2016-01-14

国も企業も家族も、誰も守ってくれない中で生き残るために


今、全世界で起きている経済的混乱は別に難しい話ではない。グローバル経済は「中国の成長」をアテにして伸びてきた。それが頓挫したので成長エンジンが消えた。それだけのことだ。

中国は先進国から技術もカネも与えられて成長してきたが、いかんせん国家も人民も民度が低すぎたので、極端な拝金主義になり、賄賂社会になり、汚染大国となり、情報封鎖国となり、弾圧国家となった。

つまり先進国になれない国であることが判明した。中国の時代は終わった。中国の時代など来ない。中国は自滅していく国家となった。

問題は、グローバル経済があまりにも中国にのめり込み過ぎたので、中国が自滅するとグローバル社会も巻き込まれていくことだ。中国と一緒にグローバル経済も混乱し、経済収縮に見舞われていく。

中国が資源の「がぶ飲み」ができなくなったことでエネルギー価格も下落し、産油国も追い詰められて保有していた株式を大量に放出するようになり、株式市場も連日の暴落で大混乱をきたしている。

こうした状況は長期に渡って実体経済を悪化させる。これから起きるのは、さらなるリストラの嵐と、雇用の縮小と、非正規労働の拡大と、給料の削減だ。格差の拡大とワーキングプアの問題はこれからが本番なのだ。


このままでは間違いなく、じり貧になってしまう


日本も経済的な混乱に巻き込まれる。さらに雇用は厳しくなり、多くの人々が追い込まれていく。

グローバル経済の成長エンジンが止まって混乱するのだから、日本だけが何事もなく経済成長すると考える方がどうかしている。世界の混乱はすぐに日本の実体経済を直撃する。

私たちは、自分の生活を守らなければならない。

日本企業はもう終身雇用も年功序列も維持できなくなったが、それでも日本企業は従業員のことをよく考えている方だ。しかし、これから会社の存続が不可能になると、結局は守ろうとした従業員も守れなくなってしまう。

これが意味するところは、もうサラリーマンという生き方自体が「終わっている」ということである。サラリーマンを長く続ければ続けるほど状況は悪くなる。

このままでは間違いなく、じり貧になってしまう。食べて行けなくなって借金をしたり、犯罪の誘惑に駆られたりする人も続出する。

もう労働の価値は下がっているので、働いても働いても報われない時代になっているのだ。生活に窮すれば、誰でも自暴自棄になっていく。じり貧になるというのは、そういうことだ。

時代が進めば進むほど、私たちは頼りになる大樹を失い、「寄らば大樹の陰」の生き方が難しくなっているのに気が付いている人もいるかもしれない。

かつては「国」が私たちを守ってくれていた。次に「企業」が私たちを守ってくれていた。次に「家族」が私たちを守ってくれていた。

しかし、今や国も企業も家族も信じられないほど脆弱な存在になった。もう、誰も私たちを守ってくれない。国も、企業も、家族も、セーフティーネットにならない。

これから私たちが生き残るには、「今まで以上に注意して生きる」ことがより重要になるのは言うまでもない。

シンプルに生きるというのがこれからの基本だ


ところで、「注意して生きる」とは具体的にどのように生きることなのか。難しく考えるほどでもない。生活を質素にして、浪費を避け、手を広げていたものを絞る。

「生活を質素にする」とは、別の言い方をすると「生活をシンプルにする」ということだ。「浪費をしない」というのも、同じく「生活をシンプルにする」ということだ。

そして「手を広げていたものを絞る」というのも、やはり生活をシンプルにするということだ。

シンプルに生きるというのがこれからの基本なのだ。自分の生活と人生をより単純にしていく。これからの時代、できるだけシンプルに生きるのは当然のことだ。

見栄や体裁を気にしたところで仕方がない。きちんと生活防衛ができていないといけない。(貧困化する社会、できて当たり前の生活防衛「30のリスト」

シンプルに生きるというのは、面白くもおかしくもなく、昔から言われている当たり前のことでもある。

シンプルに生きるというのは、原則中の原則である。どんなに時代が変わっても原則が変わることはない。時代が変われば通用しなくなるのは原則ではない。いつの時代でも通用するのが原則である。

「シンプルに生きる」というのは、そういう意味で、「生きるためには呼吸しなければならない」と言うのと同じくらい当たり前の原則だ。

1000年前、2000年前からそれは変わらない。原則とはそういうものだ。

こういった基本がないがしろにされやすいのは、生活をシンプルにすることで節約できる金額は少なく、すぐに目に見えた効果が出てくるわけではないからだ。

毎日毎日、10円やら100円を節約したところで、何か意味があるように思えない人は多い。

しかし、シンプルに生きるという生き方が身につくということは、収入が増えても舞い上がらず、収入が減っても淡々と生きる「平常心」が身につくということでもある。

社会が殺伐としていく中で必要なものとは?


これが、悪い方向に加速をつけながら転がり落ちる時代には、シンプルであることは基本的な精神だ。収入の多い少ないで舞い上がったり絶望したりしていたら、激変の時代に生き残ることなどできない。

こういった原則を踏まえた上で、さらに重要なのは、生き残るための「知恵」を身につけるということである。間違えてはいけないのは、「学歴や資格」が重要になるのではないということだ。

社会が悪くなればなるほど、学歴や資格は役に立たなくなり、逆にしたたかな世渡りの「知恵」が必要になっていくる。

なぜなのか。社会がどんどん悪くなると、少ないパイに多くの人が群がっていくからだ。そうすると、生半可な学歴や資格を持っていても、大半があぶれてしまう。

不況になれば、大学を出てタクシーの運転手、資格を持っているのにコンビニでアルバイトが当たり前の時代になる。

それと同時に、必然的にまわりの人間を蹴落としたり、騙し討ちにしたり、カモにしたりする悪辣な人間が山ほど出てくるようになり、真面目な人が騙されるような無法の時代になる。

そんな世の中では、学歴や資格を手に入れるというよりも、生き残るために重要な「知恵」を増やす方が先だ。陳腐化した学歴や、誰でも持っている資格など手に入れても意味がない。

学歴や資格を手に入れようとすること自体が、食い物にされる時代になっている。(大学全入時代という言葉に洗脳され、奨学金で奴隷化される

世の中の仕組みを探る。世の中の原則を知る。叩きのめされないように知識を得る。ワナに落ちないように直感が働くようにする。まともに生きられる知恵を身につける。

世の中をうまく生きていくためには、不況をサバイバルするための「知恵」を手に入れなくてはならない。

シンプルに生きるだけでも充分にやっていけるが、そこに時代を生き残る「知恵」が加わったら、それ自体がひとつの財産になる。

社会が殺伐としていく中で必要なのは、学歴や資格ではなく、世の中を渡る「知恵」の方であるというのは分かるはずだ。この流れは始まったばかりである。



社会がどんどん悪くなると、少ないパイに多くの人が群がっていくからだ。そうすると、生半可な学歴や資格を持っていても、大半があぶれてしまう。

お願い

ダークネスの本文を他サイト(キュレーションメディア、まとめサイト、個人サイトすべて)へ転載する行為は、いかなる理由があっても固くお断りします。