2014-09-20

好き勝手に日本を貶めていた人間は、もう助からないだろう


サムライという立場は現代の言葉で言うと兵士である。かつて、日本はサムライの国だった。戦うことによって自己を主張し、戦う文化を創り上げてきた。

つまり、日本は戦闘民族だった。それも、非常に組織だった戦闘民族であり、ひとつの美学を持ち、気高く、誇り高い精神性をも持ち合わせていた。

サムライは単に粗暴なヤクザ集団ではなかった。むしろ、戦いの本質を追究し、無用な戦いを避けるために、礼儀を発展させるなど、独特の「道」を追及する思想集団でもあった。

ひとつの道を究める姿勢、礼儀正しさ、忍耐も、日本が戦闘民族だった名残りであるとも言える。

いったん戦って負ければ死しかないから、戦闘民族は死なないためにも「道を究める」のが当たり前だったのだ。無用な戦いは無用な死を招くから、礼儀正しくあるのも当たり前の行為だった。

日本人が忍耐強くなったのも、戦えば確実にどちらかが死ぬから、最後の最後まで死を避けるために忍耐した結果である。


アメリカは、日本人を「戦えない民族」にした


現在の日本人にも、道を究める生き方、礼儀正しさ、忍耐が備わっているのは、それこそが戦闘民族だったからである。

しかし、1945年に日本が戦争に負けると、日本の戦闘民族としての民族性を恐れたアメリカが、ありとあらゆる手法で日本人を「戦えない民族」にしようと画策した。

日本人は欧米列強がアジアに持っていた植民地をことごとく解放するような、組織だった戦闘能力を有していた。そんな戦闘民族の戦闘能力を存続させるのは、欧米にとって危険なことだったのだ。

もう二度と、日本の戦闘民族としての血を目覚めさせてはならなかった。

そこでアメリカは憲法第九条で「刀狩り」を行い、過度なまでの平和主義を植え込み、民族の誇りを自虐史観で消し去り、日本人が持っていた道徳性も破壊した。

戦後の教育界には、民族の誇りを過度に消し去る人間たちが怒濤の如く入り込んで学校を支配し、日本人の子供から気骨を抜き去って軟弱になるように教育していった。

結果的に、長い時間をかけて日本人が戦闘民族だったルーツは消し去られていった。

今では、正当防衛であっても暴力はいけないとか、国を守るための軍隊ですらも反対だとか、そんな奇妙な主張をする人間たちが言論界を占めるようになってしまった。

中国や韓国には黙って侵略されるべきだとか、言いがかりであっても嘘でも捏造でも中国・韓国が怒っていれば謝罪して賠償すべきだとか、そんな抱腹絶倒な主張すらもまかり通る時代になっているのである。

戦闘民族としての日本人は、影も形もない


これに喜んだのが中国と韓国だった。この両国は日本民族が「腑抜け」になったのを知って、今になって日本の侵略を画策するようになってきた。

かつて、極限まで研ぎ澄まされた戦闘民族としての日本人は、今やもう影も形もないことに中国・韓国も気付いてしまったのだ。今の日本人の多くは、「何をしても泣き寝入り」「根拠がなくても謝罪と賠償をする」「強く言えば簡単に折れる」と見なされているのだ。

事実、そうだった。韓国は図に乗って、何十年も前から「謝罪しろ、謝罪しろ、もっと謝罪しろ」と日本にわめき立ててきた。日本はどうしたのか。そのたびに謝罪してきたのである。

1982年には、鈴木善幸首相が謝罪した。1983年には、中曽根康弘首相が謝罪した。1984年には、昭和天皇、中曽根首相が謝罪した。1990年には、中山太郎外相が謝罪した。1990年には、海部俊樹首相が謝罪した。

1990年には、今上天皇が謝罪した。1992年には、宮沢喜一首相が謝罪した。1993年には、河野洋平が謝罪した。1993年には、細川護煕首相が謝罪した。

1994年には、村山富市首相が謝罪した。1996年には、橋本龍太郎首相が謝罪した。1998年には、今上天皇が謝罪した。1998年には、小渕恵三首相が謝罪した。2001年には、小泉純一郎首相が謝罪した。2010年には、菅直人首相が謝罪した。

日本はこれだけ、謝罪し続けてきたが、一度謝罪させると、もっと謝罪させるのが韓国である。

しかも、これだけ謝罪させたにも関わらず、さらなる謝罪を要求して、そのうえ賠償金までもっとせしめようとしている。

日本に強く出れば出るほど日本人は半泣きになってペコペコと謝ることを韓国は学び、そしてそのたびに韓国は傲慢になり、日本には何をしてもいいと思うようになってきた。

韓国は気付いたのだ。もう日本にサムライがいないことを。

「日本人は草食」と朝から晩まで洗脳に次ぐ洗脳


今になっても、日本人は「かつての戦闘能力を取り戻す」と考えることはない。世界は平和主義ではできていないことを知っていてもそうなのだ。それほどまで、「戦闘」の本能は奪われたと言うこともできる。

戦闘民族として目覚めないように、外圧がかけられ、内部で監視されている。絶対に日本人が戦闘民族としての血を目覚めさせないように、外国諸国が政治家を見張り、朝日新聞が世論を見張り、教師が子供を見張っている。

そして、「日本人は優しい」「日本人は草食」「日本人は誰もが軟弱」と朝から晩まで洗脳に次ぐ洗脳を繰り返す。洗脳が解けそうな人間がいると、その途端に激しい中傷と批判で社会的な抹殺を計る。

日本ほど自衛も防衛も武力も戦闘も、頭ごなしに否定する世論は世界でも珍しい。本来、国軍を持つことや、集団的自衛権など、諸外国では議論以前に当たり前の話である。

「国を守るための軍隊は要らない」など外国で主張しようものなら、「お前は馬鹿なのか?」と驚きの目で見られて、場合によっては袋叩きにされる。アメリカではその場で暗殺される。

ところが、日本では「国を守るためには軍隊も必要だ」と言えば、逆に暴力主義者だ、差別主義者だと言われるようになるのである。

日本人から、少しでも戦闘民族としての血が目覚めるような兆しが生まれたら、帰化系政治家も、朝日新聞も、教師も、みんな発狂する。

しかし今、日本人は少しずつ目が覚めてきているようだ。マスコミが信用されなくなり、大学教授が嘘八百の歴史や思考を日本人に押しつけていることが暴露された。

「日本人は草食だ」と朝から晩まで洗脳しても、もう効き目がなくなった。今、日本人は長い眠りから目が覚めつつある。

日本人の戦闘民族としての血が完全に目を覚ますと、今まで日本人を貶めてきた人間は、それなりの覚悟が必要になる。

日本人を貶めていることに、怒髪天を衝くような憤怒を感じている人がたくさんいるからだ。好き勝手に日本を貶めていた人間は、まず助からない。時間の問題だ。

日本人が戦闘民族であったことを、現代人はゆっくりと思い出しつつある。


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