2014-06-30

集団的自衛権に賛成の人間だけを助けるシステムを構築せよ


日本は1945年の敗戦より、70年近く戦争をしていない国だ。これによって、多くの日本人はこの世には戦争というものがあるということを忘れてしまった。

イラクやシリアの内戦、あるいはアフリカの失敗国家における内戦で、夥しい人々が死んでいき、生活することすらもできない状態にあるのだが、こういった国々はあまりにも日本から遠く、日本人の関心を惹くものではない。

多くの日本人は、今や日本が戦争に巻き込まれることはないと考えている。これを指して「平和ボケ」という言葉で表現する人もいる。

確かに平和が続きすぎて、今の日本は敵を敵と認識することすらもできない異常な人間が増えている。しかし、こういった人たちは今後、日本で孤立していくことになる。

私たちの隣国である中国・韓国は激しく執拗な反日教育をして育っており、彼らは日本人を憎むように教育を受けている。また、政府も自分たちの失政から目をそらすために、積極的に日本敵視を進めて国民の目をそらしている。

日本人は、それを知るようになってきたのである。


もはや日本は、平和ボケでいることはできない


中国は拡張主義を掲げて突き進んでいる。日本だけではなく、フィリピン・ベトナムを含め、チベットでも、ウイグルでも、インドでも、ほぼ全域で問題を引き起こしている。

そして、全方位で敵を作りながら、習近平は軍事力を強化し続けている。ここで不動産バブルが崩壊して中国経済が混乱の極みになると、どうなるのか。

そこから目をそらすために、中国は必ず戦争を引き起こす。

その相手はベトナムかもしれないし、フィリピンかもしれないし、日本かもしれない。日本だけは絶対に戦争に巻き込まれるはずがないと確信を持って言える人はもういない。

日本は中国だけではなく、韓国とも衝突が懸念されるようになっている。

韓国は中国と結託して反日を暴走させているが、韓国の国内事情はもうボロボロだ。(朴槿恵大統領が約束した3つの希望は、3つの地獄になった

無能な朴槿恵(パク・クネ)政権ができるのは、もう「日本が悪い、日本が憎い」と世界中に叫び続けることしかない。そして、中国に取り込まれた韓国は、日本侵略の尖兵となる可能性が高い。

ここまで事態が急激に進んでいる以上、もはや日本は平和ボケでいることはできなくなっている。

折しもアメリカが内向きになってしまっている以上、日本は自分たちでも自分の国を守ることができるように「急いで」集団的自衛権を整備するのは当然であると言える。

同盟国と連携して国を守ることができなければならない。国と国民を守れない政治家など要らない。

武力には武力で対抗するのは自明の理だ


日本が集団的自衛権を整備せざるを得ないほど追い込まれているのは、言うまでもなく中国・韓国の反日が原因である。

そもそも、今まで自分の国を守るために「武力を使えないという制限があった」ことに驚きを感じなければならない。こんな国は世界中を見回しても日本だけしかない。

日本国民が諸外国から攻められたら、日本はどうするつもりだったのか。政治家は、国民が皆殺しにされるのを見ながら、国会でどうするのか審議でもするつもりだったのか。

あるいは、「日本の存続に、ただちに影響はない」とでも言って、国民を煙に巻くつもりだったのか。

戦争が反対だろうが何だろうが、相手が武力で攻めてきたら、それを武力でもって阻止するというのは、審議などする必要もないほど自明の理である。

自分の家族、自分の子供、自分の友人が気の狂った暴漢に襲われようとしていたら、誰でも必死になって立ち向かう。それが人間の姿である。自衛する権利は、人間が生存するためになくてはならないものである。

相手が強大であれば、仲間と共に立ち向かう。これも当然のことだ。日本は今まで仲間には立ち向かわせるが、自分は立ち向かわないという立場でいた。

私たちは誰かに暴力を振るいたいのではない。私たちは好戦的なのではない。そうではなく、きちんと自分の身と、家族を守りたいだけなのだ。

国が攻められるというのは、私たちの家族、子供たち、友人が犠牲になるということである。

日本人が攻められようとしているのであれば、それは同盟国のアメリカだけでなく、肝心な自衛隊がしっかり守ってくれないと、私たちはおちおち夜も眠れなくなってしまうだろう。

私は、日本人の安全を、日本政府と自衛隊に守って欲しい。敵対する国の軍隊が攻めてきたら、同盟国と共に、それを阻止して欲しい。攻めて欲しいのではない。守って欲しいのである。

有事になれば、賛成の人間だけを救うシステムを


「守って欲しくない」という日本人がいるなら、何か目印を付けて、有事には彼らを守らなくてもいいように、区別しなければならない。

有事には、集団的自衛権に賛成だった人間を率先して守るのは当然だからだ。

反対だった人間は、守って欲しくないというポリシーなのだから、彼らは守らなくてもいい。彼らのポリシーのために、守るべきではない。

それが区別できるように、何らかの措置をすべきである。

どのみち、有事になったら全員を助けることはできない。だから、「助けなくてもいい」と分かっている人間が最初から区別できるのはとても効率的である。

たとえば、1つの方法として、国民にIDカードを発行して、そこに集団的自衛権に反対なのか賛成なのかを明記させ、有事になれば賛成の人間だけを救えばいい。平和なときには反対しておいて、有事になったら平等に助けろというのは、虫が良すぎる。

私は有事になれば助けてもらいたいと思っており、そのために集団的自衛権に賛成しているのだから、反対している人たちよりも先に助かる権利があって然るべきだ。

助けて欲しくないと考えている人間を無理やり助けると、「助けて欲しくなかったのに助けられて迷惑を被った。謝罪と賠償を要求する」と言われかねない。

そうならないためにも、集団的自衛権に賛成だったのか反対だったのかを明確に分かるようにして、賛成派を先に助けるシステムを構築すべきなのである。

国民の多様性を守りつつ、国も守るためには、そうするしか方法はない。そういったシステムが構築できれば、賛成派も反対派も互いに満足できるはずだ。

集団的自衛権に賛成か反対かを議論する必要はない。同盟国と共に、国に守って欲しいという切実な願いを持っている国民がいる以上、国はそれに対処する義務がある。

議論するのであれば、守って欲しくないという人間をどのように救助から弾くのかという部分に焦点を絞る必要がある。


サイゴン陥落時に、必死に逃げようとしていた人たちの群れ。
集団的自衛権に反対の人間が弾ければ、こういった時に役に立つ。



お願い

ダークネスの本文を他サイト(キュレーションメディア、まとめサイト、個人サイトすべて)へ転載する行為は、いかなる理由があっても固くお断りします。