2014-01-18

めちゃくちゃになった世の中で生き残る「3つの心構え」とは


ここ最近、毎年のように、巨大な台風、地震、寒波、噴火、山火事が続いている。異常気象がもたらす自然災害は大規模化して、それに伴って各国で被害が大規模化している。

しかし、多くの人たちはすでに「巨大災害」には不感症のようになってしまっているようだ。

天候不順から経済不況まで、人々の生活を破壊するような事態が起き続けているので、私たちはもう「そんなものだ」と達観してしまい、見て見ぬふりをしようと決めた。

巨大な自然災害のほとんどは、人間があれこれ考えてもどうしようもないほどの規模である。

人間が小賢しく準備をしてもまったく無力であり、いったん巻き込まれたら、生き残れるかどうかは単なる「運」のようになる。

だから、多くの人はもう考えるのを止めて、「何が起きても何とかなる」と思うようになっている。


常に出てくるのは、「心の持ち方」


しかし、この「災害の巨大化」は、いずれ致命的な一撃を人間社会に食らわすのは時間の問題であり、そうなったとき、あなたがそれに巻き込まれないという保証はまったくない。

2011年3月の巨大地震も東日本の人たちは、まさか自分たちが巻き込まれるとは思ってもいなかったはずだ。

そして、津波に関しても「大騒ぎするほどのものではない」と思っていた人も多かったはずだ。

しかし、来るときには来る。

そして、巻き込まれるときは突如として巻き込まれる。今後、あなたも何かに巻き込まれる確率が高い。

大自然の「一撃」が、突如として襲いかかると、人間は生きるか死ぬかを「運」に任せるしかなくなる。最初の一撃では、まさに「運」が作用しているのは間違いない。

しかし、運良く最初の一撃を生き残ったら、問題はそこからだ。

今度は自らの力で、そこからサバイバルして「生き延びる」必要が出てくるのである。

電気も、ガスも、水道も、電話回線も、インターネットも、すべてが止まり、何もない中で生き延びるのが「サバイバル」だ。

もちろん、サバイバルの状況の中でも「運」が重要な役割を果たしていて、いくら的確な判断をしていても死ぬこともあるし、いくらパニックに襲われていても助かる人は助かる。

しかし、サバイバルに入ってから救出されるまでの間が長くなればなるほど、その「長期間の生存闘争」で生き延びるためには「運」ではなく、むしろ「心の持ち方」に比重が移っていく。

極限状態の中で生き延びてきた人たちの多くの証言や伝記を読むと、常に出てくるのは、「心の持ち方」なのだ。

変化に対応できる種が生き延びる


ダーウィンは自然淘汰をこのように語った。

「強い種や賢い種が生き延びるのではない。変化に対応できる種が生き延びる」

サバイバルに放り込まれた人たちを見ると、まさにその「自然淘汰」が極限的な形で現れているように見える。極限を受け入れ、その激変した環境の中で適応できた人間が生き残る。

すなわち、巨大な災害、巨大な事故、巨大な極限状態に巻き込まれたら、運良く生き残った後に必要なのは、その極限を受け入れて「心を入れ替えた」人が生き残るということになる。

極限状態を生き残るためには、まず「身体が強い」「賢い」の前に、今の極限を生き延びるための「心の持ち方」が重要になるということだ。

災害が起きてから救出されるのは3日とは限らない。

2010年8月にチリで鉱山の落盤事故が起きて、33名の作業員が地下700メートルに閉じ込められてサバイバルを強いられた事故があったのはまだ覚えている人たちは多いはずだ。

彼らのサバイバルは69日にも及んだ。

極限状態の中で、生きるのか死ぬのか、助かるのか助からないのか分からない状態の中で、普通の人が69日も生存闘争を強いられたのである。

最初に彼らは全員死んだと思われていた。彼らは生存が確認されるまでの間、ほんのわずかな食料や水で生き延びていた。

2日ごとにビスケット1枚、小さじ2杯の缶詰の魚肉、ミルクを1口のみだけでやりくりしていたのだ。

それでも生存が確認されたのがあと2日遅ければ食料は消失し、あとは餓死が待っていた可能性があった。

仲間が死んだときは、その肉を食べることも真剣に話し合ったとも言われている。

すでに体調を崩していた人間もおり、パニックが起きるか起きないかの一触即発の極限状態の中で、彼らは持ち堪えて耐え続けた。生き延びるためには「心の持ち方」が重要だったと彼らは口を揃えている。

生き延びるためには、

「生き残る決意をする」
「絶対に希望を失わない」
「自分を律する」

という3つが重要だったのである。

チリの落盤事故でサバイバルを強いられた人たち

「絶対に希望を失わない」「自分を律する」


幸いにしてチリの落盤事故では「仲間を食べる」ところにまでは至らなかったが、1972年のウルグアイの「571便遭難事故」では救出されるために72日間を擁し、ついに人肉食に追い込まれている。

「我々が着ていた衣服は食べられないし、アルミニウム、プラスチック、氷、岩石以外に何もここにはなかった」からである。

墜落した場所は凍てつくような寒さと暴風雨が吹き荒れるチリとアルゼンチン国境の深い雪山の中だった。

その中でほんのわずかな食料の中で28名のけが人だらけの生存者が残されて、毎日毎日、次々と仲間が死に絶える中で、サバイバルを強いられ、最終的に生き延びたのは16人だけだった。

この生き延びた人たちも、長い生存闘争の中で「生き残る決意をする」「絶対に希望を失わない」「自分を律する」という3つを頑なに持ち合わせて、生き延びるために「変化に対応できる種が生き延びる」を地で行っている。

人間はサバイバルの中では、「生き残る決意をする」「絶対に希望を失わない」「自分を律する」という3つがなければ生き延びられない。

この事件の中では、生き残るために人肉食があったことは、果たして正しかったのか、それとも間違っていたのかという議論が世界中で湧き上がった。

「極限状態の中では何があっても生きることが優先されるので人肉食は仕方がないのだ」という意見もあったが、「人間の最後の尊厳のために、人肉食はあるべきではなかった」という意見も多かった。

最後の最後の極限に陥ったとき、どのような結論が正しいのかは答えはない。

ひとつ言えるのは、「何としてでも生き延びる」という決断の中に、最後の最後に人肉食が選択されても、それを批判できる人はどこにもないということだ。

アンデスの遭難事故と決死のサバイバル闘争は映画化された。

長期に渡る不遇と臥薪嘗胆の中を耐える


あなたは、小野田寛郎氏を覚えているだろうか。「最後の日本兵」と言われ、軍人の鏡と言われた人物である。

彼は30年もフィリピンのジャングルの中でサバイバル生活を続けてきた、まさに想像を絶する精神力の持ち主であった。

圧倒的な物量で日本軍を叩きつぶすアメリカ軍の猛攻の中をルバング島で生き残り、ジャングルの中でサバイバルを貫徹した。

彼は日本軍が敗れたことは知っていたが、戦争に送り込まれる前に兵士のひとりとして、このように言われていた。

「この戦争は百年続き、日本が敗戦して占領されてもなおも戦争は遂行されるので、お前は絶対に玉砕してはならず、反撃の機会を待って生き延びなければならない」

だから、1945年に日本が敗戦しても、彼はジャングルの中でアメリカ軍の掃討やフィリピン軍の掃討をくぐり抜け、投降せず、日本を最後まで守り抜く一兵士として戦い抜いた。30年、彼は戦った。

小野田寛郎氏は兵隊になる前は一介の商売人に過ぎなかった。しかし、激戦地帯だったフィリピンに送り込まれ、ルバング島で部隊の4分の3が死に絶える中を生き延びた。

さらに投降せずにジャングルの奥に潜んで、次々と送り込まれる掃討兵を、ひとり、そしてひとりと確実に息の根を止め、日本の敗戦後も日本軍の反撃を待って雨と泥の中を生きた。

ジャングルで生存闘争を30年続ける。

自らの母体だった日本軍の援助もなく、救援も来ない、明日を生き残れる保証もない。

何もない中で、生き続けるというのは、もちろん「生き残る決意をする」「絶対に希望を失わない」「自分を律する」という3つがなければならなかった。

これほどまでに自分を律することができた人はいない。だから、小野田寛郎氏は普通ではなく、今でも彼を熱く思う人たちもいる。

この恐るべき精神力を持った人はすでに過去の人物だと多くの人は思い、記憶から消え去ろうとしている。

しかし、むしろこの人を思い出さなければならないのは、本当はこれからなのかもしれない。

天候不順から経済不況まで、人々の生活を破壊するような事態が起き続けている。

そんな現状の中で、不意に現代文明の生活が立ちゆかなくなった瞬間、私たちは長期に渡るサバイバルを強いられる。

災害というものは予測できないものだ。いつ、どこで、何がどのような形で襲いかかって来るのか分からないのである。

予測がついても被害が避けられず、突発的な大災害ともなれば絶望的な被害が生じる。

これだけ大規模災害があちこちで起きているのだから、災害大国に住む日本人なら、誰もが生涯の中で信じられない災害に巻き込まれる確率が高い。

いったい、どうすればいいのか。

泥の中で生き延びる。絶望の中で自分を律する。変化に対応し、希望を失わず、長期に渡る不遇と臥薪嘗胆の中を耐える。

そんなとき、「生き残る決意をする」「絶対に希望を失わない」「自分を律する」の3つを兼ね備えていた小野田寛郎氏の存在は、輝くことになるのだろう。

最後の日本兵。真のサムライと言われた小野田寛郎氏。
30年間、フィリピンのジャングルの中でサバイバルしてきた。

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