2014-09-23

「誰とでも仲良くしなさい」という教育で日本は破滅寸前だ


世の中には、他人を恨み、粘着し、ひどい猜疑心を持ち、陰口を叩き回り、裏工作をして相手を陥れるのを生き甲斐にしている人間がいる。

こういった人間とは、関われば関わるほど被害を被るだけなので、私たちができる唯一の対策は、完全に縁を切り、何があっても関わらないということを徹底するだけである。

関わった時点で何らかの被害に遭うというのは分かりきっている。

たとえば、このような裏工作を好む人間と話をしたら、彼らは表では友好を説きながら、裏では陰口を叩いてあなたの評判を陥れるだろう。

このような裏工作を好む人間とビジネスをしたら、彼らはありとあらゆる方法であなたから機密情報を盗み出して、そっくり同じものを出してあなたを追い詰めるだろう。

このような裏工作を好む人間とスポーツをしたら、彼らは審判を買収し、毒物を食べ物に入れ、レーザーを目に当て、風を調整し、あらゆる裏工作であなたに勝とうとするだろう。


「醜悪な人間を徹底的に切る」ことの重要性


言うまでもないが、他人を陥れ、裏工作ばかりするような人間にはフェアプレイという概念は根底から存在しない。彼らは自分の利益になることならば何でもする。

相手にはフェアプレイを強制しながら、自分は絶対にフェアプレイをしない。どんな汚い手を使っても、自分の利益誘導のために裏工作に奔走するのである。

そして、こうした裏工作がバレれば、素知らぬ顔で「裏工作などしていない」と否定する。

それでも逃れきれないとなったら、突如として逆ギレして、すべての責任をあなたに押しつけて「言いがかりをつけられた」と謝罪と賠償を要求してくる。

世の中はきれい事では成り立っていない。私たちは、時として、このような醜悪で薄気味悪い人間と関わり合う必要があり、こうした人間に悩まされる。

だから、私たちは「人間関係を大切にする」ということと同じくらい「醜悪な人間を徹底的に切る」ということにも注意を払わなければならない。

もし、工作をする必要があるとしたら、「関わらないための工作」を全力ですべきなのである。

何しろ、醜悪な性格を持ち合わせた人間と関われば、関わった時間が長くなればなるほど必ず被害が来る。

日本人は人間関係を一期一会の大事な機会であると文化的な教育を受けているので、「人間関係を切る」というのは非常に苦手としているが、そろそろ「醜悪な人間は切る」ということを覚えなければ、人生をめちゃくちゃにされる。

関わってはならない相手を徹底的に切っていく


日本人がしなければならない大人の対応というのは、「関わってはならない相手」を徹底的に切っていくということだ。

現実問題として考えて、私たちは相手を地上から抹殺する権限は持っていない。私たちに許されているのは、相手を自分から遠ざけて、一生、関係がないようにしておくということくらいである。

もちろん、この世から悪人が全員消え去って天使のような人間ばかりになってくれれば、それこそ世の中は地上の楽園になるはずだが、絶対にそのようなことにはならない。誰も他人を抹殺するという権限だけは持っていないからだ。

もし、相手に自分の権利や所有物が侵害されているのであれば、徹底的に戦わなければならない。しかし、そうでないのであれば、逆に徹底して「人間関係を切る」というのが最も現実的な解決方法となる。

関わってはならない相手は、こちらが何をどうしても必ず逆恨みし、執拗に粘着してくる。

だから、それを全力で振り切って関わらないようにする。そうやって、相手を勝手に自滅させていく。そのためにありとあらゆる知恵を絞る。それが「大人の対応」だ。

多くの日本人はそこができていない。どうしても、人間関係を断ち切るという決断ができない。

その理由は、突き詰めて言うと学教教育が悪かったからである。日本の学校は、「誰とでも仲良くしなさい」と朝から晩まで、幼稚園から大学までずっと教育し続ける。

「誰とでも仲良くする」というのは美しい言葉なので、子供からそのように教えられ続けると、それを疑うことができないようになってしまう。

「誰とでも仲良くしなさい」というのは、間違った教育であることに、不思議なことに教師ですら疑いを持たない。

日本の人間関係の教育は、「お人好し製造機」


「誰とでも仲良くしなさい」という教育が危険なものであることは少し思考能力がある人間ならすぐに分かる。世の中、善人ばかりで構成されているわけではない。

「隣の人間が殺人鬼だったらどうするのか」
「隣の人間がレイプ魔だったらどうするのか」
「隣の人間が放火魔だったらどうするのか」
「隣の人間が憎悪の塊だったらどうするのか」

そう考えると、すぐに「誰とでも仲良くする」というのが、場合によっては不可能であることに気付く。

それなのに日本人は、ずっと「誰とでも仲良くしなさい」と教育され続けてきたのである。だから、日本人は「お人好し」となっていく。

「日本人は騙しやすい」
「日本人は騙して騙して、まだ騙せる」

世界中で日本人はそのように嘲笑されているが、それは日本人の性格であるというよりも、日本人が「誰とでも仲良くしなさい」という教育を徹底的に続けてきたからである。

日本の人間関係の教育は、あまりにもひどすぎる。これでは「お人好し製造機」である。

恐らく、多くの日本人はあまりにも「誰とでも仲良くしなさい」の洗脳が強すぎて、それが教育の結果であることすらも気付いていないはずだ。

大人になってもまだ気付いていないのであれば、今ここで受けてきた教育の弊害に気付くべきである。「誰とでも仲良くしなさい」という教育が日本人を駄目にしており、日本を危機に追いやっている。

当たり前のことだが、醜悪な性格の人間とは仲良くしてはいけない。しかし、洗脳が強すぎて、日本人の多くが無防備になっている。

間違った教育を引きずってはいけない


今でも日本の子供たちは、「誰とでも仲良くしなさい」と教育され続けている。そして、社会に出る頃には、多くの子供たちがその考え方に染まって、いいようにカモにされる。

このような教育を続けているから、日本人は何度も何度も騙されて、懲りたと思っても、また友好という言葉で関わりを持って、好き放題に騙されていく。

「クズのような人間とは関係を切る」という当たり前のことが日本人には見えなくなっている。「誰とでも仲良くしなさい」という間違った教育で、日本は破滅寸前になっていると言っても過言ではない。

クズのような人間の性格が変わることはほとんどない。恨み、つらみ、嫉妬、憎悪が渾然一体となって心の中に渦巻いているような危険な人間は、一生その性格をひきずっていく。

だから、相手が変わることを期待してはいけない。

相手は、話せば分かるわけではない。話しても分からない。教えて相手が理解できるわけではない。教えると逆恨みする。嘘も100回言えば本当になると信じており、偽造でも捏造でも何でもする。

彼らは表面的には着飾っても、内面は非常に危険なものを内包しており、このような人間と関係ができること自体が危険なのである。

そんな人間と関係ができてしまったら、その関係を全力で断ち切る努力をしなければならない。そうしないと、遅かれ早かれ被害が自分に及ぶ。

被害がじわじわと広がり、自分にとって致命的になる前に、関係を断ち切る決断をしなければならない。間違った教育を引きずってはいけないのである。

醜悪な性格の人間とは関係を断ち切る必要がある。
「誰とでも仲良くしなさい」という洗脳の呪縛から脱するべきだ。


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