2014-01-14

検索して何でも答えが出る時代だから、人は生き方に苦しむ


現在は、インターネットで何でも検索して答えが出せる時代になっていると思われている。

実際、検索すれば何らかの答えが出てくることが多い。大量の情報の中からたちどころに必要な情報が出てくる。しかし、それが万能なのかと言われれば、まったくそうではないことに多くの人が気づいている。

たとえば、以下の問いかけを自分にしてみるだけで、すぐに大量の情報が万能ではないことが分かる。

「大量の情報に接して悩みが減っただろうか?」
「大量の情報に接して生きやすくなっただろうか?」
「大量の情報に接して金持ちになっただろうか?」

インターネットにはこれだけ大量の情報があるのだから、自分の抱えている問題を検索して、すぐに答えを見つけて、悩みも迷いもなくなったのだろうか。

これだけ情報があるのだから、金儲けのネタがすぐに見つかって、人々はみんな金持ちになっているのだろうか。「金持ちになりたい」と検索したら大量の情報が出てくるが、それで金持ちになれるのだろうか。


人々は、大量の情報でむしろ混乱に落ちている


大量の情報が検索できるようになっても、人々はどのように生きていいのか分からず、むしろ混乱してしまっている。ますます混乱の度合いが深まっている。

インターネットによる情報化社会が職業的にコンピューターを使う人から普通の人たちに降りてきたのは、1990年代の終わり頃からだった。2000年代に入ると、インターネットは爆発的に普及を始めた。

それ以降、人々は何でもインターネットで情報を調べることができるようになった。情報が入りやすくなった。それならば、それに比して悩みが減っていてもおかしくない。

ところが、実際は情報化社会に入ってから、鬱病の患者は逆に増えている。1999年には約44万人だった「気分障害」の患者数は2008年に入って100万人を超えた。

大量の情報にアクセスできるようになればなるほど、逆に精神的な安定から遠ざかってしまっているのだ。人々は迷いも悩みもまったく解決できていない。大量の情報を享受しているはずの20代から40代が中心になって心を壊している。

つまり、大量の情報は、人生の悩みやトラブルの解決、人生の指針や心の平安を保つことに関しては、まったく何の役にも立っていない。

情報がどんなに大量であっても、人々は安心を手に入れることができず、何も決められず、「これでいい」という安心感を得ることができない。

かつては「情報がない」から人生の悩みと迷いは解決できないと思っている人が多かった。しかし、もうそうではないことを誰もが知っている。

いくら情報が大量にあっても同じだ。大量の情報に接しても、依然として、人々はどう生きていいのか分からない。

人生で悩む問題は、だいたいが両極端な意見がある


大量の情報がなだれ込んできても、人々は自分の人生に立ちふさがる問題をどう処理していいのか分からない。

逆に、大量の情報に接すれば接するほど、よけいに正しい道が分からなくなる。なぜなら、相反する情報が大量の情報の中にあるからである。

「困難に立ち向かえ」という情報があったら、その次の瞬間には「困難には立ち向かわずに逃げてもいい」という情報があったりする。このふたつは困難に対する180度違うスタンスで説明されている。

すべての問題は、どちらが正しいのか調べると、そのどちらも賛同や反対があることに気づく。調べれば調べるほど、情報の迷宮にはまり込んでいくはずだ。

「つらい会社は続けるべきか、辞めるべきか」
「うまくいかない恋人と別れるべきか、努力すべきか」
「欲しいものを買うべきか、止めるべきか」

自分の抱えている問題を調べると、結局どちらの意見も大量の情報の中に見つけて、選択は自己責任になる。

人生で悩む問題は、だいたいが両極端な意見があるものだ。調べれば調べるほど、ノイズが増えていき、そのノイズによって人は惑わされる。

100の情報があって、その人が1つだけ選択したとすると、その瞬間に99の情報がノイズになる。

選んだものは本当に正しかったのか、もしかしたら間違ったものを選んだのではないかと思い始め、今度はその99の情報が自分の足を引っ張り出すのだ。

大量の情報に接すれば接するほど、そうなっていく。だから、大量の情報がなだれ込んで来ると、逆に決められなくなることも多い。

大量の情報があっても、一向に役に立たない


大量の情報があっても、一向に役に立たないのは、情報化時代に入っても、貧困層が爆発的に増えていることを見ても分かる。若年層の貧困は、情報化社会の中で起きている。

大量の情報が役に立つものであれば、情報にアクセスする能力が最も高い若年層が、もっともうまく立ち回って金持ちになっていてもおかしくない。

大量の情報を手に入れることが金持ちになる秘訣というのであれば、朝から晩まで自宅に籠もってインターネットをしている「引きこもり」が一番金持ちになっているはずだ。

実際は、「引きこもり」は自分の生計を成り立たせることができない貧困層の一翼を占めている。いくら朝から晩までインターネットを見て情報を集めていても、経済的な成長をつかむことは難しい。

これは、要するに大量の情報があっても、それで金持ちになれないということである。情報化時代になり、いくら情報に接しても金持ちになれない。

ここでも、「こうすれば金持ちになる」という情報と「そんなことをしても金持ちになれない」という相反する情報が錯綜して大量に流れ込むからだ。

為替取引は対象の通貨が「上がるか、下がるか」の二者択一だが、そのどちらにも根拠があって強く主張する人がいて、しかも為替相場はノイズによって大きく上下して、どちらが当たったとも外れたとも言い難い状況になっている。

大量の情報などあっても、すべてが自分の決断をぐらつかせるものになるだけなのである。そう考えると、大量の情報は何の意味もない。

有益どころか、状況によっては有害ですらある。

大量の情報を手に入れても、人々が相変わらず人生に悩み、苦しみ、心が折れ、挫折し、失敗し、取り返しがつかない状況になるのは、そういうことだ。情報はいくら大量にあったとしても、混乱を増長させるだけなのだ。

大量の情報が怒濤のように流れ込んでも、何の意味もない。

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