。映像メディアの制作者は、いかに中毒者を増加させるかが求められている。

それを指摘することは社会全体を敵に回す


客観的に見ると、ゲーム等の映像メディアにのめり込んだ人が悪いというよりも、中毒者をひとりでも増やそうと努力している映像メディアの制作者の方が悪い。

しかし、いったん中毒になってしまった人は、それが供給されなくなるのは困る。だから、映像メディア制作者を非難することは絶対にない。

むしろ、依存症になってしまった自分に、もっと刺激の強いコンテンツを送り出してくれることを望む。まさに、依存症に陥った覚醒剤使用者が、ポン引きを崇めるのと同じ心理状態になっているかのようだ。

タバコやドラッグと、映像メディアが同列で語られるのに拒絶感や不快感を覚える人も多いはずだ。

それはそうだ。すでに映像メディアの依存を誘うワナに堕ちてしまった人にとって、それが依存症を生み出すものだと認定されて規制されたら困る。

業界にとっても、それがドラッグと同じ位置付けにされたら、ビジネスが規制されて儲けがなくなって困る。

それを販売する小売業者も、そして宣伝する広告業界も、みんな中毒者の落とすカネに群がって生計を立てている。

だから、映像メディアがドラッグと同じように中毒者を出し、依存者を出し、そこから抜け出せなくなった人間が社会問題化していることに対しては完全に無視をする。

引きこもりやニートという現象を生み出すひとつの要因に、ゲームのような映像メディアがあることは、実はもう誰もが知っている事実だ。

映像メディアは、若者のみならず、多くの人々を中毒にしてしまっているので、ある意味、明確に社会の害になっていると言うことができる。

しかし、今や映像メディアは、それ自体が巨大なビジネスになっているから、それを指摘することは社会全体を敵に回すことを意味している。

まだその時期ではないのかもしれない


キレやすくなった子供たち、対人関係に支障をきたすほどコミュニケーションができなくなった若者たち、人間関係をすべて断ち切って引きこもってしまった人たち。

映像メディアの中毒になることによって、こういった人たちが生み出された可能性は非常に高い。

そして、どんどんリアリティを増して中毒性を高めていくゲームのような映像メディアは、さらに多くの中毒者を生み出す。

仮想世界が現実と同じか、もしくは現実を超えるほどのリアリティとなって、そこで「快楽」を得てしまうと、そこから抜け出せなくなってしまうというのは当然のことだ。

彼らは自分がドラッグにハマっているとはまったく考えていないだろうが、実際にはドラッグと同様の強く激しい依存症になってしまっているのだ。

タバコもかつては無規制の物質だった。そして、タバコ業界は巨大産業になって、流通業界も、広告業界も、絶対にタバコ批判はしなかったし、できなかった。

タバコに害があることは誰もが知っていたが、あまりにも巨大な産業であり、嗜好者も多かったので、それを指摘して反対することは社会に敵対することを意味していた。

タバコ業界は、嗜好者をさらに中毒にするためにタバコの中にさまざまな添加物を含めるようになり、タバコ批判者に対しては猛烈な圧力をかけて潰していった。

タバコ業界は「敵なし」の状態で、社会に君臨してきた。

今のゲーム業界は、かつてのタバコ業界によく似ている。人々は無防備で、業界は力強く、批判者は限りなくゼロに近い。

誰も中毒者や依存者を見ても、「やりたい奴はやらせておけ」と無関心でいる。

実は社会の裏で中毒になった人が膨大にいて生活破綻を引き起こしているのだが、別に大したことではないと誰もが関心すら持たない。本当に、かつてのタバコとそっくりだ。

だとすれば、ゲームもタバコと同じように社会に有害だと認識されて規制される日が来るのだろうか? 業界は莫大な損害賠償を支払わなければならない日が来るのだろうか?

いずれ、ゲームが有害視されて規制が必要だという動きが怒濤のように起きるはずだ。ゲームで廃人になる人間が社会問題になってから、そうなっていく。



VRも進化して、映像への没入感はさらに深まる。こうした没入感と映像の世界観に引き込まれると、いずれは「引き返せない」人が続出するだろう。多くの問題が起きそうだ。

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