2015-12-10

ザルカウィの呪い。それは憎悪と暴力が渦巻く世界を生み出す


「メキシコ人は、ドラッグや犯罪をアメリカに持ち込む。彼らはレイプ犯だ」

そのように叫んだのはドナルド・トランプ大統領候補だった。この発言は人種差別だと問題視されたが、逆に「それは真実ではないか」とトランプ支持者は開き直った。

さらに2015年11月13日のフランス同時多発テロがISISの影響下にあるテロであることが明るみに出ると、「モスクを閉鎖すべき」「アメリカ国内のイスラム教徒は全員登録させてデータベース化する」と言い出して、トランプはまたもや人種差別主義者だと酷評された。

ところが、彼の支持層は逆にトランプの対抗馬を「お前たちはテロリストの味方をしているのか?」と非難した。これに勢いに乗ったトランプは、さらにこのようにも言った。

「当局が事態を把握するまでの当面の間、すべてのイスラム教徒のアメリカ入国を拒否すべきだ」

彼の演説を聴いていた人々は、スタンディング・オベイションでこの発言を迎えたという。ドナルド・トランプが大統領になれると思っている人は少ないのだが、だからこの男には影響力がないというわけではない。逆だ。


いつ自分や家族が犠牲になるのか分からない不安感


今やトランプは、マスコミを通じてアメリカ人が今まで隠してきた本音の部分をズケズケと発言する「扇動家」として猛烈な影響力を持つようになっている。

なぜトランプはこのような発言をしているのか。

それは、言うまでもなくアメリカが「暴力の時代」に入っており、アメリカ人自身がそれを強く感じ取っているからだ。

アメリカは今、銃乱射事件が日常化している。そして、誰もが「いつ自分が乱射事件に巻き込まれるか分からない」と心の奥底で思うようになっている。

学校や職場や病院や教会やショッピングモールや娯楽施設で、突如として銃の乱射が起きて、人々がそれに巻き込まれて傷ついていく。

アメリカでは理不尽な暴力が日常になり、いつ自分や家族が犠牲になるのか分からない暴力社会になってしまっている。

だからアメリカ人に強い防衛本能が働くようになり、銃を乱射しかねない危険で凶悪なグループに対して強い警戒心が生まれるようになっているのだ。

その危険なグループとは誰を指しているのか。

それは、アメリカに潜り込んでドラッグを持ち込むメキシコ系ギャングであったり、中東の狂気のテロ集団に影響されたイスラム教徒であるとアメリカ人は考える。

2015年12月2日にISIS(イスラム国)の影響を受けたアメリカ国内のイスラム系市民の銃乱射事件が起きて、アメリカ人の不安は的中した恰好になっている。(サンバーナディーノ銃乱射。暴力は伝染病と同じで蔓延する

そんな空気の中で、ドナルド・トランプは「こうした人々をアメリカに入れるな」と叫び、警戒心と不安感を強く持つようになった一部のアメリカ人がそれを支持するようになっているのである。現在、トランプの支持率は36%を記録している。

全世界で広がるイスラム嫌悪がアメリカにも上陸


ISISはイスラム教徒の暴力集団であり、イスラムの名の下で超過激暴力を展開している。こうした狂気のテロリスト集団が全世界に影響を与えるようになっており、国際社会を「暴力」で揺るがしている。

斬首、虐殺、レイプ、性奴隷……。実際、ISISのやっていることはまともなものではない。(斬首。レイプ。血と暴力でイラクを制圧する異常な暴力国家

ISISは壊滅しなければならない人類史上最悪の暴力テロ組織だが、この組織は壊滅するどころか、ヨーロッパ、ロシア、トルコ、アメリカと、全世界を巻き込みながら、暴力の渦を拡散させている。

そのため、「大多数のイスラム教徒は穏健派である」と言われても、どうしてもイスラム教徒のイメージは悪化するのは避けられない。

そこに、パリの同時多発テロや12月2日のサンバーナディーノ銃乱射事件によって、アメリカでもイスラム嫌悪が大きく広がっていくことになっていった。

実際、イスラム憎悪の犯罪も目に付くようになっている。

ニューヨークではイスラム教徒の経営する個人ショップが襲われ、店主が殴る蹴るの暴行を受けた。犯人は「俺はイスラム教徒を殺したい」と吐き捨てていた。

ヒジャブをつけたイスラム女性がツバを吐きかけられ、フィラデルフィアのモスク(イスラム寺院)に豚の生首が投げ込まれるような事件も起きている。

人々は苛立っている。その苛立ちをドナルド・トランプがすくい上げて、分かりやすい言葉にして発散しているのである。

ヨーロッパの方は、各国でイスラム嫌悪がかつてないほど激しい勢いで広がっているが、その流れがアメリカにも上陸したような恰好になっている。

オバマ大統領は「アメリカとイスラム社会の対立にしてはならない」と訴えているが、そのオバマ大統領は相変わらず「弱腰」だと批判され、ドナルド・トランプの声に掻き消されてしまっている状況だ。

アブ・ムサブ・ザルカウィが望んでいた世界


欧米とイスラムとの対立と衝突は、年々悪い方向に向かっている。対立が生まれると互いに互いを憎悪し合うので、底辺では憎悪犯罪が確実に積み重なっていき、それがさらなる憎悪を生み出すようになっている。

これは想定外のことだったのだろうか。いや、実はそうなるように戦略を立てていた男がいたのだ。

アブ・ムサブ・ザルカウィである。

ISISのような暴力組織は、わざとテロを国外に拡散することによって、穏健なイスラム教徒が襲撃されるようにしている。

穏健なイスラム教徒も、自分たちが襲撃されるとなると正当防衛のために戦わざるを得ない。戦うと自分も敵も傷つけることになり、さらに憎悪が拡大していく。

穏健派を戦わせるのは、イスラム過激派の戦略であると言ってもいい。この戦略は、現在のISISの前身だったアブ・ムサブ・ザルカウィの「イラクの聖戦アルカイダ組織」の基本戦略でもあったのだ。

イラクで次々と米軍相手のテロを仕掛け、米軍がイラク国民を戦闘で巻き添えにすればするほど、イラクの穏健なイスラム教徒たちも反米に燃え上がるようになっていった。

穏健派をアメリカ軍に傷つけさせて、アメリカ軍を憎むように仕向けてイスラム全体をアメリカに立ち向かわせるというのが過激派テロリストであったザルカウィのやり方だった。

このザルカウィの暴力を受け継いだISISもまたその戦略を推し進めている。市民を巻き込んだテロも、敵対者の斬首も、すべてザルカウィがしていたものだ。

ISISは全世界のイスラム教徒に「憤怒の中で自決しろ!」とテロを煽り立てている。そして、テロが起きると今度はドナルド・トランプのような扇動者が「イスラム教徒の入国を拒否しろ」と煽り立てる。

このように、憎悪が飛び交い、暴力が渦巻くのをザルカウィは望んでいた。それが結実しつつある。

そのため、欧米のイスラム憎悪は、今後はさらに深いものになっていったとしても不思議ではない。憎悪は消し去るのは難しいが、エスカレートするのは簡単だからである。

アブ・ムサブ・ザルカウィは2006年6月7日に死亡しているが、ザルカウィの呪いは残された。世界がこのような状況になって、今ごろ墓場で哄笑していることだろう。



アブ・ムサブ・ザルカウィ。憎悪が飛び交い、暴力が渦巻くのをザルカウィは望んでいた。それが結実しつつある。

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