2016-01-08

人間を使い捨てする社会でサバイバルしなければならない


「誰でもできる仕事」をしていると、どんどん貧しくなっていく。それは、企業がグローバル化して「もっと安く働いてくれる人」を容易に見つけることができるようになったからだ。

かつては「安く働いてくれる人」を見つけるのは至難の業だったが、今はそうでもない。

グローバル化すると、企業は自ら賃金の安い途上国に行くこともできる。あるいは、途上国の人が自分から先進国に入って安く働く。

同じ仕事をするのに、「安い給料で働いていも良い」という人が他にいるのであれば、企業は必ず人を置き換える。そうすればコストが下がり、利益が上がるからだ。

「誰でもできる仕事」というのは、真っ先に安い賃金の人に置き換えられるのだから、そんな仕事を続けていればいるほど、賃金は引き下げられていく。

グローバル化していくというのは、そんな仕事の賃金が極限を超えて下がっていくということなのだ。月20万円もらわないと生活できないと日本人が思っても、外国人労働者が月10万円で働くと言えば、給料は10万円の方に収斂していく。

ここにワーキングプアを生み出す根源的な理由がある。


「誰でもできる仕事」がコモディティ化している


グローバル化は、「誰でもできる仕事」を急激にコモディティ化していった。

ここでコモディティの性質と特徴を、もう一度よく考える必要がある。コモディティというのは「日用品」のことを指すが、日用品はその多くが「使い捨て」である。

「使い捨て」するのであれば、安いに越したことはないので、誰もが安さを求める。

たとえば、100円ショップで売っているようなボールペンやハサミやプラスチック容器などは、使えれば何でもいいので誰もメーカーも原産地も気にしない。

100円ショップで買ったプラスチック容器のメーカーなど、誰も知らないのが普通だ。どこのメーカーのものを買っても同じだし、代替可能だから気にする必要もない。

そして、すぐ壊れても「使い捨て」してまた買い直せばいいと思う。また、多少品質が悪くてもどうせ「使い捨て」なのだからそれはそれで割り切ろうと思う。どうせ、それはどこにでも売っているものだ。

そうであれば、コモディティは安ければ安いほどいいということになる。最初から「使い捨て」にするつもりであれば、それを高価格で買うという発想にはならない。

「誰でもできる仕事」がコモディティ化しているということは、企業にとっては、「それに関わる人間」を使い捨てにできるということでもある。

「それに関わる人=コモディティ」なのである。

だから、「誰でもできる仕事」に関わると、賃金が下げられたあげくに「使い捨て」されてしまう。人間が日用品を使い捨てするように、企業も「誰でもできる仕事」をする人間を日用品のように使い捨てする。

すべてのコモディティは、安物の使い捨てと化す


他の人で代替可能な仕事をしている人は、コモディティ化した人であると言える。

人間をコモディティ(日用品)と同列にするのは、よくよく考えれば冷徹な発想だが、企業は人間を「人材」と言って材料のように扱っているのだから、明らかに冷徹な発想で人間を扱っている。

人材というのは取り替え可能な人間を指す。だから企業は、材料を取り替えるように人材も取り替えるのだ。

使い捨てと言えば、レジを打つ仕事や、ウエイトレスや、受付嬢のような仕事を思い浮かべるかもしれない。しかし、現代の「コモディティ化した仕事」というのはそれだけではない。

たとえば、会計士や税理士のように一見専門職に見える仕事も「コモディティ化した仕事」である。あまりにもその資格を取る人が多すぎて、「他の人でも代用できる」という仕事になってしまっているからだ。

大量に資格保持者がいて、それが大きな価値を持たなくなっていると、資格を取っても食べていけない。資格がコモディティ化しているからだ。自分だけは専門職と思っても、社会から見ると専門職ではなくなってしまっている。

これは学歴にも言える。

大学卒業という学歴は大学に行く人が少なかった時代では意味があるものだったが、大学全入時代になるとそれはコモディティ化してありがたくも何ともなくなった。

コモディティ化したものに大金をかけていると、投じた資金を取り返せず、結局は不幸なことになってしまう。(大学全入時代という言葉に洗脳され、奨学金で奴隷化される

コモディティ化したものは、買い叩かれて最低賃金にまで落とされるのだ。そこに例外はない。すべてのコモディティは、安物の使い捨てと化す。

コモディティ化しているところから抜け出せ


「資格はないよりあった方がいい」と言われる。しかし、それが真実とは限らない。その資格がコモディティ化していたら費用対効果が得られない。

苦労して取ったその資格がコモディティ化していると、かけた労力と金額と時間が無駄になってしまう。

資格が重要なのではなく、それによって自分がコモディティ化から抜け出せるかどうかが重要なのである。自分がコモディティ化するのは何としてでも避けなければならない。

たとえば、自分のやっていることが、「他のみんなもやっている」ものであり、なおかつ「誰でもできる」ものであれば、それはコモディティ化していることの証拠でもある。

コモディティ化しているところで生きていると、必ず買い叩かれてワーキングプア化してしまう。

逆に、「自分でなければできないこと」「自分独自の専門性を持っていること」「自分がいなければ回らないこと」を持っている人は今の時代に強い人でもある。

コモディティ分野に生きていても、そこに独自の手法や知識や経験や個性を付け足して、特別なものを持つ人になれば、コモディティ化から脱することができる。

それが時代に合致してれば、ワーキングプア化からも抜け出すことが可能になる。

時代が求めていて、なおかつ他と違って、他の人では代用できず、他の人が持っていない深い知識・才能・能力・経験を身につけることに成功したら、自由自在に生きていける。

もちろん、それは言うほど簡単なことではない。

深い知識を手に入れるにも時間がかかる。才能も長い時間をかけて磨かなければならない。経験を積むにも長い時間を要する。

しかし、それができればこれからの時代に個人で生き残ることが可能になる。果たしてあなたは、自分がコモディティ化から脱する武器を持っているだろうか?



深い知識を手に入れるにも時間がかかる。才能も長い時間をかけて磨かなければならない。経験を積むにも長い時間を要する。しかし、それができればこれからの時代に個人で生き残ることが可能になる。

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