2016-02-29

身銭を切って本を読むことで、そうしない人より有利に立つ


2015年10月から11月に実施した全国大学生活協同組合連合会による大学生の生活実態調査によると、現在の大学生の45.2%が一日の読書時間がゼロだと回答したという。

30分未満の人は10.6%であり、本を読むとしても読み捨てのような読み方をしていることが分かる。2つを合わせると、もう現在の若者の2人に1人は本を読まない社会になっていると言っても過言ではない。

このニュースが報じられたのと同時期に、皮肉なことに芳林堂書店も破産したと報じられた。この芳林堂書店の取次は太洋社だったのだが、この太洋社もまた2016年2月5日に自主廃業に追い込まれていた。

出版業界はいよいよ、どん詰まりの局面に追い込まれている。もう社会が変わり、現在は「長い文章を読む」という習慣が失われつつある。重要な習慣が日本人から消えつつある。

しかし、これは逆に言えば身銭を切って本を読むことで、そうしない人より有利に立つ大きなチャンスが到来しているということでもある。

本をしっかり読んでいる大学生は、他の大学生が本を読まなくなったというニュースを聞いて喜んでいるはずだ。重要なことを誰もしなくなっているのだから、自分だけそれをしていれば、それだけで有利になるのは自明の理だからだ。


読書の本質は、目的を手に入れるための「近道」


本を読むというのがなぜ人間にとって重要なのかというと、それによって自分にはない価値感を体系的に知ることができることや、自分にはない考え方を知ることができるからだ。

そして、先人の人生や哲学を読書によって追体験することによって、自分自身の生き方を変えたり、正しい方向に定めたりすることができる。

つまり、読書は強力な人生の指針となる。

読書の本質は、目的を手に入れるための「近道」である。本を読むことによって、その世界の奥義を試行錯誤することなく手に入れることができる。

経営者になりたい人は、名経営者だった人の伝記を読むことが多い。

たとえば、松下幸之助の伝記や記録や言行録は多くの経営者に読まれ、サムスンやハイアールの創始者も全集を揃えて、数年も籠もって読んだと言われている。

現在では、松下幸之助だけでなく、京セラの稲盛和夫氏の書籍を繰り返し読む経営者も多い。

なぜ、経営者になりたい人は過去の著名経営者の全集を買い集めて読むのか。それは、成功への「近道」が、そこに詰まっているからだ。

書籍は、流れては消えて行くインターネットのノイズのような情報とはまったく違った性質だ。書籍の中に成功を手に入れるための知恵と「近道」がある。

人々が聖書のような宗教書を繰り返し読むのは、そこに癒やしや正しい生き方をするための「近道」が詰まっていると人々が信じているからだ。

人々が小説を読むのは、他人の人生が小説のなかで表現されていて、その人生で何が得られて何を失うかという人生の帰結が詰まっているからだ。

多くの書籍には、自分が知らない世界が描かれている。その世界にいればどのような人生になり、どのような結果になるのかを経験しなくても知ることができる。

まさに人生の「近道」がそこにある。

書籍をじっくり読むことによって、他人の人生の中から合理的に生きる方法を知り、それによって長いようで短い人生で大きく間違わないで生きることができる。

つまり、無益な試行錯誤を繰り返さなくてすむ。人生のいろんな「近道」が書籍によって提示されているのに、それをいっさい触れないのだから、書籍を読まないというのは効率が悪すぎる生き方になる。

必要なものにきちんと金を出せるかが重要になる


書籍は買わなければならない。金を支払う必要がある。身銭を切ったら、おのずと読んだ内容を身につけようとする真剣さが生まれる。

書籍で得た知識が自分の血となり肉となって身につきやすいのは、やはり大切な金を払って対象に向き合おうとする真剣さがあるからである。

誰でも金が絡むと人間は真剣さの度合いが違って来る。だから、重要なものは、基本的に「買うもの」として認識しなければならない。

金を支払うことによって対象に真剣になれるのだから、知識も金を払って然るべきだ。

タイでは賭けボクシングが盛んだが、金を賭けることによって戦っている人間たちよりも、応援している人間たちの方が熱くなっている。思い入れも、真剣さも違っている。

株式では、自分が金を出して手に入れた銘柄は、重大な関心を持って見守る。いろんな情報をその都度、自分の銘柄の影響度として考える。思い入れも、真剣さも違っている。

テレビでやっている映画は適当に見ている人でも、自分で金を払って見に行った映画は、食い入るように、真剣に観ているはずだ。当然、思い入れも、真剣さも違っている。

金は誰にとっても重要なものだ。だから、その重要なものを支払うことによって、思い入れも、真剣さも、まったく違って来る。

逆にいえば、今はどんなに貧しくても、書籍という必要なものに、きちんと金を出して読めるかどうかが、自分の人生の分岐点になっていく。

今でも書籍は知恵の宝庫だ。だから、書籍は借りたり拾ったりして読む物ではない。きちんと新品の書籍を金を出して、買って読まなければならない。

大事なものには身銭を切るべきだ。

書籍はいろいろな重要な情報を私たちに教えてくれる


書籍はいろいろな重要な情報を私たちに教えてくれる。

それに金を出して買うことで、私たちは真剣にそれに向き合うことができる。

自分の共鳴するものについては、繰り返し何度も何度も読み返して自分のものにしていける。人生を変えるような哲学や生き方に出会うこともある。

目の前に書籍という「人類の宝」があるのに、それを読まないというのは、あまりにももったいない。

しかし、他人が書籍を読まなくなったというのは別に嘆かなくてもいい。

すでに大学生の2人に1人は書籍を読まなくなっているのだとすれば、自分がしっかりと書籍を読んで大事なものを身につけていけば、それだけで大学生の半分よりも自分が有利な地点に立ったということを意味するからだ。

大学生だけでなく、学校を卒業した人々の半分以上は書籍から遠ざかって何も読まなくなる。

そんな中でひとりだけじっくりと書籍を読むというのは、他人よりも生き方に対する柔軟な発想や知恵を手に入れることができるということだ。

もちろん、書籍をじっくり読んだからと言って、それだけで成功した生き方ができるわけではない。

しかし、何が成功して何が失敗するのかという合理性や、何が正しくて何が間違っているのかという社会性が「判断できる」ようになる。自分なりの一貫した生き方を手に入れることができるのだ。

大量の情報が怒濤のごとく流れ込み、ノイズにまみれ、ノイズに踊らされて支離滅裂に生きる人々が増えている。あまりの大量情報の中で、自分さえ見失ってしまう。

しかし、気に入った書籍があり、何度もそこに立ち返ることができる人は、どんなノイズにまみれても、基本的な部分で首尾一貫して生きていられる。

それは、それだけで素晴らしいことだ。



気に入った書籍があり、何度もそこに立ち返ることができる人は、どんなノイズにまみれても、基本的な部分で首尾一貫して生きていられる。

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