2014-11-13

「つまらない仕事」を一生懸命しても、もう何の意味もない


企業は不況を脱して好景気に入っても、もう正社員を大量に取ることはしない。多くの企業は、業績が回復しても、年功序列にも終身雇用にも戻らない。

それどころか、業績が回復してから逆にリストラをするようになっている。日立化成は増収増益の中で社員を1000人をリストラしている。パイオニアも、エーザイも、みんなそうだ。

それは、黒字の最中のリストラは、企業が「選択と集中」を体力のあるうちに成し遂げようと考えるからだ。

社員を早期退職で追い出すためには、退職金を上乗せして出て行ってもらう必要がある。リストラは経費がかかる。

会社の業績が傾いたときにこの早期退職を募ると、弱っているところに金が余計に飛んでいく。だから、体力のあるうちに不振部門を解体し、切り捨て、社員も放逐する。

企業は極限までIT化が推し進められ、事務職も要らなくなり、今や管理職も必要なくなりつつある。現場の仕事はコンピュータに入力されて、それはすぐに経営職に分析される。企業は今や労働者と経営者がいればいいのである。


人件費を削り取るのが、最もコスト削減になる


だから、もう日本人の多くがサラリーマンやOLでいられることができなくなる。いつでもクビを切れる非正規雇用ばかりになっていく。

会社はコストのかかる正社員を必要としていない。

グローバル化が極度に推し進められ、モノ言う株主が増え、企業の経営者は誰もが極限まで利益を絞り出さなければ株主に糾弾されて追い出される時代になっている。

だから、経営者は気が狂ったように利益追求とコスト削減に邁進する。そのコスト削減が、リストラに直結する。人件費を削り取るのが、最もコスト削減になるからだ。

もう終身雇用の時代ではない。それどころか、経営者の仕事は無駄な社員をひとり残らず会社から追い出すものになった。

今、私たちは時代の転換期にいるのに気が付かないと、後で蒼白になる。もう、サラリーマンであることは、安定した生活であるとは言い難い時代なのだ。

いまだにサラリーマンになって「つまらない仕事」でも一生懸命にやれば生きていけると考えている人が多いが、それが一番生きていけない人生になる。

資格を取ろうが、残業に邁進しようが、上司にゴマをすろうが無駄だ。企業が社員を必要としなくなっているのだから、経営者候補のエリート社員でもない限り、その多くは会社にいられなくなってしまう。

サラリーマンは非正規雇用になり、使い捨ての労働者と化していく。もう、そうなっているのである。

なぜ、今はつまらない仕事が報われないのか?


これからは企業に雇われるというのは、「使い捨て」にされるも同然になる。これは、「つまらない仕事」を一生懸命しても、もう何の意味もない時代になったことを意味している。

以前は「つまらない仕事」をすることによって、目をかけられて将来は大きく報われた。

「つまらない仕事」はそれがつまらないものであることを誰もが分かっている。だからこそ、そんな「つまらない仕事」を頑張っていると評価されたら、「いずれ」は引き上げられた。

年功序列の終身雇用だったからこそ、その「いずれ」があった。使い捨てにされるのであれば、その「いずれ」はなくなる。つまらない仕事を延々とやらされた後、報われることもなく使い捨てにされる。

終身雇用も年功序列もなくなった今、「つまらない仕事」をしても報われるどころか、そのつまらない仕事が消えたらすぐにリストラが待っている可能性も高い。

自分を評価してくれるはずの管理職の上司も、一緒にリストラされるかもしれない。そうすると、「つまらない仕事」をやらされていただけ損するということになる。

もう、「つまらない仕事」を延々とやっても割に合わない時代がやって来ているのである。

いずれ報われると勘違いして、そのつまらない仕事を延々と続けていると、本当に報われないと分かったとき、大きな落胆とショックに見舞われる。

日本の鬱病患者は2008年の時点で100万人を超えている。

どこの職場でも心の病で長期休職に追い込まれている人が存在し、メンタルヘルスの重要性が叫ばれている。それは、こうした厳しい社会情勢の反映であるとも言える。

これを逆に言えば、もう「つまらない仕事」はするなということになる。

何を第一優先にしなければならないのか?


ところで、興味深いことがある。人間はひとりひとり性格が違い、適性が違い、関心が違い、好き嫌いが違う。

自分はそれが「つまらない仕事」であると思っても、他の誰かはそれが「面白い仕事」と思うかもしれない。反対に他人が「つまらない」と思っている仕事は、自分がしたい仕事であるかもしれない。

適材適所という言葉があるが、人間は誰でも自分の適性に合った仕事につくのが、一番幸せになれる。その仕事を、自分で探し求めて、そこに自ら動かなければならないのである。

かつては、ひとつの会社の中で、適材適所の仕事に巡り会うまで異動するのがサラリーマンの生き方だった。しかし、これからは自分の適性に合う仕事を、会社を超えて探さなければ生きていけなくなる。

分かりやすく言えば、会社を選ぶのではなく、仕事を選ぶ時代になっている。会社名や規模や収入で選ぶのは間違っていて、やりたいことをさせてくれるかどうかで選ばなければならないのである。

適性に合った仕事をしていない限り、人生をうまく渡っていくことは絶対に不可能だ。この原則から外れると、いずれは精神的に追い込まれていく。

どこかの企業に入っても、雇われている限りどのみち「使い捨て」にされる。使い捨てにされたとき、その後は独立するにしても、違う会社に入るにしても、次も適性に合った仕事を常に選べる人生にしておかなければならない。

適性に合わない仕事は長続きしないし、人生の無駄になる。適性に合う仕事をしていれば、長く続けることができ、専門家になり、やがては「生き残る人」になれる。

「つまらない仕事」を一生懸命しても、生き残れない。それは、昔の生き方だ。



会社を軸にするのではなく、仕事を軸にする生き方が必要な時代に。「つまらない仕事」を一生懸命しても、生き残れない。

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