2015-01-24

「自分は、彼らではない」と気付いた後、取り組むべきこと


人間は非常に複雑な社会を作り上げ、環境によって考え方や思想を身につける。まったく同じ人生や経験をしている人間はいない。

つまり、自分と同じ「考え方」や、「行動様式」を取る人間は、この世に一人もいない。

似た外見で、同じ環境にいたとしても、まったく同じ人間になるとは限らない。

これは、同じ親に育てられた兄弟でも、明らかに性格が違っていることを見ても分かる。兄弟は、ほぼ同じような環境に育ち、同じ親を持ち、同じものを見て食べて育って来た。しかし、兄弟の性格は違っている。

これは、双子でも同じだ。ほぼ同じ遺伝子を持って生まれた一卵性双生児が、同じ環境で育ったにも関わらず、性格も体質もまったく違うことが珍しくない。それは多くの研究で証明されている。

同じ日に生まれ、同じ環境で育ち、同じ大学に行っても、性格は違い、考え方も違って当然なのだ。人間は、環境を同じにしても、性格や気質まで同じにならないのである。


シャム双生児でさえも、互いに違っていた


これを最も極端に表したのは、シャム双生児だ。

2003年7月、頭部分離手術に失敗して、相次いで死んでしまった姉妹がいる。イラン人の双子ラレ・ビジャニ、ラダン・ビジャニ姉妹だ。

彼女たちは、ふたりは双子であり、かつ頭部が結合したシャム双生児で、静脈を共有し、脳も癒着していたという。

このふたりは双子であり、同じ環境に育ち、同じ時間を共有し、同じものを見て育って来た。

しかし、ふたりの性格は、かなり違っていたという。ラダン・ビジャニの方は陽気で話が好きで、ラレ・ビジャニは控え目で大人しかった。

ふたりは同じ日に生まれ、同じ環境で育ち、同じ大学に行ったにも関わらず、性格は違い、考え方も違っていた。

この2人は自分とは違う相手と分離することを望んだ。癒着しているのが、自分とは違う人格であったのだから、それは当然だったのかもしれない。

それはとても難しく、危険な手術になることがふたりに告げられたが、ふたりの決意は変わらなかった。

そして、2003年7月6日に分離手術が行われたが、まずラダンの方が大量出血で死亡し、次に後を追うようにラレの方も死んでしまった。

分離手術を行わなければふたりは生きていけたが、ふたりは自分と違う人格との分離を望んだ。これは、どんなに環境を同じにして、同じように育てても、気質や性格は決して同じにならないということを意味している。



ラレ・ビジャニ、ラダン・ビジャニ姉妹。ふたりは分離を望んだが……。

自分という存在は、あくまでも自分だけしかない


ラレ・ビジャニ、ラダン・ビジャニの姉妹は別の人格であり、別の理想があった。故に、これから結合したまま生きるのは「死にも劣る」と考えていたという。

自分と似た顔付き、身体付きの人間がいたとしても、それはまったく違う人間であることを、この不幸な結末となってしまったふたりの姉妹は表していた。

兄弟でさえ、一卵性双生児でさえ、あるいはシャム双生児でさえも違うのである。ということは、自分と同じ個性、性格、ライフスタイルを持った人間は、この世にはいないことになる。

自分という存在は、あくまでも自分だけしかない。

自分が経験したこと、考えたこと、感じたことは、まさに自分だけしか知らない。そして、そんな中で自分が作り上げてきた考え方や、反応や、想いや、人生の意義は、他人と同じであるはずがない。

人間は、それぞれがユニークなのである。

似たような考え方をしていても、全体として見れば他人とは埋められないほど巨大なズレはある。夫婦として一緒に暮らしていても、考え方も感じ方も一緒にならない。大切にしているものさえも違う。

赤の他人とは、なおのことその差は埋められない。他人が自分のすべてを理解できないように、自分もまた他人のすべてを理解できない。

無理に理解しようとしても、自分の経験や価値観は相手とは微妙にズレているので、それで相手を計るのは「定規が間違っている」ことになってしまう。

人間は表面的な部分では相互理解できる部分もあるが、深い部分ともなると、理解よりもむしろ相違が際立っていく。相手と深い関係になればなるほど、相手が自分とは異質の存在であることに気付くことになる。

「自分は、彼らではない」と早く気付くべき


自分ではどんなに無個性であると自分で思っても、自分らしく生きるだけで、それが自分の個性になっている。それは世界でひとつしかない個性だ。

その自分の個性を活かすことで、うまく収入を得られるようになると、他人の追随を許さない独自の世界で生きていけるようになる。

問題なのは、他人に合わせて生きていかなければならない人生にある時だ。どんなに他人に合わせようと思っても、自分は他人とは違う存在である。いずれ他人に合わせて生きる人生は破綻する。

そのため、人はいずれ他人に理解されようがされまいが、自分の考え方や感じ方を大切にして生きていくしかないと気付くようになる。

自分の人生は自分のものだから、結局、考え方も、感じ方も、生き方も、自分に合うように、自分で選択し、決断し、試行錯誤しながら選び取っていくしかない。

他人が右と言えば右、他人が左と言えば左であってはならないのである。

また、マスコミが与えたものを鵜呑みにしてもそれは決して自分のものではないし、どこかの宗教のカリスマが言ったことが自分に合っているわけでもない。

「自分は、彼らではない」のだ。

自分には自分の人生があり、自分の考え方があり、自分の生き方がある。自分が自分らしく生きるためには、他人の干渉を減らす必要がある。つまり、自立する必要がある。

「自分は、彼らではない」と気付いた後に取り組むべきことは、自立すること以外にない。自立は、一生を賭けて取り組む人生の課題でもある。

他人とは違うから、それが必要なのだ。


「自分は、彼らではない」と気付けば、自立の道が待っている。

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