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2016-02-21

収奪の社会になっていても、自分の分け前を手に入れるべき

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資本主義は、呼び名こそ資本主義だが、いつの間にかそれが昔と違うものになったということに気付いている人はあまりいない。

グローバル経済は資本主義を進化させた。より企業を効率化させる方向に進化させていき、その過程で「利益の最大化」をとことん追求するようになっていった。

「利益を最大化」させるためには、単純に言えば「売上を上げる」という方法と「コストを削減する」という方法がある。しかし、全世界の企業が競争相手になって襲いかかってくる中で、売上を劇的に上げていくのは難しい。

もちろん「売上の拡大」も追求されるのだが、最も取り組みやすいのは、「コストの削減」である。コストの大半は人件費が占める企業が大半なのだから、それを追求するというのは、すなわち人員削減を追求するということになる。

そうやって「利益を最大化」されていった結果、誰がその利益を手に入れるのかを、よく考えなければならない。それは経営者であり、株主である。

かくして彼らが凄まじく富み、従業員は賃金削減やリストラが渦巻く世界が出現した。

資本主義は利益の追求を極大化した結果、変質して大多数を不幸のどん底に突き落とし、一部の人間だけが富むシステムへと変貌した。


追い詰められた企業は、従業員を切り捨てる


弱肉強食化した資本主義に最も適応したのは、企業という組織体である。

現在の企業の目的は従業員の人生の面倒を見ることではない。激しい競争の渦巻く世界で競争に打ち勝って、利益を出すことである。従業員よりも、利益が重要なのだ。

当たり前のことだが、利益が出せないのであれば企業は存続できない。利益があってこそ、従業員が雇える。

利益を出せないどころか、赤字を積み上げる状況になってしまえば、追い詰められた企業は、遅かれ早かれ従業員を切り捨てなければならなくなる。

それができない経営者は株主から無能だと見なされて、経営者自身がクビを切られることになる。

日本では企業は従業員のものか、株主のものかという馬鹿げた論争があった。企業は株主から金を出してもらって運営されているのだから、企業は明確に株主のものだ。

その株主は、常に利益を出すことを求めている。経営者はそれに応えるのが重要な使命であり、そのためには従業員の人生がどうなろうとリストラせざるを得なくなる。

終身雇用時代には、「窓際族」や「社内失業」というものがあった。それは企業が余裕があった頃の仕組みであり、追い詰められた企業にはそんなものは許されない。

日本企業が大量の人員をリストラして放出しているのは、結局のところ、日本企業がすでに余裕を失っているという証拠でもある。

終身雇用の時代は、日本企業と従業員は一心同体でもあった。従業員は一生その会社に面倒を見てもらうことになるので、自分の会社は「うちの会社」でもあった。

しかし、もはや企業は従業員を社員として雇うのではなく、単なる業務をこなす労働者として位置づけている。

そのため、従業員は要らなくなったらいつでも使い捨てできる派遣労働者として雇う。だから従業員にとっては、もう「うちの会社」ではない。



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