2014-04-08

日本の株式市場はいまだ1989年12月29日の頂点より半値以下


1989年12月29日は、日本経済の頂点だった。この日、日経平均は史上最高値38,915円87銭をつけて、多くの日本人が得意満面のまま正月を迎えた。

あともう少しで日経平均が4万円に届くところだ。実際、1990年は4万円に乗せると豪語していた経済評論家もたくさんいた。だから、1990年はもっと株が上がって、日本は世界でナンバーワンの国になると、その当時の多くの日本人が妄想した。

一部にはこれが完全にバブルであり、1990年は今まで通りに行かないという人たちの声もあった。しかし、ユーフォリア(多幸感)にとらわれていた日本人のほとんどは、それに耳を貸さなかった。

しかし、年明けに入って早々、多幸感は消えた。日本人のすべてが「どうなっているのだ」と恐怖に震えることになった。

永遠に続くと勘違いしていたバブル景気は1989年12月29日が頂点で、あとは地獄のように下り坂を転がっていったのだ。

日本の場合、バブル経済の象徴だったのが不動産である。株も上がっていたが、不動産はもっと上がっていた。


誰もが、このバブルが永遠に続くと信じていた


日本人のほぼ全員が土地は右肩上がりで上がるものだと信じ込んでいたので、不動産はどこまでも買い上げられていったのである。

このときに横行したのが「地上げ」である。ありとあらゆる手で土地は買い上げられては転売された。

しかし、都内では坪1億ですら珍しくなかったのだから、不動産の下落は起こるべくして起きた。世の中には永遠に上がり続けるものはなく、限界が来たら必ず下がっていくのは当然だ。

バブル景気のバブルとは「泡」のことであり、泡の中には何もない。ただ、妄想だけが膨れ上がって有頂天になったところでそれは弾けていくのだ。

このバブル景気は1985年のプラザ合意がきっかけになっており、当時240円だった為替相場はわずか1年もしないうちに120円へと円高になっていった。

これによって急騰する円に向かって投資資金が殺到し、バブル景気の原因となった。

しかし、こういった急激な為替の変動や資産価値の実体なき膨張は政府・日銀の意図したところではなかった。

あまりの資産の急激な膨張は地上げや国民の過度な借金の引き金になっており、社会問題化していた。

そこで、日銀・政府はバブルを収束させるために公定歩合(政策金利)の引き上げにかかった。要するに、金利を引き上げて、資金供給を抑えようということだ。

そして、「総量規制」と呼ばれる、土地関連融資の抑制も行った。これはバブル崩壊の大きな要因となった。

個人を株式市場に誘い込んだもの


当時、どんなに過大な借金をしても、不動産を買えば上がった。だから、砂糖に群がるアリのように、誰もが銀行から借金をしており、銀行もまた無尽蔵に金を貸した。

銀行が無制限に金を貸すことによって、不動産価格はさらに高騰する。したがって、強制的に上限を設けて、バブルを抑えにかかったのである。

総量規制は確かに効果があった。ただ、想定外だったのは、あまりにも急激に不動産の流通と高騰が止まったことだ。

資産価格は目に見えて低下しはじめたが、政府はさらに総量規制を厳格にしていったので、バブル景気は完全に死んだ。

1989年12月29日大納会に史上最高値38,915円87銭をつけていた日経平均株価は、1990年10月1日には一時20,000円割れとなる。

わずか9ヶ月で半値近くの時価総額が吹き飛んでいた。時の首相は海部俊樹内閣である。

当時、ほとんどの法人や個人が全力で株や不動産価格に手を出していたので、バブル崩壊は、ほぼすべての日本人が巻き込まれたと言ってもいい。

個人を株式市場に誘い込んだのは、政府が放出したNTT株だ。プラザ合意の翌年の1986年、NTT株が放出されたとき、この株を手に入れれば「絶対に儲かる」と言われたので、国民が殺到してこの株を買い求めた。

あまりに希望者が殺到していたので1人1株に制限し、買うときは免許証や保険証などの身分証明書がいるという異例の事態になったのである。

競争入札で決まった価格は119万7,000円だった。

しかし、上場されて値段がつくと160万円になっており、3ヶ月経つとこれが300万円にまで暴騰していた。わずか3ヶ月で3倍弱の値上げで、これを見聞きした国民がさらに殺到していったのだった。

不動産も株式も上がり、誰もが踊り狂っていた時代。

転売目的でローンを組んだ人から軒並み破綻


濡れ手に粟で儲かる。狂乱の資産膨張に国民は踊らされて、とにかく借金をしてでも株や不動産を買おうとしていた。

ところが、1990年に入ってから、まだバブル経済に浮かれる日本人をよそに、株価と不動産も毎日のように下がり続けていく。

バブル期にマイホームをローンで買ってしまった人は、身動きが取れなくなった。まず、転売目的でローンを組んだ人から軒並み破綻していって、高値のマイホームを買った人が次に破綻していった。

売ろうと思っても、すでに不動産価格は絶頂期から半値に落ちており、資産ではなく、膨大な借金だけが残った。

当然、国民は消費を絞るのだが、この急激に失われた消費がデフレを生み出して、日本に「失われた20年」の時代が到来した。

多くの個人・企業が高値で土地をつかんだので、もはやそれを売ることもできずに抱えて、ローンを返せない人間が続出した。

不動産価格の低下で「含み損」になっても、融資された金額はもちろん減らない。しかも、金利が上がっているので有利な借り換えもできないのである。

これに資金を貸していた銀行もまた軒並み「不良債権」で身動きができなくなり、融資もとまった。

「含み損」を抱えたまま身動きが取れない状況


過大な借金を抱えていた企業・個人は軒並み破綻していったが、では生き乗った企業は問題なかったのか。

事実はまったくの逆だ。ほとんどの企業は、不動産の「含み損」を抱えたまま身動きが取れない状況でこの20年を過ごしていたのだ。

東京都内では、場合によっては10分の1にまで価格が萎んでしまった不動産もある。資産が資産になっておらず、ただ莫大な借金だけが企業の負債として残った。

当然、設備投資も延期され、研究・開発どころではなくなってしまった。企業の存続がかかっているので、終身雇用さえ維持できない事態へと陥っていく。

これが2000年以降にはリストラ・正社員切り・派遣増員・格差問題へとつながって、現代社会のひずみにつながっていく。

今の日本企業の競争力の減退や苦境の遠因は、1990年からのバブル崩壊があり、今の日本経済の見る影もない惨状もまた1990年からのバブル崩壊にある。

日経平均は現在、14,000円から15,000円のボックス圏で推移している。バブルの絶頂期である最高値38,915円87銭からは程遠い。

つまり、いまだ日本はバブルの後遺症から抜け出していないのである。

果たして、日本は再び38,915円87銭を迎え、それを乗り越える日が来るのだろうか。

それは、誰にも分からない。しかし、こういった節目の金額を超える日がこない限り、日本がバブルを清算して乗り越えたとは言えないだろう。

日本の株式はいまだ1989年12月29日のバブル頂点の半値以下にある。



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