2015-09-11

人工知能が人間に答えを与え、仕事を奪い、殺人をする時代


欧米ではすべての新聞社がインターネットの無料サイトに読者を奪われて、紙媒体の廃止や身売りを行って規模を縮小させている。名門であっても生き残れない。

しかし、それでも記事は「誰か」が書かなければならない。インターネット時代になっても、記者の需要はむしろ増えるはずだという意見も一部にはあった。

ところがここ数年「もう記者もいらなくなるのではないか」という意見が支配的になってきている。

こうした悲観的な意見が一気に高まったのは、2014年7月にAP通信が「オートメイテッド・ジャーナリズム」を採用したことであったと言われている。

オートメイテッド・ジャーナリズムとは聞き慣れない言葉だ。日本語で言うと「記事自動作成」というのがニュアンス的に一番近いかもしれない。

AP通信は、企業の決算報告の記事を人間の記者に発注するのではなく、コンピュータのソフトウェアに書かせることにしたのである。

これによって、ルーチン・ワーク的な定型記事は、すべてコンピュータが作成してくれる。

効率は人間の10倍以上にもなると言われており、すでに欧米の人たちが読んでいる記事のいくつかはコンピュータが自動作成したものになっている。


コンピュータは無限に作品を生み続けることができる


定型文的なものであればともかく、「小説」のような人間の感情に訴えるような文章は、決してコンピュータが書けるようになるはずがないという思いは人間側にある。

しかし、すでにコンピュータは「小説」すら書けるようになっているのだ。

小説には「物語構成」がいくつかある。その構成をコンピュータでアルゴリズム化する。そして、インターネットのビッグデータから言葉を抽出して、小説をあっと言う間に制作してしまうという仕組みになっているようだ。

インターネットからデータを持ってきて組み立てるのだから、著作権に抵触するような文章も出てくるのではないかという危惧もある。

しかし、そのあたりも考えられていて、著作権を擦り抜けるための言葉の言い換えのプログラムやアルゴリズムもあるのだという。

こうしたものがどれだけ人間を感動させることができるのかは分からない。しかし、アルゴリズムが洗練されていけば、いずれ人間が書いたものを超えるような小説も生まれてくる可能性がある。

日本ではまだこのようなソフトウェアが走っているという話は聞かないが、いずれどこかの企業が参入して商品化するかもしれない。これは「儲かる分野」である。

こうしたアルゴリズムがいったん定着すれば、コンピュータは無限に作品を生み続けることができるようになる。

そのうち人間の作家が書く以上の作品が世の中に満ち溢れるばかりか、誰でも自分好みの小説を「自分で作って自分で読む」ような時代になっていくのかもしれない。

つまり、記者から小説家まで「物を書く職業」のすべてはコンピュータに淘汰されていく時代に入る。人間の「知能」の分野にコンピュータが忍び寄っているのだ。

高度にプログラム化された「人工知能」が働く


コンピュータが自動的にアルゴリズムに則って文章を作り上げていくという作業は、コンピュータにとっては単にプログラム化された計算処理を行っているだけに過ぎない。

しかし、そのアルゴリズムが高度化すると、まるでコンピュータ自体が「知能」を持っているかのように見える。

最近、スマートフォンの多くが、人間の話し方言葉を理解して答えを返すようになっている。その精度は非常に高く、実用的だ。

もうスマートフォンに話しかけて何か答えをもらうというのは、普通に行われる日常の光景となっている。

もちろん、こうした話しかけに答えるコンピュータも、別にコンピュータが知能を持って答えているわけではない。

スマートフォンに埋め込まれたソフトウェアが、アルゴリズムに則って処理しているだけだ。しかし、高度化するとコンピュータが「知能」を持っているようにしか見えない。

今後、コンピュータのソフトウェアが自動学習するようになって自らが自らを成長させるようになっていくと、いつしかそれは「人工知能」となっていく。

いずれ、店頭の受付、レジ、対応、誘導、注意喚起、セキュリティ・チェック等はこうした「人工知能」が担うようになるのは時間の問題である。

もちろん、こうしたところで働いている人たちの仕事はなくなっていく。(いずれやって来るロボット化の時代が、あなたを無職にする

もうとっくの前に、製造工場ではロボットが文句ひとつ言わずに正確な作業をこなし、倉庫でもやはりロボットが注文された品物を捜して持ってくるような作業をこなしている。

高度にプログラム化された「人工知能」が正確に働き、やがて人間の働く場所は消えていく。

完全な人工知能の開発は人類の終わりをもたらす


すでに私たちは「人工知能」を日常生活の中に取り入れる未来に足を踏み入れており、この流れはどんどん拡大していく。そのうちに車の運転でさえも、人工知能が行う可能性も指摘されている。

航空分野では自動操縦は当たり前のものであり、最近では戦争で使われる無人機もすっかり定着して、アメリカ軍は戦死者をひとりも出さずにテロリストを上空から爆殺することができるようになっている。

イーサン・ホーク主演の映画『ドローン・オブ・ウォー』は、そうした現実を切り取った映画であるとも言われている。

ドローン・オブ・ウォーでは、兵士が淡々と人を殺すことができる現状に苦悩する。では、テロリストを見つけて人を殺す部分までソフトウェアが担うことができるようになれば、どうなるのか。

標的の動きをテロリストかどうかを判定するアルゴリズムが開発され、爆殺するかどうかを決めるプログラムができれば、その瞬間、戦争は人間が行うのではなく、人工知能と無人機が自動的に行うものになっていく。

殺人を自動的に行う技術は、もう人間はいつでも開発できる段階まで来ていて、あとは倫理的な問題をクリアするだけなのである。

ビル・ゲイツやスティーブン・ホーキングは、こうした人工知能の進化に激しく警鐘を鳴らしている。ホーキング博士は次のように述べている。

「われわれがすでに手にしている原始的な人工知能は、極めて有用であることが明らかになっている。だが、完全な人工知能の開発は人類の終わりをもたらす可能性がある」

人工知能が物を書き、人工知能が私たちに答えを与え、人工知能がインターネットの言語空間を支配し、人工知能が交通を支配し、人工知能が殺人をする。

そうした未来に私たちは突き進んでいる。人工知能が、あなたの人生を追い詰める可能性もあるのだ。



ドローン・オブ・ウォーでは、兵士が淡々と人を殺すことができる現状に苦悩する。では、テロリストを見つけて人を殺す部分までソフトウェアが担うことができるようになれば、どうなるのか。



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