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2014-08-10

あなたを徐々に殺そうとしている犯人はいったい誰なのか?


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人間は、遠くから見るとみんな同じように見える。しかし、ひとりひとりを個別に見ると、みんな性格も考え方も趣味も嗜好も違い、同じであることは絶対にない。

人はそれぞれ違った人生を送ってきている。長い人生を、違った家族、違った肉体、違った環境で育ち、その中でその人に合った「考え方」や「人生観」や「生き方」が生まれる。

誰かと同じになろうと思っても、完全模倣は絶対に不可能である。自分ではいかに他人を真似できたと考えていても、生きてきた人生が違っているので、真似はオリジナルと同一になることは決してない。

つまり、他人になりたいと思っても不可能なのである。

尊敬する人や、手本にしたい人がいたとしても、同じことをしている限り、オリジナルを超えることはできない。真似はあくまでも真似でしかない。

真似は、なぜ弱いのか。オリジナルと真似は、向いているベクトルがまったく違っているということを認識している人はあまり多くない。


オリジナルと真似は、ベクトルがまったく違う


・オリジナルな考え方、人生観、生き方
・真似した考え方、人生観、生き方

真似がオリジナルに肉薄すると、この2つはどちらでも同じに見えるかもしれない。しかし、長い目で見ると、この2つはまったく違う。いったい何が違うのか。

オリジナルというのは、自分らしさを伸ばすものだ。自分の納得した考え方をして、自分の環境や、自分の肉体や、自分の性格や、自分の気質に合った中で、長所を育んでいく。

真似は逆だ。自分らしさを「殺す」ものだ。オリジナルが自分と合わないところがあっても、自分を殺して無理やりそれに合わせる。「他人に似せるために自分を殺す」のが単なる真似、単なる模倣である。

自分の考え方を、他人と合わせても持ちこたえられない。それは自分のものではないから無理があるのだ。人生観も、生き方もそうだ。

誰かの真似をして、誰かになりきろうとしても、そうすればするほど自分を殺すことになるのだから、そんなもので人生を乗り切ろうとしても、どこかで破綻してしまうだけである。

成功本のようなものをいくら読んでも無駄だ。そうやって他人の考え方や人生観や生き方をなぞったところで、それは自分のためにはならない。

むしろ、それを目指すことによって、自分らしさをどんどん殺していくことになる。

自分の人生で、他人の真似・パクリ・模倣をすると、自分で自分を殺すことになるのだ。真似は「自分を殺して」他人に合わせることだから、自分で自分を殺すというのは比喩ではない。



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