2014-09-10

100円を円安と煽っているのは日本を破壊したい人間だけ


日本が急激に円高になったのは、円高誘導を求めたアメリカの意向があったからだ。1985年、円は最高値で262円だったが、これが1986年になると最高値で203円まで円高になった。

さらに1987年になるとさらに円高が進み一気に160円台にまで落ちてきた。この時代の最低値は何と121円である。

そして、これが壮絶なバブルを生み出して、1990年代にはバブル崩壊、円は120円を前後するようになる。1990年代は日本の衰退期の入口だが、その入口で120円だったのだ。

日本の高度成長期が360円時代。
日本の絶頂期が260円時代。
バブル崩壊後が120円時代。

そして、2009年頃から、もはや日本が崩壊するのではないかと言われるようになったが、その頃から円は100円を切るのが当たり前になり、民主党政権は何も手を打たなかったので、円は70円台にまで上り詰めた。

日本の家電は全滅していき、「日本はもう終わった」「日本は死んだ」「日本は滅亡する」と言われるようになった。それが目に見えて顕著になったのが2009年からだが、それもそうだ。円は80円台だった。


日本が苦境に落ちることを嬉しく思う人たち


まずは日本円が辿ってきた対ドルベースの長期チャートを見て欲しい。1980年1月1日からのロング・チャートだ。

円が80円台から100円台になって「円安で日本は終わりだ」とマスコミが嘘八百の宣伝を繰り返しているので、100円のラインを分かりやすく赤で示してみた。




これを見て、考えて欲しい。100円は本当に円安なのだろうか?

いや、80円台の一本調子の異常な円高から戻しただけで、円安でも何でもないことが分かるはずだ。100円に戻ったのは、どう見ても単にニュートラルなポイントに戻っただけである。

日本の実態や歴史から見ると、「100円でもまだ円高」だという見方をしても、そちらの方がまだ異論がない。

80円台から100円台に戻ったことを「異常な円安」というのは、歴史を知らない異常なまでに頭のおかしい人か、日本を破壊したい人か、日本が苦境に落ちることを嬉しく思う人たちなのだろう。

日本は1990年代から、もう日本は物を製造して売って儲ける国ではなくなったと言う人が多くなった。

しかし、円が200円台から120円台、120円台から80円台にまでになっていったせいで、日本の製造業は影響力を喪失していったという視点が抜けている。

最近になると、「日本はもう輸出で儲けている国ではないから円安は有害だ」という人が増えて、そのような考え方をするように強制する人も多い。

しかし、これは順序が逆ではないかと思わないだろうか。

馬鹿な民主党政権と、無能な日銀総裁のダブルパンチ


日本が物を作って売らなくなったのは、物を作っても作っても円高になるからだ。

どんなに企業努力しても、円高になって競争力を失う。日本人は耐えて耐えて耐え抜いて円高に対処しようとしてきたが、それ以上の円高が襲いかかっていたのだ。

さらに2008年9月15日以降、アメリカがリーマンショックで崩壊寸前になって、相対的に被害の少なかった日本が円高の波をそのままかぶることになった。

そして、民主党政権は円高を放置するだけ放置してまったく対策をとらずに「見守るだけ」に終始した。日銀は日銀で白川方明総裁も、まったく何も手を打たなかった。

日本の製造業は1990年代からの円高で疲弊していた。最後に、馬鹿な民主党政権と、無能な日銀総裁のダブルパンチが2009年から2012年まで続いて、もう製造業の社長はあきらめの境地に落ちたのだ。

円高が止まらないから、もう作るのをあきらめた。
円高が止まらないから、輸出で食べていくのを止めた。

なぜ、そのように考えないのだろうか。製造業に極端な円高というハンディを与えておいて、製造業が製造を止めたら製造業の国ではなくなったというのはフェアではない。

もし日本がさらなる円安に向かえば、日本は輸出で有利な国になっていく。

それはすなわち、日本の製造業がまるで花開くように生き返り、またもや「物作りの国」になるということだ。

円高が日本の製造業を破壊した。円安になれば、また日本人の「物作り」スピリッツは復活していく。

安倍政権の第一期の時代は円は120円台を付けていた。それ以降、円は70円台にまで怒濤の勢いで落ちていったのだが、安倍政権はもう一度、円を120円台に戻しても何ら問題はない。

円安になれば日本はエネルギー価格の上昇で破滅するという説もあるが、それならば、なぜ2009年まで日本は破滅しなかったのか。

100円よりも円高になった時代の日本と、その前までの日本はどちらがよく機能していたのか? もちろん、誰がどう考えても100円よりも円安だった時代である。

ソロスという博打打ちの方がよほど頼りになる


2012年、円が80円台を超えて70円台に入った頃、私は持っていたゴールドをすべて処分して現金を片っ端からドルに換えていった。

そして、そのドルを今度はニューヨーク株式市場の多国籍企業に移し替えた。この頃、民主党はあまりの失策続きですでに野田政権は総選挙に追い込まれるのは必至だった。

日本がこのまま破綻したら、超円安が来る。
日本が政権交代して方向転換したら円安が来る。

いつ円安が来るのか分からないし、相場など誰も先を読めるはずがないので、それはどうでもいい。

問題は、構造的に日本は「いずれ円安にならざるを得ない状況にある」ということだ。

マイルドな円安になるのか、いつ円安になるのか、本当に円安になるのか、預言者でもない人間が分かるはずもない。しかし、「70円台が円高すぎる」のは間違いなかったのだ。

ならば、強い円を活かしてドルを買い漁りたい気持ちになるのは当たり前で、私はドルを買い漁る自分を自制することができなかった。

たまたま、2013年度中に、ドルは対円ベースで30%も値を上げてニューヨーク株式市場も最高値を付けたが、こうなると知っていたわけではない。たまたま、そうなった。

この頃、稀代の投機家であるジョージ・ソロスも円安ドル高に賭けていた。

こと為替相場については、円が60円台になると言っていた藤井厳喜氏や、円が50円台になると言っていた浜矩子氏より、ジョージ・ソロスという博打打ちの方がよほど頼りになるのは間違いない。

何度も何度も書いている通り、日本は民主党政権が崩壊してからリセットが開始されたのである。

2013年の初頭から、多くの外国人が日本株を買いまくっていて、その上昇を見て遅ればせながら日本人もまた日本株に戻ってきた。

この重要な時期に株式を買わなかった人は、どうかしているのではないかと思うほど、歴史上かつてないほどシンプルな相場だった。

ジョージ・ソロス。為替の動向なら、この投機家の右に出る者はいない。

通貨や国債よりも、株式や社債の方が重要


ただ、私が全資産を株式に変えて、それから1株も売らないどころか、むしろ増やしていくつもりでいるのは、自民党や日本が復権したからというような意味合いではなかった。

まして、為替の動きさえも、実はどうでもよかった。

今回の経済動向の動きは私にとってユーフォリア(幸福感)を生み出す甘美なものだったが、今回の動き自体はまったくどうでもよくて、私が見ているのはさらにその先である。

グローバル化はさらに加速して、グローバル主義が全世界を掌握してしまうのは止めることができない。そうなると、いずれは現在の政府は力を大幅に失う。

なぜなら、世の中の動きはグローバル化なのに、政府はグローバル化に抵抗する存在だからである。

グローバル化と政府が戦ったら、グローバル化が勝利するに決まっている。累積債務でよたよたになっている政府が勝てるはずがないのである。

それは、今の世の中がひとつの国の意向だけで動くのではなく、G7やG20のようにブロック化していく動きになっているのを見ても予見できるはずだ。

政府は単なる「省」や「州」のようなものとなり、地球全体はグローバル主義の「何か」が支配することになるのだと考えている。TPPという危険なものも、日本を省か州にする動きのひとつであると解釈できる。

グローバル化が世界を覆い尽くす。そして、政府を超えてグローバルに根を張っている「何か」はすでに目の前にある。

それが多国籍企業である。

つまり、多国籍企業が、政府を超える存在になり、やがて政府をも凌駕する権力機関になる。

何らかの金融崩壊や金融ショックが起きるたびに、政府は力を喪失していく。そして、多国籍企業は、いずれ政府よりも力を持つ。まだまだ先の話だろうが、いずれはそのようにシフトしていく。

通貨や国債よりも、株式や社債の方が重要になるのだ。

そのような世の中になり、多国籍企業がより強大な力になっていくのであれば、通貨や国債よりも株式を持った方がいいと考えるのは自然の摂理だ。

私たちが今、一番安心できるのは政府に身を委ねるのではなく、多国籍企業に身を委ねることだ。

あなたも、どこかに一生就職するつもりでお気に入りの多国籍企業を見つけ、あたかも貯金でもするかのように株式を買い集めてみてはどうだろうか。

政府よりも、自分の寿命よりも長生きする企業はどこかにあるはずだ。

お願い

ダークネスの本文を他サイト(キュレーションメディア、まとめサイト、個人サイトすべて)へ転載する行為は、いかなる理由があっても固くお断りします。