2015-02-05

共生という美しい言葉の裏側に隠された危険なワナとは何か


一見、美しい概念に見えるが、絶対に信用してはならない概念というものがある。それは、「共生」というものだ。

共生=共に生きる。

これが実現不可能であることは、誰が考えても分かる。とても美しい言葉なのだが、どう考えてもこれは机上の空論だ。

世の中には、過激派テロリストもいれば、反社会分子もいれば、悪意を持って世の中を混乱させようとするグループもいれば、その国を破壊するために国外から送り込まれた工作員やスパイもいる。

この世が優しくて素晴らしい人ばかりだったら法律はいらない。弁護士も刑務所もいらない。多くの人々が互いに助け合って生きていけるのであれば、社会福祉ですらも必要ないかもしれない。

しかし、現実には、犯罪者が大量にいて、利己主義者も、破壊主義者も、暴力を振るう人間も、騙す人も、殺す人も、国を売る人間も、山ほどいる。

よくよく考えれば、「共生」というのは狭い範囲でしか成り立たない概念なのである。


机上の空論を現実に持ち込んで世の中が大混乱する


政治家が「共生」を謳うということは、その政治家は現実が見えていないとしか言いようがない。

ヨーロッパも、「多文化共生」という一見美しく見える概念を持ち出して、まったく異質な移民を大量に移住させた結果、社会の文化基盤が破壊され、民族間の軋轢、宗教観の軋轢、貧富の差、差別、地域社会の分離が生まれた。

「共生」という言葉は現実的ではないという重要な事実に目をつぶって、机上の空論を現実に持ち込んだ結果、世の中が大混乱し、共生どころか深い反目を生み出している。

「共生」という美しい言葉に騙されて、現実を無視した結果、このような悲惨な状況を生み出していることに気付かなければならない。

そういった意味で、「共生」という言葉を弄ぶ政治家は、社会に混乱を招く元凶になるということを忘れてはならない。それは個人が心がけとして思うものであって、政治家が強制するものではない。

政治家は、きちんと現実を見据えて、国益のためには対立すら辞さない覚悟が必要だ。それができないのであれば、政治家としての資格はない。

どうしても「共生」を訴えたければ、政治家を辞めて宗教家にでもなればいい。

宗教家であれば、「人類みな兄弟」だとか「世界平和の実現」だとか「多文化共生」だとか、できもしないことを叫んでも誰も反対しない。それは理想論だからだ。

しかし、政治家は現実に対応してくれないと困る。グローバル社会では激しく国家の利害が対立し、場合によっては策略や暴力でもって侵略して来ることもある。

侵略者が存在する中で、「共生」などと訴えていたら、国がなくなってしまう。政治家が実現すべきものは「共生」ではない。「国益」だ。

共生できない存在は、世の中にはある


「共生」という言葉を使う政治家は、できもしない空論を掲げて社会を混乱させる思慮の浅い人間である。

あるいは、「共生」という概念を押しつけて、侵略者や犯罪者やテロリストとも共生させようとする「裏の意図」を隠し持つ危険な政治家でもある。

共生できない存在は、世の中にはある。しかし、「共生」を第一に掲げていると、その共生できない存在を否定も排除もできないので、世の中が不必要なまでに混乱する元になる。

テロリストや犯罪者やスパイを排除できない「共生の強制」社会となったら、どんなに危険な社会になるのか、少し想像したらすぐに分かるはずだ。

「いや、そんな人間は最初から排除する」というのであれば、それは「共生」と言う概念と矛盾しているのだから、そもそも最初から「共生」という言葉を使うこと自体が大間違いだ。

「共生社会」は、非常に悪質かつ危険なワナだ。

この概念は政治家が強制することで、社会の癌になる。共生という名の下に、国家を破壊する凶悪な存在を排除できなくするワナだ。

社会を混乱させる危険な存在、いわゆる「危険分子」は、早いうちから発見し、除去しなければならないものだ。しかし、「共生」という概念が押しつけられると、危険分子が排除できなくなり、「共生」に守られて育ってしまう。

言わば、「共生」の押しつけが、テロリスト・犯罪者・危険分子・スパイを野放しにしてしまうのである。社会の癌の増殖を加速させる。

「共生社会」の実現に動く政治家は、恐らくその結末を知っている。しかし、裏の意図を隠し、あたかも善を行っているフリをして社会を破壊する。

あなたは、ゴミと共生したいだろうか?


「共生」という言葉は美しい。個人でそれを否定できる人はいない。否定する必要もない。しかし、政治家が強制することには否定しなければならない。それは問題がありすぎるからだ。

「共生の強制」に問題があることは、恐らく一般社会は見抜けない。アンダーグラウンドにひしめく危険分子の存在を無視して考えるからだ。

だから、逆にテロリスト・犯罪者・危険分子・スパイたちは、自分たちを「排除させない」ために、好んで「共生社会」を訴えるようになるはずだ。

これは、凶悪犯罪者が人権を守れとしゃあしゃあとした顔で言うのと同じ原理だ。

凶悪犯罪者が「人権を守れ」と叫ぶには理由がある。自分が逮捕されたとき、自分の人権を守ってもらうためである。自分は法を破るが、自分の扱いには法を守らせる。

だから、悪質な犯罪者ほど「人権を守れ」と叫ぶ。自分を死刑にするのは人権侵害であると殺人鬼は言うのである。

「共生社会」の押しつけは、似たような社会を生み出す。危険で裏のある人間であればあるほど、喜んで「共生社会を創造しろ」と叫ぶだろう。

「共生社会」が強制されたら、どれだけ傍若無人に振る舞っても「共生」の名のもとに正当化されるからである。テロリスト・犯罪者・危険分子・スパイたちにとって、笑いが止まらないはずだ。

彼らはそれを分かっていて、政治家に「共生社会」を叫ばせている可能性がある。いや、「共生を強制」する政治家自身が危険分子なのかもしれない。

だから、「共生」を意味もなく叫ぶ政治家には気を付けなければならない。ゴミを排除できない家はゴミ屋敷になる。犯罪者を排除できない国は犯罪国家になる。

私たちは空想の世界ではなく、現実の世界で生きている。あなたは、ゴミと共生したいだろうか?





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