2014-11-28

「なりすまし」をしている人からは、離れなければならない


NPO法人「僕らの一歩が日本を変える」の代表だった青木大和という20歳の男は、慶応大学法学部に在籍しており、若者代表として注目されていた人間だった。

しかし、この男は民主党や各種メディアと結託し、小学生4年生を詐称しながら政権批判をするという姑息で悪質な性癖を持った人間だったことが判明した。

20歳の人間が10歳の少年に「なりすまし」をしたのは、もちろん「子供は批判されにくい」という読みや、「話題になる」という計算があったからだ。

これがマスコミも含めた自民党降ろしの宣伝工作であったことは、各方面から指摘されている。

たとえば、「現代ビジネス」のような一部のマスコミでは、サイトが立ち上がった瞬間に「ここでも新しいムーブメントが起きている」といきなり宣伝していた。

また、民主党議員である蓮舫が「素朴な疑問がよくわかる」と持ち上げたりしていた。このサイトの設立前には、多くのメディアがこの「青木大和」を取り上げて、このタイミングでいっせいに持ち上げようとしていた。

しかし、この宣伝工作がバレてすべてが裏目に出ている。


「なりすまし」はすべての犯罪の基本


「なりすまし」は悪質な犯罪なのだが、日本ではなぜかこの悪質な「なりすまし」が悪人の手口であり、それが蔓延しているという基本的事実を教えない。

「なりすまし」はすべての犯罪の基本なのである。だから、「なりすまし」をする人間を信用してはいけないのだ。

詐欺師は、いかにも悪人のような態度や胡散臭い服装でやって来るわけではない。むしろ、その逆だ。立派な肩書きや、好感度の高い笑みと共にやって来る。

しかし、その表面(おもてづら)はすべて他人を騙すための小細工である。善人に「なりすまし」をしているのだ。

「なりすまし」をするというのは、すなわち犯罪者であるという醜悪な自分の本性を隠すという意味なのである。

コンピュータ・ウイルスのほとんどは、パソコン内部に侵入するときは極悪な顔をしているわけではない。むしろ、人の関心や注意を惹きつけるようなサービスや動きで注目を浴びて、内部に潜り込む。

情報を抜き取るという醜悪な裏の顔を隠して、善良なソフトウェアのように「なりすまし」ているのである。

フィッシング詐欺のサイトもそうだ。有名サイトや銀行サイトのようなふりをして「なりすまし」て、ユーザーの情報を根こそぎさらっていく。

「なりすまし」というのは、犯罪の基本的手口であるというのは、もっとマスコミは啓蒙すべき事実である。

「なりすまし」をするというのは裏があるから


「なりすまし」をするというのは、裏があるからだ。醜悪な自分の姿を隠し、醜悪な自分の意図を隠し、醜悪な行動を隠し、醜悪な過去を隠す。隠した上で、別のものになる。

自分の正体を隠した上で、自分とはまったく別のものに「なりすます」というのは、まわりの人間を片っ端から騙していくということだ。

当然のことだが、それが明るみになったときは一気に信頼をなくす。

本当の自分ではない「顔」を相手に向けて、誤誘導していたのだから、「なりすまし」が発覚すると誰もが「自分は騙されていた」と衝撃を受ける。

彼を指導したAO義塾塾長の斎木陽平氏は、2014年11月25日にサイトの「お知らせ」に以下のような文を寄せている。

AO義塾卒業生・青木大和へ
(全文は、http://aogijuku.com/141125/ へ)

まず第一に、君は嘘つきだ。しかも卑劣な嘘つきだ。自らの主張を、無垢な小学生に偽って発信するなど「卑怯」な行いであり、言語道断である。

まさに「卑劣で恥ずべき行為」だ。情状酌量の余地もない。

君に主張があるなら、なぜ正々堂々主張しないのか。大和魂溢れる日本男児ならば、「卑怯」な行為を最も恥ずべきことと心得ているはずではないか。

君は自分の動機がなんだと言い逃れを試みているが、そんなことは関係がない。君はもう子どもではないのだ。まして、君は組織のリーダーではなかったか。言い逃れを重ねようとする姿勢は、恥の上塗りだ。


斎木陽平氏の激しい批判は、「裏切られた」という悔しさが滲み出ている。

まだ20歳の男がこういった行為を平然と行うというのは、非常に問題であり、犯罪者的な気質がそこにあるということでもある。青木大和の指導者が憤怒を感じてもそれは無理もないことである。

他人を騙すことによって、利益だけを手に入れる


なぜいつの時代でも「なりすまし」が出てくるのかというと、「なりすまし」をすることによって、利益だけを手っ取り早く手に入れることができるからである。

他人を騙すことによって、利益だけを手に入れる。それはあまりにも短絡的で、浅はかで、犯罪的だ。

「なりすまし」をするというのは、他人を平然と騙すことができる発想を持っているということである。また、「なりすまし」をしている人間と関わるということは、自分が騙されるということである。

自分の身を守るためには、「なりすまし」をしている人からは離れなければならないし、関わってもならないのだ。

「なりすまし」は正直ではない。詐欺だ。詐欺をするような人間は、根底がそのような発想になっているので、更生は難しいことが多い。

詐欺師と付き合って、自分だけが騙されないと思う方が間違っている。正直でない人間と付き合っても、疲れるだけなのだ。逆に、そういった詐欺師とつるむことができるのは、同じ詐欺師だけである。

普通の人間が関わって安堵できるものは、「本物」の方である。

信用も、信頼も、「本物」から生まれる。「本物」には存在感がある。「本物」との付き合いは、人間関係でも商品でも長い付き合いになる。

当然だが、心から許せる友人は「本物」だけだ。確かなものを選ぶというのは、「なりすまし」を選ぶのではなく、本物を選ぶということである。





お願い

ダークネスTIGAの本文の全文転載は、いかなる理由があってもお断りします。
本文の舞台、参考になる写真がありましたら、提供いただければ嬉しく思います。感想やご意見も、お待ちしております。趣旨に合うものについては、積極的に反映していきたいと考えております。(メールはこちら