2016-01-01

「会社に勤める」というのは貧困に落ちる危険な行為になる


1990年代はバブル崩壊の余波に揺れた10年であり、この時代、凄まじい就職氷河期が生まれていた。しかし、社会全体はまだ余裕があったので、仕事が見付からずに貧困に落ちる人たちの姿はあまり目立たなかった。

むしろ、1990年代に問題になっていたのは過大な借金に押しつぶされて自殺していく人たちの姿だった。自殺者は年間3万人を超えていき、その異様さは世界でも際立っていた。

自殺者の多くは経済苦から来ていたのだが、1990年代に生きている人々はまだ若干の希望は持っていた。バブルは確かに崩壊したが、いずれまた日本は経済大国として「陽が昇る」と考えていたのである。

日本経済は華々しく復活すると断言する経済評論家もたくさんいた。しかし、彼らは時代が変わったことが見えていなかった。日本は2000年に入っても陽が昇らなかった。むしろ国力は落ちていく一方になっていた。

2000年に入ってからは、若年層の貧困が問題になった。この若年層の貧困は、製造企業が若年層を派遣労働で雇うようになってから生まれた現象だ。

派遣は使い捨ての労働形態である。これによって企業は売上や需給に応じて労働者を好きなときに切り捨てることができるようになったのである。


好きな期間だけ雇って、あとは使い捨てにする


しかし、この雇用形態は警戒されるどころか、むしろ嬉々として受け入れられた。

それは「ハケン」「フリーター」という、いかにも時代の最先端のようなカタカナがあてがわれ、当初マスコミは「新しい働き方」と囃し立てていたからだ。

なぜこれが「新しい働き方」と言われたのかというと、「好きな時間、好きな期間だけ働けて、あとは趣味や自分探しの時間に使える」と喧伝されたからである。

確かに働く側から見るとそうかもしれない。しかし、物事には別の側面もある。雇用は常に「雇う側」に主導権があるので、労働条件は企業側から見なければならない。

企業側から見た「ハケン」「フリーター」というのは、企業が「好きな時間、好きな期間だけ雇って、あとは使い捨てにする」という意味なのである。

果たして2005年前後から急激に問題になっていったのは、若年層の貧困と格差だった。若年層は正社員で働こうと思っても働けなくなっていた。

若年層は、企業が求める期間だけ雇用され、あとは使い捨てにされるようになったのだ。これでは安定した収入が得られるわけもなく、将来設計も立てられるはずがない。

最初は若年層の中でも、学歴のない若者や高学歴でも働くよりも趣味を優先していた若者が窮地に追い込まれていたので、人々は彼らの苦境を「自己責任」「負け犬」と捉えた。

同時に正社員という身分でいる人たちは自分たちを「勝ち組」であると定義した。しかし、正社員は勝ち組であるという意識は次の社会的激震で吹き飛んでしまうことになった。

何があったのか。それは、2008年9月15日に起きたリーマン・ショックによる大不況である。

グローバル経済は崩壊寸前になり、多くの企業がこの大きな波に飲み込まれていった。不況はアメリカ発だったが、日本はアメリカ以上の苦境に追い込まれていくのである。

疲弊した日本企業はさらに追い込まれていった


2008年9月15日のリーマン・ショックはグローバル化した国際社会に襲いかかった凄まじい金融収縮だった。サブプライムローンに過大なリスクを賭けていた欧米の金融機関は次々と窮地に陥り、金が回らなくなり、実体経済も急激に縮小した。

不動産価格も株価も大暴落し、売上も利益も激減、これによって欧米の企業では激しいリストラが吹き荒れていくことになった。

この衝撃的な経済の激震は一瞬にして日本をも飲み込み、日本企業も軒並み売上を落としていくことになる。日本の株式市場も欧米と共に暴落して立ち直れなかった。

この混乱の中で、2009年になると日本人はさらに最悪の選択をすることになる。

マスコミはこの大混乱の中で「民主党に政権を取らせなければならない」と凄まじい勢いで世論操作をして、日本人はマスコミに乗せられて、2009年9月に民主党政権を樹立させてしまうのである。

民主党政権は政治的素人集団であり、売国政治家の集団だった。そのため、彼らは日本企業の力を削ぐために故意に円高を放置して日本企業の国際的競争力を喪失させた。

さらに売国評論家たちが「円は50円になる、10円になる」と煽り立ててマスコミも円高が素晴らしいかのようにそれを取り上げて日本人を混乱させた。

そこに2011年3月11日には東日本大震災が襲いかかり、すでに経済的に疲弊した日本企業はさらに追い込まれていく。

民主党政権は何もできない、何もしない政治集団だったので、追い込まれた日本企業は、いよいよリストラをするしか手がなくなった。

正社員が「勝ち組」という時代もここに終わった。

一流企業の正社員であっても、自分の会社が傾くと片っ端からリストラされて路頭に迷う時代がやってきたのだ。一流企業に入れば安泰という時代は終わった。

「会社に雇われて働く」というのはどういうことか


「真面目に働くことによって明るい未来が拓く」という今までの資本主義の基幹を為していた牧歌的な時代は、グローバル化が進めば進むほど過去のものになりつつある。

現代の資本主義は、全世界を巻き込んだ凄まじい競争を強いる弱肉強食の資本主義である。企業は競争に打ち勝つために、素早く巨大化し、素早く時代に対応し、利益を極大化させることが望まれている。

利益を極大化させるためには、余計なコストがかかる雇用を必要最小限にするのが手っ取り早い。人間を雇うというのは、企業から見ると凄まじいコストなのである。

年500万円の人間を20年雇用したら、その1人だけで1億円のコストがかかる。実際にはこれに福利厚生から事務所代から雑費等含めて、かなりの出費がある。

単純に言えば、人は雇わなければ雇わないほどコストは削減される。そのために企業は、ありとあらゆる方法で雇用を削減する方法を考え出す。

それが派遣雇用の拡充であったり、アウトソーシングであったり、途上国の工場移転であったり、IT化であったり、ロボット化であったり、人工知能であったりする。

現在はそうした「雇用を排除する動き」が同時並行で行われ、加速している時代である。

これがさらに進んでいくのが2016年以降の動きだ。「働いても働いても豊かになれない」というワーキングプア層が社会の大半を占めるほどの苛烈な社会になっていくのだ。

今起きているこの大きな動きに私たちはひとり残らず飲み込まれていることに注意しなければならない。2016年以降、この流れが変わるというのはあり得ない。

「会社に雇われて働く」というのは、ワーキングプアになるというのと同義語になる。

まだ多くの人は半信半疑かもしれないが、よほどのエリートでない限り、「会社に勤める」というのは貧困に落ちる危険な行為になりつつあるのだ。



まだ多くの人は半信半疑かもしれないが、よほどのエリートでない限り、「会社に勤める」というのは貧困に落ちる危険な行為になる。「会社に雇われて働く」というのは、「ワーキングプアになる」というのと同義語になる。

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